日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
何年ぶりだろう? 野アザミを見たのは。 公園墓地の通路を埋めるように、あちこちにふんわりと薄紫の花が茂っていた。
その日、夫の母の一周忌で、僧侶の説法に、 「人はまず、ざっと30人の祖先によってその生を受けたのです」と。 今までほとんど、考えもしなかったけれど、 祖先の命が自分を生かしてきたのかと、思い巡らしながら、 その小高い公園墓地を降りていった。
そしてまた、自分はどこで眠ることになるのだろう?と、 そんなことも、漠然と考えながら...