日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
ゆうべはまんじりともせず、夜明けを向かえ・・・
不安いっぱいのまま迎えた今日。
ずっと胸にあった心配の種がひとつ、
やっと消えてゆきました。
ああ、良かった! ありがとう!
(ごめんなさい、意味不明の日記ですが、ちょっとだけ書きたくて・・・)

私が、今夜飲んだ薬です。
こ~んなにたくさん! 喉にひっかかりそう。
まだ本調子には戻っていないけれど、
なんとか、今日は家事に教室の授業にと、現場復帰。
のんびり養生していられないから。
インフルエンザかな?と思った。
もしインフルエンザだと、教室の生徒さんにうつしてはいけないから、
しばらくお休みしなくちゃならない?と、それが気になって、
昨日、ちゃんと病院へいってみた。
病院では、細くて長ーい綿棒を鼻腔に入れらて検査を。
ふ~ん。これで、インフルエンザかそうでない風邪なのかを判断するんだ!と
なにやら、新発見の私。
(もう昔からそうだったのだろうか? 知らなかった・・・)
そして、インフルエンザではなくて、
お腹にやってくるウィルスによる風邪と判明。
突然の高熱39度台、突然の激的お腹破壊、悪寒、吐き気。
夕方まで元気だったのに、夕方過ぎたら、ダウン。
それらは皆、インフルエンザのウィルスじゃなくて、
別の風邪のウィルスのせいでした。
おかげで、長く患うことなく(多分)
早く元気になり、活動体勢に戻れそうです。
良かった!
みなさんも、ほんとうに気を付けてください。
病院では、マスクをした私のとなりに、年配の女性。
その隣には、またマスクをした女性。
はさまれた年配の女性は、生きた心地がしなかったのでは?
気の毒・・・
そんなですので、病院にさえ、怖くて行けません。
うがい、手洗いで予防が一番大切ですね。
25日夜より、風邪ひき中・・・
年末からお正月、そしてその後、
なんだか、ずっと忙しくて、バタバタしてて・・・・
と! 電話や会った人やメールやwebで、
何回同じような言い訳をしたことだろう。
そして、ふと、「バタバタ?」と、頭にひっかかってしまった。
「バタバタ」って、何だろう? 何がバタバタしてるんだろう?
私が、バタバタ暴れまわっているという意味かな?
そういえば、「ガタガタしてて」という言い方もあるけれど、
微妙に意味合いが違う感じ?
日本人って、擬態語(というのかな?) を本当に良く使う。
こんなに良く使うのは、日本が一番なのではないだろうか?
バタバタ、ガタガタ、アタフタ、と忙しい
シンシン、シトシト、ピチャピチャ、ポツポツ、ザーザー、と雨や雪
ザワザワ、ソヨソヨ、ピュウピュウ、ゴウゴウ、ヒューヒュー、風の音
ごわごわ、ガサガサ、パサパサ、ザラザラ、と、私の手・・・ 冬は荒れる・・・
さて、何時になったら、この「バタバタ」は収まって、
ゆるゆる、のびのび、ふわふわ、とした時間を過ごせることやら・・・
駅前のATMへ振込みをするために、立ち寄った。
空は青く晴れていたけれど、空気はとっても冷たかった。今日の午後のこと。
コンビニの隣の、小さなATMのボックスへ。
ATMの前には3人ほど並んで、順番を待っていた。
その後ろに立った私は、ATMのボックスの陰にじっと立っている、
「東京警備」とロゴの入った、青い制服を着たガードマンに目が止まった。
いえ、ガードウーマン。そこに立っていたのは、中年の女性のガードマンだった。
警備会社の女性は、日陰になっているその場所で、
じっと、空(くう)を見つめるようにして立っている。
厚地の制服のコートの中で、背中を丸め、全身を固くしているように見えた。
その顔は、とても辛そう・・・
だって、そこはあまりに寒すぎる。
そんな寒いところで、じっと長い時間、ただ立っているだけの仕事。
ああ、きついだろうなあ~ と思いながら、見て見ぬふりの私。
ATMに隠しカメラが取り付けられるような犯罪が多発して、
こんな目立たない小さなボックスに、ガードマンが配置されたのだ。
以前は、居なかったもの。
やっと順番が来て、振込みを終えてボックスの外に出てから、
私は思わず、「ご苦労様です」と言って頭を下げてしまった。
そのガードマンの女性も、突然頭を下げた私に驚いたように、
無表情な顔はそのままで、小さく会釈を返してくれた。
街は相変わらず、頬を凍らせるような冷たい空気だった・・・
社長日記に書かれたエントリーへのコメント(4500個近い))を
ざーっと見ていると、
厳しい批判もあるけれど、頑張れコールが相変わらずとても多い。
ここに至っても、こうして若い(多分?)人たちからの、
絶大な信頼や支援を受けている堀江さん。
だからこそ、その影響と責任は、計り知れないほど大きいのだ。
既成のものを壊して、新しいビジネスを作り上げてきた・・・と
「過去の歴史」に捉われていた人に、明日を見せてくれた・・・と
もしかしたら、何かを変えられるのかも?と期待させてくれた・・と
自分だって、ちっぽけな巷の人間から、飛び出せるかもしれない・・・と
堀江さんを信奉してきた若者や、もう少し年を重ねた人たちは、
彼のしてきたことや、彼の訴えてきたものを見て、読んで、
そんな風に思ってきたに違いない。
それが今、崩れ去ろうとしているのだから。
「お金の力で何でも買える」と言った彼の言葉は、
言葉そのままの意味ではなくて、
そこには、人間の知恵をフルに使い、力いっぱい戦えば、何でも叶うのだ、
という、大切なメッセージが含まれているのだと、
勝手に解釈していたけれど・・・
実は、そのまんまの、「お金が一番」という意識しかなかったのかな?
そうだったら、とても残念で、そして、なにやらとても空しい。
私も、期待していたものがあったのに。
濃灰色の知恵と驕りに染まった金儲け・・・ではなくて、
青い空に銀翼を光らせて飛ぶ、鮮やかな金儲け・・をして欲しかったな。
もう一度、ゼロからの再起はあるのだろか?
そのときは、今度こそ、キラキラとした銀翼を光らせて下さいね。

夕べ、懐かしい映像が、テレビから・・・・
学生時代、LPも何枚も買って、彼らのテレビ番組は、
欠かさず見ていたっけ。
僅か1年で、さっさと解散。
でも、共感する部分がとても多くて、好きだった。
夕刊の特集、若い読者に意見を問う「Do! コンポ」というコーナーで、
今日は「エスカレーター歩くの どう思う?」というテーマだった。
駅やビルなどのエスカレーター。止まっている人は左側。
その右側は、スタスタと歩いて登っていく人、というスタイルが定着している。
(関東と関西は、反対かな?)
でも・・・・?
寄せられた投稿は、まっぷたつだったそうだ。
OK! という投稿側は、「早く着きたい」「1分でも惜しいから」等・・・
圧倒的に、早く目的地に着けるから、エスカレーターを歩くのは当然!
と答えているらしい。
若い人の半分が、エスカレーターの右側は歩く人のために空けておき、
急いでいるのだから、歩くのは自然な行動だと感じているようだ。
いつからそうなってしまったのだろう?
エスカレーターって、何のために作られたのだろう。
その昔、私が初めてエスカレーターに乗ったのは、
新宿の伊勢丹デパートだったと記憶している。
何歳くらいだったかなあ? とても怖かったっけ。
エスカレーターは、階段を登る労力を省き、身体の負担を少なくするため、
そして、デパートでは、ゆっくり各階の陳列物を眺めながら、登ることができるように、
と、そんなサービスから作られたものだったと思う。
駅などの公共の場所では、だから当然、階段を登るのを負担と感じる人のために、
設置されている乗り物のはずだ。
階段を登るのに負担の無い人は、階段を使えば良い。
まして、エスカレーターを駆け上る、早足で歩く、ことが出来る人なら、
階段を登るのに、何も苦痛はないはずだから。
それが、いつから、
体力の溢れている若者にさえ、半分の人たちが、
当たり前のように、エスカレーターは右側を歩くもの、と決められてしまったのだろう?
それも、ただ、「目的に地に早く着けるから」「電車に乗り遅れないために」と
僅か1分、ほんの数秒のためだけに・・・
ちょっと疲れてるなあと思いながら、エスカレーターに乗ったのに、
人の流れに押されるように、右側を、サカサカと歩かなくてはならないとき、
なんで、みんな、そんなに急がなくちゃいけないの? と心で呟く。
だから、駅では、よほど長い階段で無い限り、
私は、たいていエスカレーターは使わないで、階段を歩きます。
若者は、エスカレーターを歩かないで、階段を歩いて欲しいな!
※でも、長い長いエスカレーターしか無い、地下深く潜った駅の場合、
やはり、今のスタイルは仕方がないのかな?と、思ったりはするのですが・・・・
証人喚問の時間は、授業があって、テレビを見ることは出来なかった。
それで、夜のニュースや、今日のワイドショーなどで、
断片的なことだけは、知ることが出来た。
そんな状態なので、私の見る目は、正しくないのかもしれないけれど・・・
あの証人喚問の、おどおどとした小嶋社長の様子を見て、
私は、背筋が寒くなるのを感じた。
彼の後ろにある、黒く大きな、恐ろしい存在を、
どうしても打ち消すことができなくて。
あれほど、饒舌だった小嶋社長が、
ひとつひとつの喚問に、すべて、弁護士の指示を仰ぐ。
「そうです」という肯定の言葉ひとつ、自分からは、話すことができない。
何故?
自分の保身のためだけに?
そうだろうか? 違う気がしてならない。
今、多くの人が、何一つまともに答えなかった小嶋社長に
腹を立てて、非難の言葉を投げているけれど、
それは、その黒い存在の思う壺ではないのだろうか?
全ての責任を、彼と彼の会社に押し付けて、
ほんとうの黒い存在は、やがて、私たちの前から、
すーっと消えてしまう?
彼の手に握られた数珠は、自殺した社長の魂だとか・・・
ほんとうに、自殺したのか、真実は、私たちには分からない・・・?
と!
ミステリー好きの私、
つい、何でもミステリーにしてしまう、悪い癖かな?
だけど、
今、ヒューザーだけを悪者にしてしまったら、
今回のこの、組織的な偽装事件は、何の解決にも届かないのではないだろうか?
真実を知りたいと思います。
さて、言葉(文章)というものは、難しいものです。
先日、ここに書いた日記「ニコン...」の記事で、
「意味を取り違える恐れがあるのでは?」とメールをいただきました。
それは以下の部分です。
-----
ニコンは今、フィルム一眼レフを8種類を出しているそうだけれど、
そのうちの、上位機種と下位機種2種類だけを残して、
他は全て生産打ち切りになるそうだ。
-----
この書き方だと、読んだ人は、
『2種類』という文字が、『下位機種』に装飾されていて、
ニコンが今後残す機種は、
上位機種1種類と、下位機種2種類、合計3種類あるという風に読めるのだが?
そういう指摘だったのです。
なるほど! 確かに、そう読めるかも、と気がつきました。
文章を綴ることの難しさ。たった一個の句読点を抜かすだけで、
意味がまるで違ってしまうんですね。
★上位機種と下位機種2種類だけを残して、
★上位機種と下位機種、2種類だけを残して、
たった一個の句読点を入れるだけで、残される機種は2機種だけだと伝わります。
はてさて、文字だけで、気持ちを伝えなくてはならないというのは、
なんと、危険なことだろう。
たった一個の「、」 たったひとつの文字、たったひとつの空白、たったひとつの感嘆符。
それらがあると無いとで、相手の取り方が、もしかしたら正反対になるかもしれないなんて。
メールで、大切なことを伝えなくてはならないとき。
webのページ上やブログ上で、自分の想いを書き表したいとき。
読んだ相手が、自分の思うとおりに受け取ってもらえるのかどうか・・・?
正しく伝わってもらうこと・・・
うん、これは、至難の業に近いかも。
じゃ、エッセイ止める? いえ、やっぱり、止めません。
正しく伝わるように、心配りだけは、忘れないようにして・・・
※ 尚、「ニコン...」の記事は、間違いないように手直ししておきました(^^)v
冬の雷に、ちゃんと名前がありました。
早速、メールをいただきました。
> 歳時記で調べてみると、以下のような季語がありました。
>
> 冬の雷(ふゆのらい)
> 寒雷(かんらい)
> 雪起し(ゆきおこし)
> 雪雷(ゆきがみなり)
> 雪の雷(ゆきのらい)
> 鰤起し(ぶりおこし)
そして、さくらの掲示板でも、教えていただきました。
ありがとう~(^^)
そうか。やっぱり、ちゃんとあるんですね。当たり前!
今日は天気予報どおり、朝から暖かくて、
南の風がまるで春の風でした。
でも、明日からはまた冬に。
ほんとうの春は、まだまだ先です・・・・
ドシャ降りの雨ばかりか、雷まで鳴り出して、
一日中、寒くて暗い土曜日だった。
豪雪地方も、雨・・・
あのドカ雪の上に、雨が降って、
沢山の水分が雪に滲みこんで、どうなるのだろう、これから。
明日はまた気温が上がって、雪崩が起きやすくなると、
テレビでは何度も何度も言っていた。
ほんとうに、気性の激しい冬だなあ、この冬は・・・
ところで、冬の雷って、何か特別な名前があったかなあ???
雪雷? 冬雷? 凍雷? 氷雷?
今朝、夫がプリントアウトした紙を持って、私のところへ。
そして、
「ニコンがフィルムカメラをやめちゃうんだってさ!」と。
その紙を見せながら、憤慨の声。
夫も私も、学生のときに愛用していたカメラは Nikon F だった。
今もその2台のカメラは、使われること無く、収納庫に眠っている。
初めて一眼レフを買うので、学校の先輩にどんなカメラが良いか尋ねると、
みんな口を揃えて「 Nikon F を買いなさい」と教えてくれた。
Canon や PENTAX は知っていたけれど、実は Nikon という名前は知らなかった。
そのとき初めて知って、そして私には高価すぎる一眼レフを、
池袋の光進堂という、今で言うヨドバシカメラのようなお店で購入したのだったっけ。
(まだ、ヨドバシカメラは無かった時代・・・)
どこへでも連れて行った私の Nikon F
カメラマンにとってはステイタスでもあった35mm一眼レフの Nikon F
映画「マディソン郡の橋」のロバート・キンケイドが、
橋とフランチェスかを撮ろうとして、彼の手に握られていた Nikon F
そして、グリコのおまけ「タイムスリップグリコ」についていた小さな Nikon F
ニコンは今、フィルム一眼レフを8機種出しているそうだけれど、
そのうちの、上位機種と下位機種の、併せて2機種だけを残して、
他は全て生産打ち切りになるそうだ。
また、フィルムコンパクトカメラは、もう作らないという。
世の中の大きな流れはデジタルカメラへ、という現実を受け止めて打ち出した方針。
「フィルムカメラは既に、全体の売上高の2%程度しかない」と、
ニコンの社長は語ったという。
今、大きく、ひとつの時代が終わったことを実感します。
なんだか、ちょっと感傷的になりました・・・
※写真は、前記タイムスリップグリコのおまけと、私のかつての愛機 Nikon F です。

以前にも(大分前?)、“縁”の不思議を書いたことがあるけれど、
(これだけ続けてきていると、同じこと、何度も書いてしまうな~)
今、それをまた、シミジミと感じているところ。
教室の生徒さんがその仲立ち役。
学生時代の後半から、そして卒業してしばらくまで、
とても仲良くしていた男友達がいた。
友人たちの仲間とグループで、スキーに行ったり、海へ行ったり、
車を足に、あちこち出かけて、そう、大阪万博も行ったっけ。
恋人同士ではなかったけれど、友達以上恋人未満?
一緒に居ると楽しかったので、ほんとうに良く遊んだっけ。
楽しい仲間がいたので、いつもワイワイと賑やかだったな~
その男友達は、卒業するとやがて、日本を離れてフリーカメラマンに。
そして、他の国で結婚。
私も、学生時代の先輩と、恋愛、そして結婚。
それぞれの道を歩む二人・・・
そんな別々の人生を歩んでいる二人が、不思議な共通点を。
今、私は、パソコン教室の先生。
そしてその友達は、カメラ教室の先生。
二人とも、「先生」と呼ばれる仕事に就いているのだ。
学生のころは、考えも及ばないことだった。
そして、私の教室の生徒さんが、この二人の接点にいる。
カメラ教室の生徒さんであって、パソコン教室の生徒さんでもあるから。
まったく、接点であることすら知らないままで。
いつか、その生徒さんと、
山梨にいる友達のところまで、一緒に行きましょう!と話している。
素晴らしい富士山をバックに、絵のような時間が流れそう。
“縁”って、ほんとうに不思議です。
このエッセイを見てくださるのは、
ほとんど、私の知人ばかりなので、
ちょっと我が家の内情吐露編を・・・・
2月末に長女が結婚式を挙げます。
(しかし、式場が決まってから後の、なんと長かったこと!)
場所は都内のとあるゲストハウスです。
そこで、男親と女親の意識の違いをひしと感じることとなりました。
九州の郷里から、自分の弟家族も参列のために来てくれる夫。
せっかくだからと、自分も一緒にホテルに泊まって、
夜はみんなで飲もう・・・という計画が弟たちと着々。
夫は「あなたも泊まるでしょ?」と、私を誘う・・・けど。
とんでもない! と、私は思う。
身を痛めて産み、愛しく育んだわが娘が、
今、自分の手の中から飛び立っていくという日。
その日の夜は、自分の家で、幼かった娘の写真でも見ながら、
静かに過ごしたい。
どうか、幸せな家庭を作って・・・と祈りながら、
誰もいなくなった彼女の部屋の、淋しそうな灯りを落としたい。
そ~んな気持ちで居るのに、ホテルなんて泊まらないです~
父親って、そんなに軽いのかなあ?
自分のお腹を痛めなかったから?
いいもん。私はひとり、長女の成長を振り返りながら、静かな夜を過ごすので、
お父さんは、都内のホテルで、お酒飲んで騒いでくださいな~
でも? それは、もしかしたら、
父親の淋しさを紛らすためのお酒になるのかも・・・?
慰めてあげないから!
ゴムひも通し・・・最近やりましたか?
小さな子供のパンツ、
子供たちや夫たちのパジャマ、
体操服のパンツ・・・ 等々
ここのところ、ずいぶんやっていなかった、けど、
自分のパジャマのゴムが緩くなって、取替えなくちゃと。
このパジャマは結構上物です。
というのも、頂いたデパートの商品券で買ったので、
少し高かったけれど、しっかりとした品物を選びました。
なので、もう何年も前から着ています。
柔らかいタイプのゴムひもを買ってきて、早速入れ替えを。
ゴム交換のための取替え穴は、とっても小さかったけれど、なんとか見つかりました。
(この穴が無いのは、論外)
そこから、古いゴムを取り出すときに、かなりひっかかりました。
スルーっと抜けないので、ん? と、ちょっと不安に・・・
案の定、新しいゴムを、ゴム通しに付けて、取替え穴から入れて、
送ろうとするのだけど・・・!!!
ぜんぜん送れません。つっかえてしまう。うぅ!
がんばってもがんばっても、すぐに突っかかって、
仕方なく、突っかかった布の部分をハサミでチョキン!
そこから送り始めると、また突っかかって、ハサミでチョキン!
一周回って、始めと終わりのゴムがドッキングするまでに、
4箇所ほどの布の部分をチョキンと切り裂かなくちゃならなくなった。
これじゃ、このあと、洗濯するたびに、
その裂け目が広がってしまいそうだなあ~
ブランド製のちゃんとしたパジャマなのに!
ゴムを取り替えることを想定していないのだろうか?
最近の製品は、しっかりしているし、
ゴムが駄目になるころは、新しいものを購入するだろうから、と?
ひょっとして、メーカーはそんな考え?
夫のパジャマのゴムを取り替えるとき、
とってもスルーっと楽々に出来たことを思い出しながら、
(あれは、スーパーのリーズナブルなパジャマだったのに・・・)
メーカーの姿勢というものを考えさせられました。
もう、このブランドのパジャマは買わない!
成人の日がハッピーマンデーになってから、
ん? もう? と思ってしまう。
そう、今日は成人の日です。
いつも行く大型スーパーは、すぐそばに市民会館がある。
今日も、買出しにそのスーパーに出かけると、
あちこちで、晴れ着姿の娘さんたちに出会った。
慣れない草履で、とても歩きにくそう。
みな、ポコポコと、お尻を突き出すようにして歩いてる。
それでも、街の中に、こんなに沢山の晴れ着の娘さんたちが見られるのは、
1年365日の中の、たった1日。この1日だけ。
とても貴重な今日の1日・・・
最近では、友人の結婚式も、多くの女性がドレスで出席。
訪問着を着て友人の結婚式に出る人は、滅多に見られなくなった。
うちの二人の娘も、何回かあった友人の結婚式に、
一度も訪問着は着ていない。いつも、ドレスばかり。
着物が高価だということばかりではなく、
ドレスなら美容院へ行く必要がないから経済的だし、
披露宴が終わって、パーティへ行くのだって、ドレスなら移動も楽。
かくして、結婚式での訪問着姿、すっかり見られなくなってしまった。
そんなだから、今日の成人式は、貴重な1日。
色々な批判もあると思うけれど、
やっぱり、晴れ着姿を見るのは楽しいもの。
あの娘さんたち、
初めて訪問着に袖を通して、
「ああ、日本だなあ~」としみじみ感じたのじゃないかなあ?
みんな、可愛かったですよ~

人の波に沿いながら、初詣。
ここ数年、初詣には行かなかったので、ちょっと久しぶりの厳かな時間。
この行事だけは、人出が減ることは無く、
神社も、どんどんと初詣客に対応する設備や対策を考えているらしい。
数年前に来たときには無かったものが、あちこちに。
景気が悪かったり(やっと、上向きになってきたというけれど)
世の中に暗いことや、災害などが続いたり。
そんなとき、人々は、神に向かって手を合わせてしまうのね。
だから、どこの神社も、こんなに人出が。
私も、沢山お願い事をしてしまった。
やっぱり私も、最後は、見えない力を頼ってしまうから。
さて、そして・・・ 今年はどんな1年になることでしょう?
輝く1年になることを期待して・・・
今年初の美容院へ。
どうも、ひとつの美容室に長続きしない私。
でも、それぞれに原因は、あるんです。
ここのところ、長続きしなかった一番の原因。
「それは、違うんじゃないかなあ?」と思ったことがあって・・・
さて、美容院の話をよくここに書くけど、
お洒落することにそんなに入れ込んでいるわけじゃありません。
ただ・・・
美しい人は、どんなヘアスタイルでも美しい。
たとえ、雨に濡れて雫のたれるようなヘアスタイルでも、
暴風に吹き飛ばされそうだった、ぐしゃぐしゃのヘアスタイルでも、
寝起きのボサボサ頭だって、
ショートだってロングだって・・・ そう、美人は美人!
ところが、美しくない人は、どんなにがんばっても、「美しくない」から抜けられない。
これがもし、チリチリにかかりすぎたパーマだったら?
伸びすぎてボサボサになってしまっていたら?
もう、目も当てられないのです。
美しくない人は、せめて、ヘアスタイルには心をかけなくちゃ、と。
思うのですが、美しくないと、どんなヘアスタイルをしても、イマイチに・・・
よって、美容院選びは結構真剣です。
先ほどの「ちがうんじゃないかなあ?」は、
何が違うのかと言えば、このことです。
前回の美容院。担当の美容師さんは、とっても優しくて感じの良い人でした。
だけど、その美容院のセット手順は・・・
行くと、一番に通されるのがシャンプー台。
まず、シャンプーでビショビショになって、その濡れたままの髪で、
担当の美容師さんの前に座り、初めて「どうしましょうか?」と尋ねられる。
でもでも・・・ ビショビショのヘアでは、
「ここが、ピンとはねてしまうので・・・」って説明しても、分かってもらえない。
「ここを、もう少し膨らませて・・・」と説明しても、分かってもらえない。
さて、今回の美容院は。
まず、小さなコーナーに通される。そこへ担当の美容師さんがやってくる。
丸い小さなテーブルに向かい合って、美容師さんに悩みを説明。
美容師さんは、私の髪をなでながら、かき上げながら、ふむふむと納得。
「では、ここはこんな風にボリュームをつけるカットをしましょう」
などと説明して、ヘアスタイルが決まってゆく。
それから、シャンプー台へ通されて、髪はしっかり濡らされる。
そう、これでなくちゃ!
ということで、今の美容院の方針に、ちょっと満足しているのです。
いつまでここに落ち着いているのかは・・・・・???
今日もほんとうに寒かった。
日本中が冷凍庫の中みたい。雪の降り方もただごとではない。
今夜からも、「大雪」という天気予報で、今380センチのところは、
明日には4メートルを超えてしまうのでは?
さすがの豪雪地方でも、そこに住んでいられる方はどんなにか大変なことだろう。
暖房器具の売れ行きが例年に無いほどだ、とニュースで言っていた。
今は、石油やガスが主だろうか?
ふと、自分が幼かった頃の暖房設備を思い起こしてみた。
畳の部屋に、掘りゴタツ。
コタツの布団をあげると、中では炭が赤く燃えていたっけ。
部屋には、火鉢が置いてあって、灰の中ではやはり炭が燃えている
そして、その上に乗せてある鉄瓶が、
いつもチンチンとお湯を沸かしていた。
暖房って、たったそれだけ・・・じゃなかったかな?
部屋のしきりは、障子。障子の向こうは廊下。
廊下は外側にガラス戸が閉められ、庭と隔てられている。
夜になれば、ガラス戸の外側に雨戸が閉められる。
障子は雪見障子になっていて、廊下越しに庭が見渡せる。
雪が降れば、まさに雪見障子。
あまり広くない庭だったけれど、手入れされた植木と、
石灯篭の上に、白く積もる雪が眺められた。
そんな景色は、冬の間に何回か見られて、
コタツに足を突っ込みながら、みかんを食べて、
「後で、としこちゃんと雪だるまを作ろうかなあ」
なんて思ったのじゃなかったっけ。
東京の真ん中、四谷という場所に住んでいた幼い頃。
今じゃ考えられないくらいの、ローカルな風景が浮かんでくる。
それだけの暖房設備で寒くなかったのかな?
だけど、なんと、温かみのある部屋だろう?
石油でもガスでも電気でもない、あのときの暖房設備。
今とは比べようも無いけれど、
ちょっとタイムスリップしてきたいような、そんな気持ちになりました。
それにしても、今夜は寒いなあ~
あっという間に三が日が終わってしまいました。
ん? どこへ行っちゃったの? という気持ち。
これをアップするのは0時を過ぎて、すでに1月4日になってしまっているし。
あまりの忙しさに、今年の抱負、今年の夢を描くことさえできないままでした。
もっとゆっくりしたかったのに・・・
今年も、時間に追われる日々になりそうな、嬉しくない予感です。
でも、2日と3日の夜は、しっかりテレビを見ました(^^)
しかし、あのドラマのディレクターは、絶対にロード・オブ・ザ・リングを見て、
「こんなドラマが作りたい!」と思ったに違いない。
色々な場面で、LOTRを髣髴とさせたから。絶対に間違いない。
タッキーが素敵でした!(里見八犬伝のドラマです)

さんぽ道を訪ねてくださるみなさま、
新年あけましておめでとうございます。
今年もぼそぼそと、胸の内に溜まった言葉を、
この小さなエッセイに綴っていこうと思っています。
他愛の無い日記ですが、お付き合いしていただけたらとても嬉しいです。
今年はどんな1年になるのでしょう?
去年とそんなに違うとは思えませんが、
でも、年の初めには、期待したい・・・
良いことの続く1年であることを。
みなさまにとっても、
穏やかで、心温まる年となりますように、心からお祈り申し上げます。
で....
年の初めから、晩餐のワインがきいて、頭がちょっとイタイ.... とってもネムイ...