日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
息子が幼稚園の頃だった。
クラスの親睦会の打ち合わせのために、母親たちが集まったとき、
メニューはオニギリにしよう、と提案が出た。すると、とあるお母さん・・・
「そのオニギリは、誰が握るのですか?
うちの子供には、私の握ったオニギリ以外は、食べさせたくないのですが」
オニギリを握るのは、数名の役員が手分けして分担しよう、という段取りだったが、
そのお母さんの質問に、みな、「あ!」と思ったようだった。
しばらく、意見が飛び交って、
結局、オニギリは、それぞれの子どものおかあさんが、
お家で握って、親睦会に持ってくることに決まったのだった。
自分と他人、自分の手と他人の手、自分の握ったオニギリと、他人の握った・・・
そこにひっかかってしまう人がいるのは、少しも不思議ではない。
まして、そのオニギリを食べるのはわが子だもの。
今、幼稚園のお母さんたちは、
ラップを広げて、その上に海苔を広げて、そしてご飯を載せて、
ご飯に塩を振り掛けて、真ん中に具を載せて、
ラップごと、ギュギュっと握るオニギリが、多くなっているとか。
確かに、衛生的なのかもしれない。握る手も汚れないし。
そして、そうやって握ったオニギリは、自分の子どもじゃなくて、
他所の子どもにも分けてあげられる。手のひらで握っていないから。
合理的、かつ清潔な、現代お母さんのオニギリ。
その昔、友達のお母さんの握ってくれたドッシリした丸いオニギリ、
コンビーフのたっぷり入ったオニギリを、大きな口で頬張っていた私・・・
なんと豪快で、そしてなんと快楽的なことだっただろう。
あの頃で良かった!