日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
リチャード・マークスの曲に心惹かれ、CDが擦り切れる?と思うほど聴いた・・・
というようなことが、最近は、ほんとうに少なくなってしまった。
(ある1人のアーチストだけを例外に・・・)
ちょうど40を少し過ぎたくらいから、
一番下の子どもが幼稚園に入って、やっと、少しゆとりが出来たせいもあって、
手当たり次第、好みの曲を探して聴いていた。
それは、まさに「むさぼるように聴く」感覚。
どこへ行くにもウォークマンを耳に、一日中ひたすら音楽漬け。
好みのアーチストたちのライブも、娘たちと、あるいは1人で、ときには友達と、
チャンスがあれば、通っていた。
感性がふれ易かったのか、すぐに引き込まれる曲にぶつかり、
挙句、好きなアーチストはどんどん増えていった。
なのに・・・ 今は・・・
新しいCDを手にしても、擦り切れるまで聴くことは全く無く、
震えるほど感動することも、ほとんど、無い。
(あ、ある1人のアーチストだけを例外に、です・・・)
これは、やっぱり、年を取って感性が鈍ったということだろうか?
そうだったら、とても悲しいことだな、と。
とても寂しいことだな、と。
年を重ねて、より豊かな感性に磨かれていくのではなかったの?
ちょっと、考えてしまった夕べ。
が!
感性とは関係あるのか無いのか・・・
今日夕方、CD屋さんの前を通り過ぎようとして・・・
(その続きは、さらさらsarasaにて)
とりあえず、もうちょっと感性が残ってるみたいな気がします(^^)v