日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています

友人と待ち合わせの前に、少し早めに家を出て、
立ち寄った先は、汐留の日テレプラザの中。
岡本太郎の壁画「明日の神話」が展示されていると言うので、
チャンスがあったら見てみたいと思っていたから。
大阪万博の太陽の塔を製作していた同じころ、
メキシコのホテルのために製作されていた巨大壁画が、
ホテルが倒産したことで、行方不明になっていた。
それが、2003年メキシコの倉庫で見つかって、日本に搬送され、
修復作業が完成して、この8日から一般公開されている。
岡本太郎が好きというわけでは無いのだけれど、
一人の特異な作家が、精魂を込めて作り上げた壁画を、
自分の目で見てみたい、と思っていた。
蒸し暑い日だった。
立ち止まって、ずっと壁画を見ていると、
その蒸し暑い空気が、ますます重くなってくるような気がした。
「明日の神話は、分かるとか分からないという感覚で見ることではなく、
見ることで、元気をもらえる壁画です」と、
ラジオで誰かが言っていたけれど、
私は、元気は少しももらえなかった。
「核が炸裂した瞬間を描いた」という壁画を見ていると、
岡本太郎の生命力だけが、強引に私の前に届いてくるけれど、
それは、少なからず、私の呼吸を息苦しくして、
とても長くは見続けていられなかった。
蒸し暑さの増した空気の中、
友人との約束の場所へと足を運ぶため、
「明日の神話」に背中を向けたとき、
やっと、ちょっとホッとしたのかもしれなかった・・・