日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
なんていう天気でしょ! 気持ちよすぎます。
夕べは久しぶりに帰ってきた長女夫婦に付き合って、
ちょっと遅く寝てしまったので、いつもよりちょこっと寝坊。
6時過ぎに起きたら、あまりの朝日のまぶしさに、
あー もっと早く早く起きればよかった! と大後悔。
庭に降りれば、あちこちに咲き出したバラたちや、
みずみずしい新緑が、目にまぶしい。

さくらと散歩に出ると、さくらの大好きなボーイフレンドが、
フェンス越しに「おはよ~」

こんな気持ちの良い朝なのに、
どこへも出かけられない私は、さっきまで庭仕事。
花たちに木酢液をかけて消毒したり、液肥をまいてあげたり。
ちょっと一息ついて、朝のコーヒーブレイク。
最高の天気の「昭和の日」
早朝、洗濯物を干していると、道路からゴロゴロとスーツケースを引っ張る音。
どこへ旅に行くのかな?
天気が良いと、どこにもいけなくたって、ウキウキするものです。
ん? ひょっとしてウキウキの元は、実はあっちかな?
とあるタナボタ・・・ 諦めていたあのライブに行けそうだから・・・(^^)v
ゴールデンウィークが始まります。
ところで、
「みどりの日」が「昭和の日」に?
いつのまに?
ぜんぜん知らなかった。
いえ、なんか聞いたことがあったような気がするけれど、
記憶に留まってなかったみたい。
だけど、どうして「昭和の日」?
昭和天皇の誕生日だったけれど、
一旦、無理やり「みどりの日」に決めてから、
それを、5月4日に移動して、「昭和の日」に改名?
昭和を振り返る日なのだそうだけれど。
夕食のとき、子どもたちとそんな話をしたら、
ほとんど興味無さそうだった。
お休みだったらそれでいい、って。
結局、そういうことになっちゃう。
ま、それでいいのかもしれないけれど・・・
夫が少し前に買っていた情報誌を、パラパラと見ていたら、
特集が「団塊世代ヒット商品予測ランキング」というものだった。
うむ、またまた団塊世代なのね~
で、予測されたヒット商品ベスト10は、
まったくピンとこない、無理やりこじつけの商品ばかりだったので、
全部が問題外・・・としても。
なんだろうこれ!と、特に、引いてしまったのがこれ。
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4位・・・20代かわいいビューティ
化粧品からデジタルまで、すべてが“かわいい”へ
60歳の現実を20代に見せかける商品が売れる
団塊女性に受けるのは、60歳の自分を“かわいい20代”に
見せるような製品やサービスだ。
「団塊女性のセンスは20代のように若く、なかでもピンクが大好き」
理由は、30代前半の娘が情報源だからだ。
娘と同じ雑誌を読み、一緒に買い物に行く女性たちが中心となり、
娘と競うように20代のかわいさを目指すわけだ。
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編集者たちは、どこの団塊世代の女性を見て、
こんな記事を書いてるのだろう?
本当の女性たちをリサーチしたわけじゃなくて、
勝手に、「どうせ、こんなだろう」と想像して書いてる?
私の周りには、一人として、
「20代のかわいさを目指している」女性なんて、見当たらない。
そんな同世代の女性がいたら、ちょっと気持ちが悪い。
多分、お友達にはなれないと思う。
記事の最後のまとめ文はこんな風・・・
「“かわいいオバサン”は、今後ますます増殖していく。」
いったい誰をターゲットに書かれた記事なのかな?
と、首をかしげながら、バサリと雑誌を閉じて、
即、資源ごみのストック棚へ置きました。
灰色の空から、落ちてくる細かい雨を見上げながら、
せっかくのデジカメハイキングの日なのに・・・と、
生憎の天気を恨めしく思いながら、スケジュールを変更。

お昼を頂くことになっていた鎌倉山のレストラン「アンナ・フレンチ」へ。
素敵な店内に、みなで歓声を上げながら、
タイ風カレーなどを頂いて、お洒落なインテリアをデジカメに納める。
もちろん、賑やかな会話も途切れずに。
そして食後は、霧雨の降る中を、鎌倉山の散策へ。
うっとうしい雨のはずなのに、
新緑のみずみずしさ、そして、土の匂いのたっぷりの隠れ道。
散策の先々には、手の入った庭のある素敵な家ばかり。
そして、群生するシャガがちょうど満開で、
その見事さに圧倒されたり。

こんな優雅なお散歩が楽しめて、
朝の雨に中止にしなくて良かった、、、と胸をなでおろす。
今日は、第五回の教室のハイキングの日だったのでした。
ライブに行けないから、
公式サイトのライブブログは辛いから見ない・・・と思っていたけれど、
ちょこっと見たら、いいな~ と羨ましい気持ちがいっぱい。
悔しいから(?)
ライブブログの写真、1枚頂いてきてしまいました。
4月から後半のツアーが再開して、
写真は、その再スタートで
バンドのメンバーやスタッフが集まったときの写真。
ミュージシャンたちの中で、本人が一番年上のはずなのに、
写真中央の彼が、一番カッコよくて、若い!
って思うのは、やっぱりファンの思い入れがなせるわざ?
う~ん、行きたいな~
※写真はこっそり追記の中に隠して(?)・・・

昨日のエッセイに、
思わぬメッセージを沢山いただいてしまって、
「わ~ 大変! みんなに気を使わせちゃった!」と思いながら、
ちょっとニッコリ、嬉しかった。
見回せば、
一緒の頃にホームページをスタートさせた人たちも、
コンスタントに更新している人はほんの少しになり、
IEのお気に入りには、存在の消えたページばかりがいっぱい。
最近では、ずっと週1で更新されていた貴重な日記も休止したし、
歴史の浅いブログなどは、
終了のお知らせや、更新ストップ、そして 404 Not Found ・・・が軒並み。
そんな中で、淡々と自分のサイトを更新しているページに行くと、
ホッとして、自分の存在までもが、やっと確かなものに感じられる。
あまりに、不確定なものが多いと、
意味の無い不安に落ちてしまうのかもしれない。
ということは、こんな私のサイトでも、
書いていることは日常の他愛ない出来事でしかなくても、
知らずのうちに、誰かの気持ちを、ホッとさせているのかも・・・?
それはなんとも、ほんわかと嬉しいこと、
と同時に、ちょっとした責任も感じて、
さあ! また頑張っていこうか、と思ったのでありました。
でもきっと、進んだり止まったりの繰り返しです。
どうぞ呆れないで、長いお付き合いをお願いします。
この頃は、
2,3日続けて「小さなエッセイ」を書くと、
ポコっと空気穴が開いたみたいに、スーっと抜けて、
はっと気がつくと、数日、更新しない日が続いてる。
その間って、実は、
「小さなエッセイ」の存在すら忘れてるのです。
だから、ネタのこと、なんにも考えてない。
気がつけば、もう少しで、この形式(ブログ)の日記になってから、
ちょうど丸2年になるのです。
エントリー数は、ただ今481個です。
さんぽ道をスタートして、とりあえず日記形式のものは、
ずっと続けているので、
最初から数えれば、8年以上続けていることになるけれど。
いつも、今日の日記には何を書こうかな?と、
気にしながら生活していたのに、
そんな私が、何も気にならない日が続く、というのを、
自分の中でどう捉えたらよいものか・・・?
単純に、慣れとか飽きたとか・・・
あるいは、単純にボケているとか・・・
または、単純にネタ切れとか・・・
でも、この日記は、私の友人たちへの、
「私元気で暮らしてます」というシグナルでもあるから、
トボトボ、、、のそのそ、、、であっても、まだずっと続けていくつもりです。
更新が滞ることがあるとは思いますが、
たまには(たまでいいですよ)、「どうしてるかな?」と訪ねてくださると、嬉しいです。
ドアを開けて家に入ったら、
すぐに後ろ手にドアノブについている鍵を倒してロックする。
戸締まりの習慣は、大切なこと。
忘れないように、何時も習慣付けてしまうのが一番!
なのだけど・・・
それを、教室で実行される生徒さんがいるのです。
次の生徒さんが、ドアに鍵がかかって入れなくなるから、
鍵はかけないでおいてくれると有難いのだけど、
きっと、何十年来の習慣なのね。
「おはようございます」と元気に教室に入られて、
自分の席に座って、パソコンを起動されるいつもの生徒さん。
そっと、ドアを見ると、
今日もしっかり鍵がかかっておりました。

The Heart is a Lonely Hunter (心は孤独な狩人)
生きることにつまづき、愛に飢えて、
怠惰な人生を送る人々が
傷つきながら、やがて、
ほんとうに自分を包み込んでくれる愛を手に入れる。
ニューオーリンズの空と緑と、懐かしいような街角と、
心癒されるブルースと温りのあるロックが全編に溢れて、
ゆったりと流れるストーリーは、
やがて胸をキュンとしめつける感動を運んでくる。
う~ん、こんなに感動した映画は久しぶり。
それに、トラボルタが、なんていい味を出しているのだろう。
ほんとうに、ほんとうに、よい映画でした。
シネスイッチ銀座にて
「ママの遺したラヴソング」

ミニシアターなんて、何年ぶりだろう?
多分、2000年代に入ってからは皆無。
すごく大好きなトラボルタの映画も、
パンフレットの彼の映画暦を見てビックリ。
90年代の映画は全部観てるのに(ちゃんと映画館で)
2000年代になったら、まったく観てないことに気がついた。
教室を始めてから、映画館がひたすら遠くなって、
滅多に行かなくなってしまったものね。
で、この映画は何がなんでも行かなくちゃ!と心に決めた。
行ってよかった。
トラボルタの歌も、そして優しいダンスも、あの笑顔も、
おつりがくるくらい沢山観れて、満足!
そして、主演のスカーレット・ヨハンソンの素敵なこと。
映画はほんとに良いですね~
これからは、ミニシアターも、どんどん行こうと決心。
見損なったら、人生の損失です。
ほんとに、どうなっているのでしょう、この寒さ!
天気も悪くて、冷たい雨・・・
こんな日は、気持ちもズシンと沈みます。
ずっと、イマイチ浮き上がれなかった気持ちのまま、
この天気・・・だものね~
心にも前線が停滞中・・・
青空と、柔らかな春の風、欲しいです~
13日の金曜日だった!
最近は、誰もあまり言わなくなったけれど、
悪いことや嫌なことを、何かのせいにすると気が楽になるから、
人は、こんな厄日を盛り上げてしまうのかな?
最近世の中で、「13日(金)」が盛り上って無いということは、
悪いことを負いかぶせる
他のターゲットができているということかな?
「13日の金曜日」は、既に忘却のかなた?
社会が複雑になってくると、人の心も多様化する。
ひとつの事柄に、頷く人と首を振る人と、その間の人と、
意見が多重露光されて、物ごとが逆に見えにくくなっていく。
そんな気がする最近です。
なんて、難しいこと言いたいわけじゃなく、
代理出産で、ボランティアを公募したという病院の話・・・
我が子が欲しいと思う夫婦の気持ちは、
痛いほど分かる。分かるからこそ、
どこかの基本ラインから、何か違う線が引かれているような、
そんな気がするのに、その線をDeleteできない。
今日は、今冬初めて、風邪でダウンしてて
(といっても、熱は無く、単純な上気道をターゲットにする感冒)
えい! 寝ちゃう! と日中ずっとベッドの中。
ボーっとした頭で、はっと気がついたのが「13日の金曜日」でした。
最近ちょっと低迷していたマイハート。
低迷と感冒は、13日の金曜日に載せて、ぱーっと吹き飛ばしてしまいましょ!
だけど、人生ってほんとうに、自由にならないものなのですね。
う~ん、なんか、ちぐはぐエッセイでごめんなさい・・・
「オークションという手もあるよ」と娘に言われていたし、
なんとかならないものかと、
ヤフーオークションを見てみた。
確かに、有ります。有るには有る。
私の行きたいと思っている5月13日神奈川県民ホールも何枚も。
だけど・・・
結局見るだけで、ページを閉じてしまった。
価格は最低(3階席)でも倍。
1階席だったりすれば、3倍近くなる。
オークションに出品する人は、
たまたま、自分のために抽選に応募したり、
電話やインターネットで申し込んだチケットがダブったので、
誰かに買ってもらおう、、という人たちなのだ、
と思っていたけれど、これが違っていた。
オークションに出すために、あらゆる手を使い、
チケットを取得して、2倍3倍の価格で売って差額を儲ける。
なんだ、結局「ダフ屋」だったんだ・・・
その証拠に、同じ名前の人が何枚も何枚も載せている。
ほんとに「ダフ屋」そのもの。
話には聞いていたけれど、こういうことだったのね。
しかし、分からない。
コンサート会場の前で「チケットあるよ~ 最前列あるよ~」と
ダミ声で立ち売るダフ屋は、警察の目を気にしながらの違法行為。
見つかれば、それなりの処罰を受けるけれど、
インターネットのオークションは、合法行為?
だって、正々堂々とヤフーのオークションに載ってるんだもの。
でも、どこから見たってダフ屋じゃない?
どうして、オークションだと許されてしまうの?
納得できないモヤモヤが心の中に溜まってしまった。
そんな売人がいるから、ただでさえ取れないチケットが、
ますます取れなくなってしまう。
そして、取れなかった人たちがオークションダフ屋に走る・・・という仕組み?
オークションのページを見ながら、
こうして儲けている人たちに、限りなく腹がたって、
やりきれない気持ちでページを閉じた。
ますます、遠い、コンサート・・・・
「みんなご自宅宛てで、よろしかったでしょうか?」
居酒屋さんなんかで、注文したメニューが運ばれたとき、
「ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」
って、どこでもみんな言うので、
もう聞き慣れてしまっていたけれど。
横浜のとある、大きな百貨店にLOFTが入っている。
そのLOFTで、いくつかの雑貨品を購入して、
自宅へ配送を頼んだときのこと。
どこでも言うんだなあ~と思いながら、でも、ひっかかった。
「みんなご自宅宛てでよろしいですか?」でいいじゃん、
なんかやっぱり、ヘン・・・ですよ
続けて、新しい生徒さんが入ってきて、
その方たちが3人ともに、
これからパソコンを買おうと思っている・・・って。
そうです。
いよいよ、Vistaの授業が始まります。
幸い3人とも、購入するのはノートパソコン。
もしデスクトップだったら、
DUCKでは、Vistaの授業はお断りするつもり。
だって、教室にはVistaパソコンは無いのだもの。
授業はできない・・・
ノート持込みの人だったら、
そのノートで授業が出来るから。
早ければ、来週から。
もちろん、WordもExcelも、2007でスタートになる。
実は、まだちゃんとテキストさえ出来上がってない。
まるで自転車操業のように、
走りながら、対応を考えていくことになるのかな。
薄っぺらな教室は、こんなとき、その薄さが現れます。
ちゃんとやらなくちゃ、と思う後ろから、
なんとかなるヨって、甘い声。
きっと、ボロボロアヒルになるのだろうなあ~
がんばるケド。
「お蔵みたいなものだと思ってました」
生徒さんの言葉に、私の頭に一瞬「?」が灯り、
そのあと、なんだかとっても楽しくなってしまった。
だけど、ちゃんと説明しておかないといけないから、
生徒さんに手を振りながら、慌てて説明を。
「いえいえ違うんですよ。ごみ箱はお蔵として使うものじゃないんです。
いらないものを捨てるための場所で、
基本的には、もう使わないことを前提として、ごみ箱に捨てるんです。
またそのうち使うかも、と、一時保管に使う場所ではないんですよ。」
生徒さんは、そうだったんだ! 初めて知った!という風に
コロコロと笑いながら、こう言われた。
「普段は使わないけど、たまに、前に入れておいたのを探し出して、
どんなだったかなあ? って見るのかな?
こんな写真があったのか!って。それは楽しいなあ。
だから、お蔵みたいな入れ物だと思って使ってましたよ。
最初からずっと、そのまま大事に溜めてあります」
最初に「ごみ箱」の説明をちゃんとしておかなかった私の責任。
でも、こんな風に理解して、ごみ箱を「お蔵」として使ってる方もいるんだ。
それは私の想像をはるかに超える。
そして、なんだかすごく楽しかった。
お蔵・・・という存在すら忘れかけていたけれど、
そうそう、お蔵って、何か秘密のものが出てきそうで、
ちょっとドキドキする場所。
残念ながら、ごみ箱は、ちっとも面白い場所じゃないけれど、
デスクトップの端っこにあるアイコンから、
そんなイメージを膨らませた生徒さんの想像力。
なんて素敵なんだろう、と思いませんか?
4月です。桜はもう満開を過ぎて、
今日の雨に、花びらが塗れた歩道をピンクに染め、
あのさしもの桜協奏曲も、エピローグへと向かっています。
桜の次には、あちこちと、愛らしい花たちの競演がスタート。
先を争うように、蕾たちが膨らんで、
花好き人の心をワクワクとさせてくれています。
さて、話は違うけれど・・・
お花のブログを貪るように読み始めてから、
とても違和感を感じたことがあった。
ブログのエントリーの中に見つかるこんな表現。
「この子は植え替えたばかりで・・・」
「やっとこの子も咲いてくれました」
「やっぱりこの子の色も白でした」
育てている花たちを、ブログのオーナーたちが、
こうして「この子」と呼んでいるのに、よくぶつかる。
可愛いお花だもの。育てている者にとっては、
かけがえの無い「この子」になるのだろう・・・ケド・・・
私は、自分の育てた花たちを、
どうしても「この子」とは呼べない。呼びたくない。
きっと、私はへそ曲がり?
じゃ、私はお花たちをなんと呼ぶかというと。
ブログのエントリーの中では常に、花の種類の名前で呼びます。
「ムスカリが咲きました」「ミスティパープルの色、素敵です」
そして、そんなお花たちへは、
「あなたも咲いたのね」と声をかけることはあるけれど、
「この子」と紹介する感覚にはなれなくて。
何でかな? こんなに違和感を感じてしまうのって・・・?
多分私にとって、お花は、「子ども」という存在じゃなくて、
私を喜ばせてくれる「あなた」という存在なのかもしれない。
こんなこだわり、きっと取るに足らないことなのだろう。
だけど、ブログを読むたび、どうしてもひっかかってしまうことでした。