日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
年末の仕事もお正月の用意も、
思いっきり省略したい・・・と言ったかと思えば、
子供の頃のあの特別な年末とお正月に郷愁を感じたりと、
相変わらずの、日々移ろう心に揺れながら、
最後の一日があと数時間になってしまった。
なんとか、今年も挫折することなく、
さんぽ道も大晦日を迎えました。
お付き合い下さいまして、ほんとうにありがとうございました。
また来年も、
勝手気ままな独り言を綴っていくことと思いますが、
どうぞよろしお願いいたします。
新しい年が、みなさまにとって、素晴らしい年となりますように、
お祈りしています。
カウントダウンするつもりじゃなかったのに、
なぜか、カウントダウンエッセイ。
で、ついに今年も明日1日を残すだけに。
と、言うほどの感激は、ちっとも無くなってて、
明日、明後日、明々後日・・・ と続く日々に何も変わらないと、
つい思ってしまうところが、なんだか哀しい。
子供の頃は、お正月は特別だった。
だから、大晦日も特別だった。
両親や家族は、みなとにかく忙しい。
私はそんな家族の邪魔をしないように、
近所の幼馴染と、外で石蹴りやゴムだんなどして遊んでたと思う。
あの頃は、道路が遊び場で、
真冬でも、近所の子供たちはみな、道路で遊んでた。
夜になっても、
年始の来客のために大量のお節を作る母は忙しく、
その夜だけは除夜の鐘が聞こえる深夜まで起きていた私も、
忙しく立ち働く母たちを背中に、やがてグッスリと眠ってしまう。
元旦の朝、眠い目をこすりながら起きる私の前には、
きれいに掃き清められた家の中と、きちんと飾られたおせち料理。
そして、着物を着てかしこまる父と母。
いつもとまるで違う朝の空気に、
子供ごころにも、厳かなな気持ちになったものだった。
そう、あの頃はほんとうに特別な日だった・・・
そんな特別な日を、そんな大晦日やお正月を、
自分の子供たちに残してあげられないことが、
とても口惜しく、申し訳ない気持ちになる。
時代が変わってしまうことは、多くのものを失っていくことなのですね。
私の理想の(憧れの)年末年始です。
常に一年中、家の中をきれいに掃除して磨いてあるから、
年末は大掃除なんてな~んにもする必要が無い。
玄関先をささっと掃除して、正月飾りとお供え餅を飾って、
あとは綺麗なお花を少し花瓶に挿すだけ。
お節は、いっさい作らない。
元旦には、早起きして家族のためのお雑煮の用意。
みなで揃って、元旦の挨拶をして、お雑煮を頂く。
お節は無くて、お雑煮だけの元旦の朝。
テレビも見ず、音楽もかけず、静かに朝の冷気を感じる。
これからスタートする1年を思い、
年賀状を繰りながら、久しく会わない友人を思う。
で、これで、お正月はおしまい。
こんな年末年始を過ごしたい、
と、毎年毎年考えるのだけど・・・
毎年この29日ごろになると、
「おせちなんて何も要らないよ」といいながら、
「そうだねえ、煮しめはやっぱり無いとね。
黒豆、数の子、田作りも家で作るのは美味しいから食べたいし、
牛蒡とレンコンもうまいよね」って、
どこが「何も要らない」のだか分からない家人からの要求に、
結局、今年もいつもの通りのお節を作って、
汚れた家の中をゴソゴソ掃除して、
アタフタとお正月を迎えるのでありまする。
あ~あ・・・
押し詰まった・・・というのに、
今日は午前にちょこっとだけ掃除らしいことをしただけで、
午後はなーんにもしないで、出かけてしまったのでした。
JRで二つ隣の駅「戸塚」まで。
訪ねたところは、「カサハラフットケア整体」という治療院。
主に外反母趾専門に整体とテーピングをしてくれるところです。
長年、分かっているけれどほっておいた右足の外反母趾が、
この夏のころからかなりの痛みを伴うようになり、
体重をかけて歩くと、足全体の骨が痛んで辛くなっていた。
手術は絶対にイヤだったので、
治療で軽減できないかな、と探し当てたのがこの治療院。
12月最初のころに予約して、やっと今日が初診の日だった。
というわけで、暮れの28日に、のんびり電車に乗って、
初めての整体体験、テーピング体験などしてしまったけど、
駅前はどこも、賑やか。暮れの買い物をする人でいっぱいだった。
明日はお掃除がんばらないと!
(あ、明日は雨だっけ・・・ 掃除できないじゃん!)
治療の詳しいことは長くなるので・・・ちょっとだけですが・・・
-------
足にしっかりと巻かれたテーピング。
家を出るときは、クッションの厚いしっかりしたスリッパを履いていないと、
平らな固いフローリングの上は、痛くて歩けなかったのに、
テーピングの巻かれた足は、素足で歩いてもぜんぜん痛くない。
これは驚きだった。
----
外反母趾の原因は、
足裏の刺激不足により、足底反射が起こらず足指を踏んばることができない為、
足底筋群の発達不足や退化による。
又、指上げ歩きをして、親指のつけ根にあたる母趾球部を強く打ちつける歩き方をしている為、
この部分に過剰仮骨が形成され骨が出張る。
----
足に無理なハイヒールを履くから・・・とよく言われているけれど、
私は絶対に他に原因があるはず、と思っていたので、
この説明にすぐに納得して、治療の予約を頼んでしまった。
私の身体が左側に倒れているのも、右膝、右肩、右頚が痛むのも、
左右の視力のアンバランスなところも、
みんな、この足に原因があったのだと、まさに納得だった。
ということで、足の治療が本日からスタート。
これからどのような経過を辿るかはわからないけれど、
とりあえず、がんばってみます。手術はイヤだものね。
そして、教室の大先輩たちみたいに、
80歳になってもウォーキングを楽しみたいし。
もし、足に不安を持っていられる方がいたら、
是非、自分の足元を見つめなおしてください。
痛みが無くても、既に外反母趾が始まっているかもしれません。
そして、それはやがて、身体のバランスを崩し、
腰、膝、頚などに変形や慢性の痛みを起こすかもしれませんよ。
(なんか、どこかのテレビ番組みたいだけど)
駅の近くにあるコーヒーショップ。
よく通る道路際なので、店内が目に入るのだけど、
いつも満員。
それも、主婦層が圧倒的に多くて、平日でも週末でも、
とにかくいつも、友人とお茶タイムしている人たちで溢れてる。
それが、今日は・・・
やっぱり、主婦はいませんでした。
店内はいつもよりずっと空席が目立ってて、
座っているのはたいてい、若い人ばかり。
携帯を触っていたり、何か一生懸命ノートに書き込んでいたり。
そうよね~
やっぱり年末。主婦は忙しいのです。
クリスマスも終った街の中は、既にお正月一色。
スーパーも、和風飾りが天井からぶら下がって、
お正月飾りやお供えもちのワゴンがズラリ。
地階は、お正月の食材や、おせち料理で溢れてる。
今年の暮れは、教室の授業も無くなって、
しっかりお正月の準備と大掃除に明け暮れてるか?といえば、
なかなか、とっても、そうはいきません。
で、気がつけば、あと5日を残すだけになりました。
一生懸命大掃除をしていたのは、いつの頃までだったか?
若かったから、1日中お掃除していても疲れなくて、
ほんとうに隅々まできれいにしていたし、
お節も全部手作りで作ってたし・・・
あれは、体力勝負だなあと、つくづく思うこのごろです。
今日も色々なゴミの処理をして、クリスマスツリーを片付けて、
冷蔵庫の掃除と、
さくらが遊ぶ部屋の床をきれいにワックス掛けしただけで、
午後にはなんかすっかり疲れてしまって、お掃除はもう止め!
若い頃だったら、1日で、家中のワックス掛けを終えて、
戸棚の中まで綺麗にしてたかも。
ということで、落ちた体力に合わせるように、
そこそこに暮れの仕事をしながら、
そこそこにお正月を迎える準備をしています。
夕刊の一面に載っていた、鳥の目?と思うような2枚の写真。
それが実は、キリマンジャロを空撮した写真だった。
1952年1月と2007年11月の写真を比較して並べている。
そう。以前は真っ白に覆われていた山頂が、
今、岩肌が露出し、はっきりと氷河が溶けていることの分かる写真。
記事のタイトルには
「キリマンジャロ 万年雪消滅の危機」と書かれている。
新聞の記事によれば、キリマンジャロの氷河は、
2015~2020年にはなくなる恐れがある・・・のだそうだ。
もう直ぐじゃない!
地球は、熱くなっている。確実に。
もう、誰も止められない・・・
地球の歴史から見たら、当たり前の現象なのかもしれない。
地球にとっては、なんということもない歴史の現象なのだろう。
でも、やがて、そのことによって、
人類は壊滅的な打撃を受けることだろう。
私たちの子孫は、どんな生活を強いられるのだろうか?
2007年の終わりに、地球の未来に広がる黒い雲を見たようで、
少しため息の朝でした。
明日、私に、何か出来るのだろうか...?
さすがに年賀状を作らなくちゃ、と
久しぶりにペンタブレットを握って絵を描こうとしたら、
ペンが壊れてるみたい。
さて、絵が描けない・・・
(って、元々描けないけど)
仕方なく、マウスでちょこっとだけ絵を描いて、
あとは写真を使ってデザインを完成させて、
なんとか出来上がったのでした。
ついでに、小さなFlashを作って、
sarasaのブログに、クリスマスメッセージをアップした。
気分はちっとも年末じゃなかったけれど、
こうして、いつものセレモニーの作業をしていると、
ああ、やっぱり年末なんだ、、とヒシと実感。
明日は、雪が降るかも、ですって。
チラチラと白く舞う雪は、なんだかロマンティック。
雪に縁の無い土地に住んでいるからこそだけれど。
少しは年の瀬の気分も出てきたところで、
さて、少しは年末の大掃除もがんばらないと。
教室を閉じて、毎日ではないけれど、
片付け作業に追われている。
今日は、残っている大物の片付けのために、
リサイクル業者の人に来てもらった。
といっても、買取りしてくれるものはほとんど無くて、
ただ、出来るだけ無料に近い価格で引き取ってもらうのが精一杯。
ついでに、自宅で15年も使っていたスチールのパソコンラックや、
今回不要になるパソコンデスクなども一緒に引き取ってもらう。
リサイクル業者は、近所の業者に頼んでみたら、
近所のよしみでって、とてもリーズナブルで請け負ってくれて、
今日すぐに引き取って行ってくれた。
それぞれの家具が、どこかで誰かに使ってもらえればいいけれど。
でも、スチールのパソコンラックは壊すしかないそうだし、
ずっと使い続けてあげられなかった家具たちには、
申し訳ないなあと、胸が痛む。
大きなものを購入するときは、多様性のあるもの、
時代、生活の変化に合わせていけるもの、
そしてもちろん、長い年月の使用に耐えるものを選んで、
長く長~く大切に使うか、
硬質ダンボールのようなもので出来ていて、
不要になったら、簡単に処分できるものを選ぶか・・・
ほんとうによくよく考えなくちゃいけない、と強く思ったのでした。
というより、何も持たないで生活できるといいなあ。
もう、何かを処分することのエネルギーはほとんど残っていないし、
資源や、環境汚染のことなど、胸を痛めたくないし。
買うのは簡単だけど、不要になって処分するのは、
買うときの何倍も大変なことなのです。
でも、ずっと気の重かった作業が、ほとんど片付いて、
今夜はとっても心が軽くなったのでした。
テレビを見ながら息子が私に言いました。
「お母さん、どんな葬式がいい?」
え? と私。突然だったから、意味がよくわからない。
どうやら、テレビで葬儀についての特集をしていたらしい。
それを見ていた息子の、私への質問だった。
「すっげ派手なのとか、普通のとか、どんなのがやりたい?
ちゃんと聞いておかないとさ、困るじゃん」
あ、そういうこと。
私の葬式の話なのね。
だけど、私が死んでからの話? それって?・・・と、
かなり嬉しくない話題ではあったけれど、
「それなら、静かで地味で質素なのがいい」と答えたら、
「そうだよな~ そういうのがいいよな~」ですって。
そんなことを知りたいのは、
長男の自分がちゃんとやらなくちゃいけないと思ったのね、
責任感の強い大人になったものです、と思うことにしました、が。
それにしても、あれは3歳のころだったかなあ?
君はこんなことを言ったのだよ。
「ママが死んだら、ボクも一緒に死ぬからね」って。
あの可愛らしい小さな男の子・・・ どこに行っちゃったんだか・・・

初めに万物の想像の源〔プリム〕ありき。〔偉大なるディスコーディア〕とも呼ばれる、この魔術的な原初の力の場から〔ギャン〕がが誕生した。〔暗黒の塔〕の霊魂である。したがって、〔塔〕の声でもある。〔プリム〕が善でも悪でもないがゆえに、〔ギャン〕もまた、中庸の精霊である。宇宙は、この〔ギャン〕のへそから紡ぎだされた。そして〔ギャン〕が指で宇宙を弄び、転がしたことによって時が流れるようになった。
----------
やっと、ダークタワー全16冊を読み終わりました。
って、ほんとになんと遅いのでしょう。
たったこれだけ。普通に読めば、3ヶ月もあれば十分?
でも、最初から1年かけるつもりだったので、予定通り(^^)v
1年間、主人公のローランドと旅の仲間「カ・テット」と一緒に、
毎晩、ベッドで闘ってた。
それも、とうとう終ってしまった・・・
スティーブン・キングが30年をかけて執筆してきたこのシリーズ。
トールキンの「指輪物語」に大きな影響を受けて、
キングも、こうした壮大なるファンタジーを書きたいと思ってのことだったという。
あちこちに、そうした影響を感じることが出来たけど、
でもそこは、キングだから、
上に記した(これは最終巻の本編後に、訳者が書いていたものです)ように、
難解な語句、難解な名前がどんどんと出てきて、理解するのも大変だった。
(理解できないことも、たくさん・・・)
ストーリーについてはここでは書かないけれど、
(読む人がいるといけないから)
また、もう一度最初から、じっくりと読み直してみたい・・・と思う。
批判も多く、酷評されたところもあったらしいけれど、
私は、好きです。
こんな難解なダークファンタジー。
そして、こんなに長い長いストーリーが。
ひとつだけ、そのストーリーに触れて・・・
実は、旅の仲間「カ・テット」の中に、さくらをイメージしながら読んだ動物が一匹。
(犬ではなくて、ビリー・バンブラーという種類です)
それがとってもお利巧で、そして愛しい。
だから、そんなところでも、ついつい力が入って読んでしまった(^^)
あー 終ってしまったな~
これから、ベッドタイムはどうしよう・・・

今日は、まだ片付いていなかった教室で、
残っていた山のような書類の整理をした。
7年の間に、私が作ったテキストの山。
適宜プリントアウトしたテキストは、ファイルに挟んで、
授業のときに、適切なものを取り出して使っていた。
それらのテキストを、ボロボロになったファイルから取り出して、
全部、資源のゴミへと。
ファイルはもちろん、不燃ゴミへ。
よくもまあ、こんなにたくさん作ったな~ と思いながら、
ファイルから引っ張り出して束ねていると・・・
はっと気がついた。
そうか! 私は、パソコンを教えることが好きで始めたというより、
こんな風に、テキストを作ることをしたかったんだ、、って。
パソコンで、何かしたい!
意味のあることがしたい。形のあるものを作りたい。
その結果が、これらのテキストだった。
夢中になって作っていたっけ。
作ることがほんとうに楽しかった。
パソコンが好きで、いつも触っていたかったから、
そんな自分にとって、キーボードを叩いて、マウスを動かして、
何かを作り出すことが、楽しくて楽しくて。
全てのテキストを資源ゴミへ、、と思っていたけど、
Wordのファイル3冊分に挟まっていた、数え切れないほどのテキストは、
やっぱり、捨てられなくなってしまった。
「Wordのページ設定」の授業なんて、いったい何度繰り返しただろう?
Wordさえある程度覚えたら、ほとんどの文書が出来てしまう。
だから、生徒さんたちに、覚えてもらうために必死で授業していた。
Wordが大好きだったから、やっぱり、Wordだけは今は捨てるのを止めよう。
Excel、インターネット、メール、画像関係、
Windows基礎、ホームページ作成、その他あらゆるテキストを、
みんな処分して、きれいに片付けた。
最後に、テーブルも片付けて、本日はここまで!

教室だった部屋は、既にこんなにきれいになってしまっています。
ダンス教室でもできそうです。

先日、西新宿で旧友たちと忘年会をして、
いつものように、「電車がなくなる~」と大急ぎで居酒屋を後にして、
電車に飛び乗り、山手線を品川で乗り換えて。
品川で乗った東海道線は、
湘南ライナー(指定券の必要な通勤快速)の後の下りなので
とにかく、すごく混むのです。
帰宅を急ぐ人々が、押せ押せ状態で、私も満員の車内に押し込まれる。
身動きの取れないような状態で立つ私の前は、
フードつきのコートを着た女性の背中だった。
女性は私よりもかなり背が高い。
女性のフードには、今流行りの、ファー(ふわふわの毛皮)が付いてる。
で、ちょうどそのファーが、私の鼻先に当たる位置にあるのです。
息をするたびに、ファーの毛足が私の鼻の中に入ってくる。
一生懸命、顔を動かして、鼻を横に向けようとするけれど、
とにかく身動き取れない混雑状態で、身体を移動させることもできず、
フードについているファーは、とても見事にふわふわ広がってるから、
私の鼻は、ファーに埋もれてしまいそうで・・・
苦しいのなんのって!
品川から川崎までの10分ほどだったけれど、死ぬかと思った。
(少しオーバーですが)
川崎で人が降りて空間が出来て、やっとヤレヤレ。
流行のファー付きコートって、こんな被害があるんです。
知らなかった!
気がつけば、12月ももう4日。
あまりの慌しい日々は、車窓の電柱みたいに、
一瞬で後ろへと消えていく!
生徒用パソコンや液晶ディスプレイ、
椅子や本棚も嫁ぎ先へ貰われて行き、
大きなテーブルも片付けらて、ガランとなった教室。
7年の間に溜め込んだ、パソコン関連の本や雑誌、
各種のソフト、それらの箱、あらゆるCD-R類、参考資料などなど・・・
資源の日に向けてパッケージしたり、
不燃ごみの袋に入れて、多くのものが片付いた。
最初はほんの少しだけだった食器類も、
イベントが重なるごとに、自宅からカップを運び、お皿を運び、
いつの間にか、結構な数になってしまっていた。
それらは皆、又もとの自宅へと帰ってきた。
まだまだ、大物がいくつも残っているし、
処分できないものは、業者に頼まなくてはならない。
それでも、数日の間に、すっかり広々としてしまった教室。
最後に整理しようと、授業関連の書類が山盛りになってはいるけれど。
色々な思いは、今は振り返らない。考えない。
感傷に浸らない。
片付けなくてはならないことが山積みだし、
考えなくちゃならないこと、やらなくてはならないこと、
うかうかすると、オーバーフローで、
大事なことを落っことしそうだもの。
教室の新しいホームページも、12月1日には公開して、
これからがんばって、もっともっと充実させていきたいし。
やっぱり、しんみりなんてしていられません。
明日の自分が、
なんだかとても楽しみだったりしている私も、いるのです。