日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
ほんの一瞬のことなのに、
まるでスローモーションのように、
そのときだけ時間がゆっくりになって、
「わあーーーーーーー」と自分が倒れこんでいく映像を感じてた。
今日のお昼、江の島の駐車場で、
片手にノートパソコンの重いバッグを持ったまま、
コンクリートにダイブした!
左頬と左肩から、コンクリートに激突。
頬は、ザラザラのコンクリートに摺れて、ズリズリっと音がして、
ノートパソコンを持ってた左手は、中指が逆さになった。
普通に歩いて車に向えば良いものを、
良いお天気だったことや、
夕方までの仕事がお昼前で終って、ちょっとルンルンしてて、
植え込みの赤い花と紫色の実に目を奪われて、つい歩道を外れた。
そのまま、空の雲にも見とれながら、急ぎ足で歩いたら、
コンクリートの小さな車止めに左足の先がひっかかった!
あとはスローモーション。
左手に持つノートパソコンを守りながら、身体の左側から倒れ掛かっていく。
目の前には、橙色のコーンが立っていて、
私は、そのコーンの真上から、コーンを潰すように倒れこむ。
左頬は切り傷と打撲。
左肩は、擦り傷と打撲。
左手の中指は爪が折れて、突き指状態。
そして、愛用の眼鏡の左側が壊れた・・・
ショック状態で、しばらく運転できなくて・・・
気をつけましょう。足元に。
親友が、階段から落ちて大怪我して、
「気をつけようね」と話したばかりだったのに。
去年、教室をクローズしたとき、
来年からは、生徒さんのために、
年賀状の素材集を買うこともなくなるな~と思ってたけど・・・
なんのことはない。
やっぱり、今年も本屋さんで買いました。
そして、もう既に、生徒さんのお宅への出張授業で、
年賀状や喪中の葉書作成をいくつか済ませました。
今日も、そして明日もです。
やっぱり、日本のお正月は年賀状で明けるのですね。
で、来年は丑年。牛さんの年です。
私が初めてパソコンで年賀状を作ったのが、丑年の年賀状でした。
あのときはマッキントッシュで、キッドピクスで絵を描いたっけ。
だから、ちょうど一回り。
また、牛さんの年賀状を作ることに、ちょっと感慨です。
もうすぐ12月。
色々思う季節です。
街はすっかり晩秋の色に染まっています。
昨日は、そんな色をした六本木へと出かけました。
前から一度行ってみたいと思っていた「国立新美術館」
チャンスがないまま、ずっと行ってなかったし、
「ピカソ展」も会期があとわずかだから行きそびれないうちに。
変貌した六本木には、縁のないままだったから、
キョロキョロしながらのおのぼりさん状態。
ついつい、大昔の六本木と比較して、
え? こんなに変わった?と、行く道を見失って、
国立新美術館に着いたのは、正面じゃなくて裏口でした。

でもそれがまた良くて、
紅葉に染まった小道がとてもお洒落で、
ああ東京ってきれいだな~と、
都心に住む友達を羨みながら正面入り口へと歩きます。

ピカソの作品と対面するのは何年ぶりかな?
思ったほどは混雑していなくて良かった。
絵に見入る私の後ろから、魅惑的なフランス語が。
フランス人男性が、連れの女性に説明しているらしいけど、
そのフランス語がなんとも耳に心地よくて、
ほんの一瞬だけ、パリでピカソを見ている気分。
エネルギッシュな作品の数々を堪能して、
ちょっと疲れて、美術館の中のカフェで休みました。

「ピカソが愛した」というハーブティを頂きながら、
ガラスに囲まれた近代そのものの美術館を内側から眺めます。
ガラス越しに見える木々の枯葉色に、
しばらく時間の過ぎるのを忘れていました。
さて、美術館でアートな午後を味わったら、
その次は、三軒茶屋のホールでライブの夜です。
女子大の構内、人見記念講堂に向っていると、
スラリとしたハンサムな外人男性が近づいてきて、
そっと耳打ちを・・・ 彼はたどたどしい日本語で、
「チケット、あります」
え! 外人のダフ屋さん?
ビックリ・・・
4年ぶりのジャクソン・ブラウンのライブは、
3時間があっという間に過ぎました。
http://jp.youtube.com/watch?v=KOu7nlfS-Dk
(同じツアー、この夏に外国で公演されたときの映像)
大阪公園では演ってくれたというTake it Easyが聴けなかったのが
ちょっと残念だったけど、でも楽しかった!
秋の1日、自分へのプレゼントかな?
人生には、いくつもの「選択」を迫られるときがある。
それも、最終的に全て「Yes」か「No」の二者択一。
で、私は・・・
このところの数年、その選択をほとんど間違ってきたみたい。
たった2個しかない選択肢だけれど、
たった2個しかないからこそ、間違えれば、
後に待つ現実が、全てに重くのしかかってくる。
その答えが、今、自身を暗雲が覆っていて、
なんだかとても、冴えなく落ち込む日々・・・
片付けても片付けても、次々と別の難問が列を成す。
新聞やニュース番組では、
呆れた話ばかりだし。
人々の生活を根底から揺さぶる世界不況。
どうやって日本が立ち向かっていくかを論議するために、
今は解散総選挙を見送ってもいいと、国民が声を揃えたのに、
論議されてるのは、定額給付金をどうやって配るか?
大切な時間とお金を使って、そんな論議?
え?なにそれ?って思ってしまう。
自ら大地震で地域的な大打撃を受けた地区の市長が、
同じ震災を、他所の土地で起きるのを楽しみにしてる、って?
おもわず、本音をもらしてしまったことを非難されても、
きちんと謝りもしないで、居直っているその笑顔は、
見るに耐え難い・・・ です。
あ~あ、なんか楽しいことないかな~
(難題を前に憂鬱してて、朝からこんなエッセイでごめんなさい)
・・・って、誰に謝ってるんだか????
人生に必要なものは、じつは驚くほど少ない。
一人の友と、
一冊の本と、
一つの思い出があれば、それでいい。
-----------
五木寛之著「林住期」
最初の方にあった一節です。
(文庫本が発売されたので、今読んでいます)
かっこ良いけど・・・ うむ?
私は、そんなにシンプルにセレクトできるかな?
無理やりセレクトしたら、
いったい何が残るだろう。
一人の友・・・?
一冊の本・・・?
一つの思い出・・・?
ああ、やっぱり、あれもこれもで、
とても一つには絞れません。
私の林住期(今、まさにその只中なわけだけど)は、
そうして何も捨てられずにアタフタ生きて、
その後に来るという「遊行期」には、
ただひたすら、あがき続けることでしょう。
なんか、ためいき・・・
「だからさっきから言ってんだろー
わかんねえのかよ! これが●×◎◆・・・!!」
レジを終えて、出口へ向う私の耳に飛び込んできた罵声に、
思わず足を止めて、声の方向を見てしまった。
そこは、駅前のビックカメラ。
プリンタのインクを買いに行った時のことでした。
レジの横にあるカウンター(受付カウンターのような)で、
お店の店員二人を相手に、
少し小太りで、頭の薄くなった中年の男性が、
辺りに響き渡るような大声を張上げていた。
カウンターの上には、何かの製品が置かれて、
男性はそれを触りながら、憤懣をぶちまけているところ。
何か不具合があったのだろうか?
若い方の店員が対応しているようで、
必死に説明していたけれど、男性は声を荒げるばかり。
それも、かなりな巻き舌で。
あれではきっと、あの店員では手に負えないだろう。
心なしか青ざめていた店員の顔が、私の目に焼きついてしまって、
とても気の毒だった。
大型電気店などのクレーム対応は、ほんとうに大変そう。
もっと穏やかに話せばよいものを・・・と、
その男性の横を、足早に通り過ぎて出口を出ました。
ちょっと怖かったし・・・

シーバスに乗ったのはいつだったかな?
誰と乗ったのだったか?
一生懸命考えても、あまり良く思い出せないけれど、
乗ったことだけは記憶にあるのです。(アブナイかも?)
この日(11/1)は、小学校の仲間たちとシーバスに乗って、
横浜で遊んだ昼下がり。
そのシーバスに乗って、ベイブリッジを見ながら、
結局、いつ誰と乗ったか思い出せないまま・・・

元町や港の見える丘公園を歩いて巡り、山下公園へ。
公園の前の道路はイチョウの並木道になっているけれど、
こんな風に、色づく寸前の黄緑色でした。
このイチョウが黄金にそまるまでは、
まだ3週間くらいかかるのかな?
次の夜、デジカメから写真を取り込んでチェックしていると、
近くに居た息子と娘が覗き込んで、同じような反応を。
「へ~ 自分たちの、小学校のクラスが、
そんな年で集まることなんて、絶対にありえない!」
さあ、それはどうなるか分からないけれど、
確かに、小学校の仲間であちこち遊びに行けるのは、
恵まれたことなのかもしれないなあと、改めて思うのでした。
必死で腰痛を抑えて、なんとか間に合った遠足の日。
秋の風が心地よい横浜でした。