日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
赤ちゃんの話題に続きます。
購読している新聞紙面で、ここのところ、
赤ちゃんの授乳の話題が続いている。
多くのママさんたちは、公共施設などに設置されている授乳室で、
おっぱいをあげたりしているけれど、
タイミングよく利用できるとは限らず、
人の集まる場所から少し離れたところで、視線を気にしながら、
そそくさと授乳をしているという。
実は、紙面に載っていた読者の投稿に驚いてしまった。
おっぱいをあげている姿は「生々しい」「公共の場では遠慮するべき」
という内容や、
「うちの子は哺乳瓶で育ったので、
ファミレスでおっぱいをあげている姿にビックリしてしまう。
見せたくないから、授乳しないで欲しい」と言う母親の話。
また、授乳する姿が恥ずかしいので、
赤ちゃんの顔を隠すように布で覆って授乳するママさんの話も聞いた。
赤ちゃんがおっぱいを飲むとき、
じっとママの目を見つめながら飲むことで、
赤ちゃんの大脳に、ママとの繋がりが刻まれるというのに、
顔を布で覆ってしまって飲むおっぱいは、どんなに味気ないことだろう。
その昔、赤ちゃんにおっぱいをあげるお母さんの姿は、
いつでもどこでも見られる風景だった。
でも、私が子育てをしたころは、かなり控えめになって、
人目にはつきにくいようなところで、そっとあげていたけれど、
それでも、そんなママたちを、
特別なものとして扱われることは無かった。
でも、現代は、授乳の姿は特別なものになってしまったらしい。
大切な大切なおっぱいが、そんな風に扱われるなんて、
どこか、違うのじゃないかな、と思ってしまう。
あるママさんから
「どうか、おっぱいをあげるママと赤ちゃんたちを温かい目で見てください」
という投稿が載っていた。
現代は、優しさの失われた時代になってしまった。
やわらかなおっぱいと、お乳の匂いは、
人間の究極の温かさなのに・・・
安心しておっぱいがあげられる世の中じゃなくちゃ、おかしいよね。
体外受精による受精卵の取り間違いで、
せっかく妊娠できたのに、
9週目に入ったところで、人工中絶をせざるを得なかった。
そんな医療事故のニュースが報じられた。
不妊の治療を続けて、
やっと妊娠が判明したときの夫婦の喜びと、
医者から「間違いだったかもしれない」と告げられたときの驚き、
そして、中絶手術を受けるときの憤りと心身の痛み。
誰もが、そのニュースを知って、
軽率な処置をした病院に腹を立て、
医療被害を受けた女性への同情が溢れたことと思う。
でも、忘れないでほしい。もっと大事な被害者が居ることを。
そう・・・
人工的にこの世に命の芽を開かせられ、
必死に細胞分裂を繰り返して成長し続けた小さな命。
たった9週間で、あっさりとかき消されてしまった「赤ちゃん」です。
こうした人工授精で生まれる赤ちゃんの数は増え続けて、
不妊に悩む若いカップルたちに、両手で我が子を抱く幸せが届けられる。
そういった医療について、否定はしないけれど、
現場では、これらの人工的な受精と妊娠に、
あまりに慣れすぎてしまっているのではないだろうか。
受精させたときから、
自分と同じ一人の人間の命がスタートしているのだ・・・
ということを忘れなければ、
そんな粗雑な作業になるわけは無いと思う。
しかも、その命は、それらの医療を行った人たちが、
人工的に無理やり作り出した「小さな命」だというのに。
コンクリートの建物は、公共施設であるために、
飾り気もなく、堅苦しい雰囲気で、
築40年の古さが、あちこちに顔を出していた。
だけど、ここは夫の暴力にボロボロになった女性たちが、
救いを求めて逃げ込む場所。
このような、DV被害者のためのシェルターという避難施設は、
各自治体の下や、民間団体のボランティアの下に、
あちこちで目立たない活動を続けている、という。
DV被害者支援のひとつ。
自立を助けるための、パソコン講座について、
私が手伝っている団体も、活動をスタートすることになり、
今日はそのノウハウや情報をもらうために、
指導者育成講座のさわりだけ受けてきた。
(って、私がそんなことまで手伝うことになるなんて、
思いもしなかったけど・・・)
だけど・・・
団体の手伝いをするようになって、初めて身近に感じたDVという言葉。
世の中に、こんなに「暴力」が溢れていたなんて知らなかった。
DVから逃れて、シェルターに逃げ込む女性たちは、
いつ相手に見つけられて、また暴力を受けるのではと、
不安の日々を送りながらひたすら身を隠す。
やっと自立の道を歩み始めても、
本名を伏せて、逃げ隠れながらの生活。
心の傷を抱え、怯えて過ごす日々に、「平安」の文字は遠い。
日曜日のシェルター。
帰りがけ、奥のほうの部屋から、若い女性の笑い声が聞こえてきた。
なんだか、ちょっとだけホッとして、帰り道を急ぎました。
今日はバレンタイン。
なんだか、その言葉も、遠く遥か彼方へ・・・
昔はもっと、淡くてせつないセレモニーだったのに、
最近は、なんとも派手な一大イベントの様相。
でも、夫にくらいはチョコを買っておこうかと思っていた数日前、
当のご本人、テレビを見ながら、
「バレンタインは菓子屋が儲けるために作ったもので、
それに踊らされてるだけで、なんともくだらん!」と仰った。
なので、即、中止!
今朝のテレビ。
若い女の子も、若くない女の子(?)も、
自分へのチョコレートに一番のお小遣いをつぎこむ、のだって。
そうだな~ それは有りかも。
だって、この時期のチョコレート売り場のウィンドウは、
可愛くて美味しそうで、食べたくなってしまうチョコレートのオンパレード。
誰かににあげちゃうなんてもったいない。
自分チョコ、今日出かけたら私も買って来よう。
そういうことで、
この時期のチョコレート売上げは、ビックリの数億単位。
この不景気色の世の中。そんな盛り上がりも良いのかもです。

夕べは、ひさしぶりに、
いつもの親友たちと西新宿の夜でした。
みんな忙しくて、なかなか逢えない日が続き、
今頃になっての新年会?
ビールと肴が、ほんとに美味しかった~
そしてもちろん、
ラストオーダーまで続いたおしゃべりの楽しかったこと。
人生の3分の2以上を同じ時代、同じ流れの中で、
ずっと繋がってきたのだものね。
楽しくないはずは無いのです。
お店の中は、いつもよりもずっと賑やかで、
若いお客たちでいっぱいでした。
そっか。昨日は祭日だったっけ。
高層ビルから降りてくると、
目の前に、キラキラ輝く蒼いイルミネーション。
思わず、バックの中からデジカメを撮りだしてシャッターを。
また、次の楽しい時間のそのときまで、
そんなに楽しくない作業を、ひたすらがんばりましょう。
昨日のこと。
(相変わらず、1日遅れる・・・)
団体の恒例開催、ファッションバザールの日。
お手伝いで朝から横浜まで。
お店はたくさん出て、手作りのショップもいくつか。
その中の、こんな可愛い手作りアクセサリーに目が留まってしまった。


ちょっと見ると、普通のビーズに見えるけど、
実はこれ、
海岸の砂浜でたくさん見つけられる、小さなガラスの小石たち。
元はみなガラス瓶のかけらで、波にもまれているうちに、
角が取れて、可愛らしい透明の小石に変身したもの。
遠い昔、子どもたちがうんと小さかった頃、
湘南の海岸に遊びに行くと必ず、このガラスの小石を拾い集めてきた。
われ先にと、競争のようにして、きれいなかけらを集めるのに必死。
そんな子どもたちを見てるのが、とても楽しかった。
そして、可愛いガラスの小石を、きれいなビンやワイングラスに入れて、
子ども部屋やダイニングの棚に飾っていたっけ。
そのガラスの小石が、名前も「湘南シーグラス」と変身し、
こーんなお洒落なアクセサリーや携帯ストラップになってしまってた。
思わず、手にとって、そして、長女・次女の分と自分の分まで、
3つも、買ってしまいました。
バザールの中の手作りショップ。湘南シーグラスのお店はこの真ん中です。

昨日のこと。
美容師さん「どのくらい切りますか?」
私「寒いから切らないで、そろえるくらいでいいです」
美容師さん「理にかなってます」
私「え?」
美容師さん「夏は暑いから短く、でしたね。
冬は寒いから、短く切らない。理にかなってます」
そう、去年の夏、暑いからうんと短くしてもらったっけ。
確かに、理にかなってる。
ここ数年、ずっと担当してもらっているのは、
とってもユニークな美容師さんでした。
先日来、私の管理している画像掲示板(3箇所)で、
スパム画像の貼り付け行為が続出。
さくらの画像掲示板も、開いた途端に、数枚のアダルト画像が飛び込んできて、
速攻、掲示板のリンクを外してしまいました。
(フォルダ名を変更して、ただいま退避中)
同じ日、クラス会の画像掲示板もまったく同じ状況で、速攻、掲示板を閉鎖。
さくらの掲示板でお話してくださった方、
こちらを見ていたら、そういうわけで、只今閉鎖中です。
また、何か対策を考えて、復活できたらと思っています。
それまで、待っててくださいね。
お知らせ、遅れてしまいましたが・・・
ほんとに、最低です!
昨日の土曜日のこと。
(一日ずつ、更新がずれてる・・・)
一日中、江の島で「必勝就活講座」のお手伝いをしてた。
午前は「親子で戦う就活」、午後は「再就職のための就活」で、
講師は、実際に企業で人事を担当した後、各種の就職活動に携わり、
就活講座などの講師を務めている男性。
私は、会場係、パソコンとプロジェクターの世話、写真撮影、などの裏の仕事。
その日の講座はぶっつけ本番だったので、
手順も何も聞いてなかったから、最後までバタバタ状態。
でも、講師のお話もちゃんと聞いて、それはなかなか面白い講座でした。
何しろ今、就職戦線が大変なことになっているのは、周知のこと。
この時期だからこそ、
就職戦線のプロが、裏側(採用側)から見える就職試験の本音など、
興味いっぱいの内容。
もっと早くに聞いていたら、
就活に一番苦労していた次女に、アドバイスしてあげられたのに、と
残念な気持ちになったり。
さてそんな話の中のひとつです。
---講師の話---
(受講生に向かって)みなさんは、「責任」という言葉の意味を尋ねられたら、
なんと答えますか?
・・・しばし間・・・ニタリと笑う講師。
学生がエントリーシートに書いてくる自己アピールの中で、
一番多いのが「私は責任感があります」「私は責任を持って仕事ができます」
という「責任」という文字。
さて、生徒との面接のとき、エントリーシートを見ながら私はこう質問します。
「あなたの考える『責任』という言葉の意味は何ですか?」
すると、100%に近い生徒が、言葉に詰まるんです。「うっ!」となる。
答えられないんですね。
なぜでしょう?
つまり、言葉を言葉としてしか身につけていない。
ひとつひとつの言葉の意味するところを、深く考えて使っていないんです。
私ならこう答えます。
「責任とは、言い訳ができない事、です」
・・・またニタリとほくそ笑む講師。
----
無意識に、分かっているつもりで使っている言葉。
でも、自分はほんとうにその言葉の意味をわかって使っている?
誰かに説明しなくてはならなくなったとき、
ちゃんと説明できるかな?
う~ん まったく自信ありません。
これから就職試験を受ける人に、ぜひアドバイスをしてくださいね。
「責任感が強いです」とエントリーシートに書いたなら、
「責任」ってなんなのか? しっかり考えてから面接に臨むこと、って。