日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
高速道路1000円ぽっきり!がスタートしたそうです。
だけど、私はほとんど関係ない。
土日に高速道を使ってドライブすることなんて、
この10年では、ゼロだったに違いないもの。
だから、これからも恩恵を受けることはほとんど無さそう。
ETCはずいぶん前から付いているというのに・・・
高速道の料金徴収が減収になった分は、
平等に、税金から回されるのだと聞いたから、
恩恵は受けなくても、
自分の税金をこっそりと使われていることになるの?
自分は高速を使わなくても、
たくさんの人々が土日にドライブを楽しめば、
各地の各お店で売上げが伸びて、景気を刺激する?
なんとなく、みんながレジャー気分を盛り上げて、
世の中の景気が良くなる?
そして、景気がちょっと良くなった頃の2年先に、
「はい! これでおしまい~ 元の料金に戻します~」
っていうことが、ほんとうに出来るのかな?
今朝のテレビで、今の政治を「思いつき政治」って言ってたけど、
ほんとにこんなんでいいのかな?
でも、せっかくだから、
ばーっと車を走らせて、どこかに行ってこようかなあ~
(思うだけです・・・)
文芸春秋発刊の「諸君!」が休刊するというニュース。
で、ふっと思い出したことがありました。
創刊は1969年。そう、ちょうどあの頃。
卒業を翌年に控え、社会に羽ばたく準備をしていたころ。
(と言っても、私はずっとのほほんとしてたけど)
私の友人が、ある会社の就職試験を受けました。
その筆記試験、「言葉の説明をせよ」の中に、
この「諸君!」があったという。
創刊されて間もなかったから、友人は知らなかった。
で、彼女は答案用紙に書きました。
「大衆の前で、みなを呼びかけるときに使う言葉」
その後何度も、楽しい笑い話になった「諸君!」のこと。
ケラケラ笑いながら、その試験の話をする友人が、すごく可愛かったっけ。
今日、突然思い出して、長い年月を感じました。
時代は変わる・・・
といっても、私は、この本とはまったく縁が無かったけれど。
体外受精による受精卵の取り間違いで、
せっかく妊娠できたのに、
9週目に入ったところで、人工中絶をせざるを得なかった。
そんな医療事故のニュースが報じられた。
不妊の治療を続けて、
やっと妊娠が判明したときの夫婦の喜びと、
医者から「間違いだったかもしれない」と告げられたときの驚き、
そして、中絶手術を受けるときの憤りと心身の痛み。
誰もが、そのニュースを知って、
軽率な処置をした病院に腹を立て、
医療被害を受けた女性への同情が溢れたことと思う。
でも、忘れないでほしい。もっと大事な被害者が居ることを。
そう・・・
人工的にこの世に命の芽を開かせられ、
必死に細胞分裂を繰り返して成長し続けた小さな命。
たった9週間で、あっさりとかき消されてしまった「赤ちゃん」です。
こうした人工授精で生まれる赤ちゃんの数は増え続けて、
不妊に悩む若いカップルたちに、両手で我が子を抱く幸せが届けられる。
そういった医療について、否定はしないけれど、
現場では、これらの人工的な受精と妊娠に、
あまりに慣れすぎてしまっているのではないだろうか。
受精させたときから、
自分と同じ一人の人間の命がスタートしているのだ・・・
ということを忘れなければ、
そんな粗雑な作業になるわけは無いと思う。
しかも、その命は、それらの医療を行った人たちが、
人工的に無理やり作り出した「小さな命」だというのに。
良い部分も悪い部分も含めて、
アメリカ合衆国というのは、世界にとって、
どれほど大きな存在であるのか、
オバマ大統領の就任式の映像を見ながら、
あらためて思い知ることでした。
と、いうこととは別にして、
大統領選のときから、ずっと、
まるでハリウッド映画を観続けているよう・・・
就任式は、そのクライマックス。
そして、映画はその後の大統領の苦悩と戦いを、
シリアスに、そしてドラマティックに盛り上げていくのです。
映画のエンディングは?
どうなるのか、想像もつかないけれど、
どうか、世界の人々に笑顔が広がるエンディングになりますように。
ハンサムな黒人大統領とファーストレディのダンスシーンを観ながら、
そんなことを思っておりました。
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こんな風な評価もあって、
人はそれぞれ、見る目も思いもそれぞれです。
いつも読んでいるブログから、
ちょっとコピーさせていただきました(^^ゞ
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しかし、今日の就任演説は過大な期待への牽制のようでインパクトにまったく欠ける。
「Change !」「Hope !」ー「Yes We Can !」は影をひそめ、いかにアメリカが危機のなかにあるかをひたすら訴える。
リンカーンを気取るオバマの「歴史的な就任演説」を求めていた数百万の人々には肩すかしだったろう。
注目すべきは、あげた外国の名前は唯一「アフガニスタン」であり、「過酷なパトロール任務」についている兵士たちへの賞賛だ。かねてから「対テロ戦争」の主戦場はアフガニスタンであり、兵力を増強するというオバマとネオコンの戦略そのもの。
*****
都内のある区で、
「レジ袋不要です」のカードをコンビニなどに置いて、
買い物客に使ってもらうことにした、というニュース。
最近、スーパーでは、マイバックで買い物している人が増えて、
「環境のために、レジ袋をやめよう」の呼びかけが、
ずいぶんと広まってきたみたい。
で、私はというと、 レジ袋をもらって買い物をしています。
レジ袋は、ゴミを整理・処分する大切な袋なので、
もらってきたレジ袋は、きれいに折りたたんで、ストッカーに入れてあります。
レジ袋が無くなってしまったら、
同じようなポリ袋を、スーパーで買うことになると思う。
分別収集や、戸別収集が、こんなに進んでしまった最近は、
レジ袋は必需です。無いととても困ります。
で、このレジ袋が環境問題の、一番の槍玉になってしまっているけれど、
本当にそうなのだろうか?
去年、よく話題になった「偽善エコロジー(武田邦彦著)」という本。
そこに書かれていることを、そのまま鵜呑みにするつもりは無いけれど、
レジ袋が環境問題の一番手になっていることに、少しばかり疑問を感じています。
環境問題ならば、
もっと他に、取り組むべき大きなターゲットがあるはずと思う。
スーパーやデパートは、コストのかかるレジ袋を廃止して、
その代わりに、立派なマイバックを大量に販売して儲け、
不便な部分は、消費者にみな背負わせる。
先の都内のある区のような自治体は、
「わが自治体はこんなに環境問題に取り組んでいます」という
アッピールに励んでいるように見えてしまうし、
私の住む藤沢だって、ペットボトルのリサイクルで、
市民の目を欺いていた事実がバレてしまった。
毎日せっせと、ボトルを洗い、フタとラベルをプラスティックゴミに分け、
グシャっと足で潰して、資源の日まで袋に溜めておく。
ペットボトルはリサイクルになるからと、手間を惜しまずに、
分別していたのに・・・
藤沢市は、ペットボトルを市内(県内でもよいけど)のリサイクル業者に渡さず、
中国へ売っていた。キロ当たりの引き取り額が高いと言う理由で。
市民には、ナイショにしながら。
中国がペットボトルを大量に買い込んでしまうお陰で、
ペットボトルの価格は上がってしまい、
国内のリサイクル業者は、経営がなりたたなくなってしまったという。
これは、去年の話だけれども。
最近は、世界の経済情勢が変わったことや、
中国へ売っていた事実が公表されたことで、
おそらく今は、市や県のリサイクル業者に卸すようになったと思う。
そんなだから、
「エコ」と声高に叫ばれると、最近は、ちょっとばかり疑心暗鬼になってしまうかも。
家庭内の身近なことなら、
レジ袋追放よりも先に、すべての過剰包装をやめて欲しいと思う。
家に帰って(あるいは頂き物を)開封した途端に、
分別用のゴミ箱は、紙やプラスティックの包装ゴミで溢れます。
私は、まだこれからも、マイバックじゃなくて、レジ袋でお買い物を続けると思います。
毎日、ニュースは、世界中の国や都市の出来事を伝え、
ん? こんな国があったっけ? と首をかしげたり、
えっと、この国の隣はどの国だったっけ? と頭をひねったり、
地理の苦手だった私は、そんなシーンが多いのです。
地球儀が欲しい、、、と、そんな時には思うけれど、
子どもが使っていた地球儀は、とっくに劣化して、
燃えないゴミの日に捨てました。
あの地球儀って、思った以上にかさ張るので、
もう1度買って、居間に置く気持ちにはなれなくて。
で! 思うのです。
大きさは、円形の鍋敷きくらいで、高さは2センチくらい。
金属で出来た円盤の端に電源ボタンがあって、
そのONボタンを押すと、
中央から、青い光がパーっとまっすぐに5、60センチくらいまで上って、
そこから、ピーっと丸い地球が3Dで現れる。
青い光を帯びた地球は、もちろん世界地図が表示されて、
ボタンを操作すると、上下左右360度自由に回転できる。
見終ったら、OFFボタンを押すと、
サーッと青い地球も、青い光も消えて、
最初の円盤だけになる。
円盤のところには、DVDを入れるドライブがあって、
DVDを入れれば、最新の地図になるし、
色々な情報も表示してくれる。
こんな地球儀だったら欲しいのだけど、出来ないでしょうか?
ちょっとSF近未来映画の観過ぎかな・・・?
夫が銀行のATMに、
振込をするために並んでいた昨日のこと。
もうすぐ自分の番、というときに、携帯が鳴った!
見ると、大事な用件の電話と分かり、
つい電話に出て話をしながら、「はっ!」としたのだそう。
そう、そこはATMです。
しかも、ここのところの特別警戒で、銀行の前には警察官。
携帯電話で話をしてると、
周りの人たちの目が集まっている気がするし、
銀行のお客様係りの人は、こちらに近寄ってくるみたいだし、
慌てて電話を切った・・・という夫。
ほんとにね。
これだけ、テレビや新聞で報道されてても、
詐欺にあってお金を振り込んでしまう人が後を絶たない。
被害額も半端じゃないし。
どうして? なんで? と思うけれど、
きっと、人の心の穴にポッカリと入り込む詐欺師たちのテクニックが、
「騙されない!」と思う人より上を行っているのだろう。
ところで、携帯にこんなメッセージが必要かも?
「ただいま運転中ですので、電話に出ることができません」
に追加して、
「ただいま銀行にいますので、電話に出ることができません」
夕刊の記事。
「金魚すくい」で、金魚を持ち帰る親子がほとんどいない、
のだそうだ。
「金魚はもらわないから」と先に約束してから
子どもに金魚すくいをさせるお母さん。
「死んだらこまるから」と、飼育拒否のお母さん。
お母さん自身も、金魚の育て方が分からないのだとか。
シーズンが終ったら、残った金魚は捨ててしまう、
だから、出来るだけ貰って帰って、育てて欲しい、と
打ち明ける露天商の人の話。
子どもたちは、きっと持って帰りたいに違いない。
だって、私がそうだったもの。
金魚すくいの金魚はすぐに死んでしまうけれど、
それでも、凝りもせず、金魚鉢に入れて、
金魚藻を入れて、じっと眺めているのが楽しかったっけ。
小さな小さな命だけど、たとえ死んでも、
子どもたちに、大切なことを教えてくれるはず。
金魚なんて、ちっとも邪魔にならないじゃない。
餌もちょっとで良いし、子どもに育てさせれば、
きっと喜んで餌をあげたり、水を替えたりすると思う。
もちろん、暫くすると飽きてほったらかして、
そして死んでしまった金魚を見て、はっ!とする。
自分が大事にしてあげなかったから・・・って。
そんな体験、させてあげて欲しい。
ところで、私の親友の中に、
ものすごく金魚すくいの上手な友人がいるのです。
という私は、チャンスが無くて、彼女の腕前を見たことがないのだけど。
いつか、ぜひ、見たいものです。 ね!

もう2年近くになるのかな?
駅の近くの空き地に、突然、2階建ての大きなショールームが出来ました。
それは、誰でも耳にしたことがあるような大きなマンションのショールームでした。
私の家から少し坂を上がったところに、
ウェストとイーストの2棟を建設。
街の風景が変わってしまうほど、大きな建築です。
そして、ウェスト棟は出来上がって、入居も始まり、
今は、イースト棟の建設がどんどん進められていました。
ショールームでは、日曜日や祭日には、
きれいな女性の人が、玄関の前でお花の苗を配ったり、
パンフレットを配ったりと、マンションの勧誘が賑やかで、
立派なショールームには、若いファミリーが足を運んでいました。
のに・・・
1ヶ月ほど前から気がついたのだけど、
そのショールームがずっとお休み状態。
そのうち、玄関には紙くずが散らばり、植え込みは雑草だらけ。
誰も管理していない様子で、
もう部屋が全部埋まったからかな?
それにしたら、「完売御礼」のポスターでもあってよさそうなのに?
買い物のときは、必ず前を通るので、首をかしげていたのです。
今日は、窓には布がひかれ、
玄関には「都合により、クローズしています」の張り紙が貼られていました。
そんなとき、私の耳に届いたのです。
少し前、「藤沢のコンクリート会社が、違法なコンクリートを出荷」
というニュースで、また偽装建築が発覚したけれど、
実は、このマンションが、そのコンクリートを使っていた、という話。
でも、このマンションは、大手のN不動産とT電鉄が販売している物件。
だからなのか、表のニュースには全く出ないけれど、
すでに入居した人は?
建設途中のイースト棟は?
どうなるのだろうと、とても気になりました。
それにしても、ほんとうに「偽装大国日本」になってしまいました。
次の偽装は何でしょう・・・・?
なんて、言ってる場合じゃない!
国土交通省の資料から
http://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000036.html

あの「ねんきん特別便」が、私にも届きました。
うちの家族では、私が一番最後に届きました。
つい最近も、厚生年金受給額の基礎となる月額の報酬金額を
どうやら、社保事務所職員が深く関係して改ざんしていたという疑い。
それって、完全な犯罪。
誰もが憤る年金の不正問題。
そんな年金からお知らせが届いたけど・・・ 複雑。
ということで、特別便の記念写真を撮りました。
と、思ったら・・・
総理大臣が辞任するのだそうです。
え? どして?
夕刊に載っていた記事。
「女性の社会進出 日本54位」
共同参画白書 93カ国で比較
---政府は午前の閣議で、
2008年版の男女共同参画白書を決定した。
日本は女性の政界や経済界への社会進出度を示すGEM
(ジェンダー・エンパワーメント指数)が、
93カ国中54位で低迷。
欧米だけでなく、ナミビアやフィリピン、ベトナムなどより低く、
今後2020年までに、指導的立場に立つ女性の割合を、
少なくとも30%程度にするという目標を掲げている---
ということなのだそうだけど、
さて、こんな記事をしっかり読むことって、
今まではあまり無かった気がする。
さーっと通り過ぎていた。ふ~ん、と思うくらいで。
それが、今夜、
パッと目に留まったのは「共同参画」という文字のせい。
今、手伝っているNPOが、まさにこの
「男女共同参画推進」と
「ジェンダー・エンパワーメント」そのものだから。
確かに、まだまだジェンダー(社会的性差)は根強く存在する、
ということは分かるのだけれど、
私個人の私生活の中では、
もっともっと、心を裂かれる問題がいっぱいだったから、、
ジェンダーなんて、ずっと忘れていた言葉だった。
あなたは、今、
ジェンダーを意識していますか?
女性として、社会から差別を感じていますか?
その昔、「通り魔」といえば、
「夜道は通り魔に合うから、気をつけて」って、
人気の無い暗い夜道で出くわすことに相場が決まっていたのに。
今では、まっ昼間、しかも人々で混雑している大都会で、
凶器を振りかざす通り魔が、無差別殺人を繰り返す。
日曜日の歩行者天国。
人々は、友達と、恋人と、家族と、
ニコニコ笑顔で、行き交っている。
そんな人々の笑顔を、一瞬にして恐怖の色に変えてしまった。
昼でも夜でも、人がいようがいまいが、
ごく普通の顔をした隣人が、あるとき突然「通り魔」に変身する。
ほんとうに、恐ろしいことです・・・
テレビに映される映像は、
痛ましくて、目をそらしたくなる・・・
サイクロンの次は、大地震。
どちらも、何万人もの人が犠牲になって、
もっと沢山の人が、その当たり前の生活を奪われた。
でも、ほんとうに他人事ではない。
世界は変転してる(?) というのは「ダークタワー」の話だけれど、
地球は変転してゆき、天変地異が今後も続くのだろうか。
そしたら、次は、ここ? 私の居る場所?
テレビニュースの中の、
瓦礫の中から助けを求める「手」が、自分の手に見えてくる。
子供を失って、泣き叫ぶ母親が、自分に見えてくる。
少しでも多くの人々に、一日でも早く、
安らぎの時間が訪れますように・・・
人の命の重さは、
誰もみな、同じはずなのに・・・
ミャンマーの人々の命と、
例えば日本人のそれとでは、
どうしても、同じに感じられない。
あんなに軽んじられて、
でも、そのミャンマーの人々は、
自らが軽んじられていることさえ知らないまま、
今も生死の間を彷徨っている・・・
パンダを政治の道具に使わないで欲しい。
ずっと前から、中国のパンダ外交には、
大きな不満を持っていたけれど、
ここにきて、日本がそれを要請するなんて、
なんだかとっても情けない。
東京にパンダがいなくてもいいじゃない。
「小さな子供たちのために」の建前が嘘なのははみえみえなのに。
貴重で大切な種は、ちゃんと守ってあげなくちゃいけない。
政治の道具に使うために、繁殖しているような国から、
年に1億円も払って貸し出してもらうなんて・・・
世界でも、中国のパンダ外交に批判があるというのに、
なんで、今更、上野動物園に貸し出してもらわなくちゃいけないの?
パンだの居ない動物園は、きっと他の動物がスターになるだろうし、
入園者に楽しんでもらうために、
それなりの、努力をするだろうし。努力するべきだし。
パンダじゃなくても、可愛い動物や楽しい動物、いっぱいいるのに。
いなくても、いいじゃない・・・
ときどき、
まだ生存している人を逝かせてしまうことがあるのです。
「え、○○さんって、もう死んじゃったんじゃなかったっけ?」って。
テレビに良く出ていた人が、長いこと出ないと、
年齢的に過不足無ければ、なんかどこかで
訃報を目にしたような気になってしまったり。
で、最近も、
もう亡くなっていたのだと思っていた人の名前を、
久しぶりに新聞の下段で見て、
つい言ってしまった。「あ、まだ元気でがんばってたんだ!」
失礼いたしました。
それは何かというと、野末陳平さんの本の宣伝でした。
「ちょいボケ迷走記」 サブタイトル「はじめての“老後”」
今度、本屋さんでパラパラっと見てみようかな。
---
今日、「死刑」判決の下りた光市の母子殺害事件。
あの大弁護団っていったい何なの?。
以前から、奇妙に見えてならなかった。
愛らしい二人の写真を見るたびに、むごい犯罪に腹が立っていた。
きちんと判決が下りて、良かった・・・
---
CROCSのサンダルで、幼児のエスカレーター事故が続いたという。
だから、サンダルメーカーに、
滑りにくい材質や、柔らかさなどを改善するように要請した、
というけれど、
あのサンダルから、滑りにくさや柔らかさを無くしたら、
CROCSサンダルではなくなってしまう。
街にはすでに、夏を前に、どのショップでもCROCSがずらっと並んでいる。
可愛らしい幼児サイズも、もちろん一緒に並んでいる。
今日も、小さなCROCSを履いた3歳くらいの女の子が、
おばあちゃんに手を引かれてスーパーに入っていった。
つい、エスカレーターには気をつけてね、と思ってしまった。
買い与えるのは親(祖父母も)なのだから、
気をつけてあげる自信がないなら、買わないこと(履かせないこと)が
一番先決だと思う。
ツルツル滑る硬い材質のCROCSになってしまうのは、
とても残念だもの。
少し早めの夕方。
大型スーパーマーケットの食料品売り場。
いつも通りのお客の数。
平日だから、混雑しているということは無い。
でも、やっぱりあの陳列棚の前は、だーれもいない。
そう、色々な冷凍食品の並ぶ陳列棚。
普段なら、品物を物色する主婦が必ず何人かは居るはずなのに、
ほんとうに、だーれも居なくて、ひっそりとしてた。
陳列棚の中の冷凍食品は満杯状態で、
関係のないものまでも、やはり、
ぜんぜん売れていないのだろうか。
夜・・・ 明日の宅配のときに渡す注文票を書く。
20年も続けている月曜日の夜のひと仕事。
生協の注文票をパラパラめくりながら思う。
この注文票は、あのギョーザ中毒のニュースが公表される前に、
私たち組合員に配られたもの。
まさか、こんなことになるなんて、生協の職員だって
誰も思っていなかったことだろう。
注文票をめくれば、色々な冷凍餃子が並んでいた。
問題のギョーザこそ無かったけれど、
色々なメーカーの、大きいのや小さいのや。
気にせず注文する人もいると思うけれど、
やっぱりやめておこう・・・と思う人の方が、
きっと多いことだろう。
連日、日に何度も何度も「餃子、ギョーザ」と報道されるから、
なんだか、餃子が食べたくなってしまう。
明日は、我が家も餃子を作ろうかな。
ほんとうに、こんな食品被害が起きてしまうなんて。
中国の食品の安全性については、
ずっと疑問視され続けていたから、
私も出来る限り買わないでいたけれど、
食べてその場で、命を危うくするほどの中毒を起こすなんて。
生協はもう20年来、我が家も宅配を受けているから、
今回の製品ではないにしても、
お弁当の材料の冷凍食品も買ったりしていた。
もう、安心して買えないじゃないの。
いえ、生協の食品ばかりじゃなくて、
スーパーに売っている有名メーカーの冷凍食品だって、
同じではないかと不安になってしまう。
思わず、冷凍庫の中を見てしまったのは、
我が家だけではないことだろう。
家族の食を預かる主婦として、許せない事件です。
夕刊の一面に載っていた、鳥の目?と思うような2枚の写真。
それが実は、キリマンジャロを空撮した写真だった。
1952年1月と2007年11月の写真を比較して並べている。
そう。以前は真っ白に覆われていた山頂が、
今、岩肌が露出し、はっきりと氷河が溶けていることの分かる写真。
記事のタイトルには
「キリマンジャロ 万年雪消滅の危機」と書かれている。
新聞の記事によれば、キリマンジャロの氷河は、
2015~2020年にはなくなる恐れがある・・・のだそうだ。
もう直ぐじゃない!
地球は、熱くなっている。確実に。
もう、誰も止められない・・・
地球の歴史から見たら、当たり前の現象なのかもしれない。
地球にとっては、なんということもない歴史の現象なのだろう。
でも、やがて、そのことによって、
人類は壊滅的な打撃を受けることだろう。
私たちの子孫は、どんな生活を強いられるのだろうか?
2007年の終わりに、地球の未来に広がる黒い雲を見たようで、
少しため息の朝でした。
明日、私に、何か出来るのだろうか...?
小さな二つの命まで犠牲になることは無かったのに・・・
テレビのニュースで見る二人の笑顔が、
あまりにも可愛くて、痛ましすぎる。
それにしても、
事件直後、二人の子どもの父親をインタビューするTV局の人、
その様子を放映していた番組の扱い方。
犯人が分かって、遺体が発見された今になっての、
父親の様子を紹介するニュース番組のアナウンサー。
その微妙な変化の違いを感じてしまうのは、
私だけではないと思うけれど、違うでしょうか?
次々と出てくる賞味期限改ざん事件。
あのお菓子が?とビックリするような有名なものから、
おそらくは、名も無い小さな工場で作られた無名のお菓子も、
探せばいくらでも出てくるのだと思う。
こんな改ざんが続くと、じゃあいったい賞味期限って何?と
思わないではいられなくなる。
賞味期限を大幅に偽って、販売された大量の食品たち。
それらの食品を、きっと私だって口にしている。
で、お腹壊した?
大きな食中毒事件になった?
賞味期限は、美味しく食べられる期日を指定しているという。
で、賞味期限を過ぎて売られた食品は、
一口ではっきり分かるほど、味が落ちていた?
これ、おかしい!と、思って食べたことが何度あった?
おそらくは、中毒もおこらないし、味の変化もほとんど無い。
だから、改ざんできてしまう。
では、賞味期限っていったいなんなのだろう?
多くのパン屋さんでは、売れ残ったフランスパンをラスクにして売っている。
近くにある小さなパン屋さんのラスク、
けっこう美味しくて、たまにだけど買ってくることもある。
こんなことも、これからは出来なくなる?
売れ残った食品を再加工して販売するのは、違反行為だから?
改ざん事件が相次いで、今後はかなり厳しくなることだろう。
賞味期限を切れたものは、どんどん廃棄されるのみ。
ただでさえ、大量の食品が捨てられている日本なのに、
まだ、増え続ける食品のゴミ。
しかも、食するにほとんど問題のない食品たちが・・・
消費者に「嘘」をついて販売することは絶対に許せないけれど、
グルメ時代にあぐらをかいたような今の食料事情には、
なんだかとってもやりきれない思いが溢れてしまう。
賞味期限の意味を再考して欲しい。
そして、消費者は、名前ばかりのグルメ食品に惑わされないように。
そして、一生懸命美味しいものを手作りしている、町の小さなメーカーやお店を、
つぶしてしまうことが無いように。
これ以上、食料品のゴミが増えないように。
そんなことを、ニュースを見ながら思いました。
朝の家事をしていても、
お昼ごはんを食べるときも、
テレビはどこもここも、みんな亀田亀田・・とそればかり。
ボクシングは、見てるだけで痛くなってくるので、
試合も見ないし、興味も無かったけれど、
亀田親子がどんな風だったかは、ある程度は知っていた。
その昔、プロボクシングのタイトルマッチって、
プロレスリングとは大違いの、真剣勝負だと思っていた。
だけど、最近、スポーツニュースで見た試合は、
リングの上でマイク片手に歌を歌ってた。
ギンギンの衣装で、スモークまで派手に焚かれてた。
へ~ プロボクシングも格闘技みたいになっちゃったんだ・・・
と思ってしまっていたけれど。
今回は、暴言を吐き、反則を犯した選手を、
まるで手のひらを返したように、ひたすら叩き続けている。
亀田親子とか、最近のボクシングにまったく興味の無かった私には、
それが、どうしても不思議で、納得ができない。
だって、みんなで散々楽しんでいたのじゃなかったの?
亀田親子が、暴力団まがいの言葉遣いや態度で、
試合相手に暴言を吐き散らかすことや、
派手なパフォーマンスいっぱいの試合を見ることを。
亀田は嫌いだ嫌いだ、といいながら、試合を見ていた人たちも、
それなりに、面白がっていたのじゃなかったの?
テレビ局は、それで視聴率を稼ぎ、
ボクシングジムは、それでお金を稼ぎ、
ボクシング会は、低迷していた人気を盛り返し、
人々は、日常にたまったうっぷんを、
そんなテレビを見ながら晴らしていたのじゃなかったの?
みんなで持ち上げておいて、
こんどは、みんなで、叩き潰す?
さんざん面白がっていた自分のことは棚に上げて?
なんだかなんだか、すごくイヤな気分です。
小学生の女の子が、
ブログで知り合った20歳の青年に誘拐されたという事件。
事件については、正確なことが分からないから、
何を言うことも出来ないけれど、
小学生とブログ・・・という組み合わせが、
なんだかとても私の心にひっかかる。
私は小さい頃、とても空想好きの少女だった。
そう、赤毛のアンみたいに、いつも空想ばかりしていた。
学校から帰ると、自分の部屋の机の前で、
「私はみなし児。すごく貧乏で、屋根裏に住んでて、
真冬の寒さに震えてて、お腹が空いて・・・」なんていう具合に。
少女漫画の見すぎだったのかな?
やがて現れるのは、ハンサムな王子様のような青年で、
限りなくやさしく、強く。
悪者がやってくると、その青年がみんなやっつけてくれて・・・
詩や物語を書くのも好きで、
小学校の高学年くらいから、ノートに色々書いていた。
何を書いていたのかは、もうすっかり忘れてしまったけれど。
だから・・・
もし、私が現代に生まれていたら、
きっとブログに嵌っていたに違いないと思う。間違いなく。
毎日毎日、学校から帰ったら、一番にパソコンに向かっていただろう。
現実のことから、空想の話まで飛躍して、
きっとひたすら書き続けていたことだろう。
誰かから反応があれば、尚のこと、夢中になっていったに違いない。
そんな自分を、とても容易に想像できる。
それは怖い。とても怖いと思う。
誘拐や事件。そういったことにまでは結びつかないとしても、
ナイーブで幼い心を持った少女の自己表現の場所として、
ブログはあまりにも、偏りすぎた虚構の世界。
そこに生まれる「やさしさ」は、
ほんのつかの間の泡のようなものでしかないのに。
幼い心が、それを分かろうはずも無い。
今の時代の少女でなくて良かった・・・などと、
芯から、我が身を思うニュースでした。

やっぱり郵便局だった・・・
名前が変わるのかと。
(ちゃんと新聞読んでいれば分かってることなのに)
少し前から、この看板の上にカバーがかけられているのに気がついて、
ああ、そうか、、新しい看板は10月まで隠しているのだな、と思ったけれど、
はて? その前はどんな色でなんて書いてあったんだったか?
以前のときの写真と、カバーがかかっているときの写真と、
3枚横に並べなくちゃ、あまり価値のない写真ですが。
なにしろ、日本中、どこもみなこの看板に変わったのだもの。
民間企業になった「日本郵政グループ」
さて、赤字はいつになったら黒字に変わるのでしょう?
一応、民営化に賛成していた私なので、
この企業が目指すという「効率性、収益性、公共性」が、
一定のレベルに達することを、願っています・・・です。

憔悴しきった人の顔は、
見るも痛々しくて、
こちらの方が辛くなってしまう。
輝いていた人(に見えたのに)を、
あんなにしてしまったのは、
何が一番だったのか・・・・?
それは、その人が弱すぎたせいなのか、
あるいは、その人がまともな精神だったからなのか?
ひとつ前の人は、
最初から最後まで、淡々と同じペース。
その人らしい輝き(に見えたもの)を、
少しも曇らせないまま、ひょいっと去っていった。
それは、その人が強かったからなのか、
それとも、その人が魔物だったからなのか?
政界って、魔物じゃなくちゃ生きられないところなのかも。
さてこの次のお方は、どんな魔物なのだろう・・・?
(キャンセルのあった空き時間に、教室から投稿しています。
外はまた暑そうだけど、秋を感じる暑さです、うれしいな)
河川敷での花火大会、それも10月6日に開催される花火大会のために、
4月ごろから、場所取りが始まっていて、
杭を打ち込んでテープを張って、
草刈りしたり、除草剤を撒いたり、していたという。
そこは、市民のための憩いの場所のはず。
それが、限られた個人によって、勝手に領域を占有する?
しかも、市側は、それを手をこまねいて見ていただけ?
警告・撤去予告はしていたと言うけれど、
何ヶ月も経っているのに、状況は過熱するばかり。
マスコミに報道されることになって、
慌てて、強制撤去に至ったのでは?と勘ぐってしまうのは
私だけではないと思う。
あまりにも、だらしなくない?
どこの花火大会でも、場所取りについては、
いろいろと難題があるようだけれど、
たいていは、花火大会当日に場所取りが解禁されるようだ。
今回の、土浦でも、最初はそれでうまくいっていたのが、
年毎にエスカレートしていっての、結果だとは思うけれど、
市が開催しているならば、状況判断の先回りは必須のはず。
散歩に出かけた河川敷に、あんな場所取りのテープが張り巡らされていたら、
誰だって不愉快になることだろう。
それにしても、河川敷の原っぱを、何ヶ月も前から、
勝手に自分の場所に占領するなんて、
なんて、自分勝手な行為なのだろう。
給食費を払わない、保育費を払わない・・・などの身勝手な感覚と、
同じように感じられてならない。
日本人は、どんどん身勝手な民族になっていく気がする。
古い人間とお思いでしょうが・・・
午後8時、あちこちの局でテレビの選挙特番が始まると、
一斉に、「当選」が決まったという報道。
「出口調査」と「テレビ局の独自調査」の結果・・・
開票は0%でも、どんどん「当選」(当確じゃなくて)の数字が延びる。
なんかなあ~と思ってしまうのは、古い人間のせいなのか?
そんなに大慌てで結果を急ぐ必要があるのかな?
選管の開票結果を待ったって、なんてことないのに。
それに、投票を終えて出口に出ると、
確かに出口調査の人たちが何人かいるのだけど、
ちょっと煩わしいような気持ちにもなったり・・・
やっぱり、古い人間と言われるのでしょうか・・・???
ハリーポッターの最終巻が世界同時に発売されたとかで、
テレビや新聞、ネットなどで、何度もそのニュースを見た。
で、ちょっと可笑しかったのです。
やっぱり、世界中、同じなんだなあ、って。
発売日前から並んで、やっと手にした本を、
嬉しそうに胸に抱えて家路に向かう子どもたち。
中には、本屋さん(だったか?)の床に座って、
もう読みふける子ども。
ニュースのナレーションでは、
「ストーリーの最後が気になって、一番後ろのページから
読みふけっている子どももいます」ですって。
私の友達と同じ(^^)
イソイソ帰る少女は、インタビューに答えていた。
「早く読まないと、テレビやあちこちで、
最後がどうなるか、言われてしまうから、
発売日に並んだの」って。
そうそう。
私もそれがいやで、耳や目を塞いでおきたい、
と思うことがあるものね。
ところで私、ハリーポッターはまだ未接近。
本も映画も観ていない。
そのうち、まず、本から入ってみようかな。
人気が落ち着いて、
図書館で借りられるようになるのは、
まだずいぶんと先のことかな?
起きてしまってから発覚するいくつもの不備。
ああ、やっぱり・・・という思いを、
国民の全てが持ったことだろう。
安全、安全と旗を掲げるから、
首をかしげながらも、黙って見守るしかなかったけれど、
安全が、形だけのものだったことを露呈してしまった。
大反対したのに、押し切られて受け入れた地元の人たちは、
どんなに腹がたっただろう。
人類の大きな課題。エネルギー問題。
確かに、限りある資源の石油を頼るわけにはいかないから、
大丈夫なの?の不安を受けながら、
原子力発電の需要が高まって、発電所がいくつも作られてきた。
それが、ほら、やっぱり危ない・・・
こんなにずさんだった・・・と思うべきなのか、
想定外の地震でも、これくらいで大丈夫だった・・・と安堵するべきなのか。
(私はもちろん前者だと思っているけれど)
中国が、これからどんどん原子力発電所を増やすと言ってる。
それこそ、大丈夫? 危なすぎない?
原子力の力を借りずに、エネルギーを得るには?と、
もう何十年も前から、論議されてきたけれど、
エネルギー消費は増えるばかりなのに、
安全にエネルギーを生み出すことは、未だに成されていない。
こんなことに出会うと、また、私の耳に、
「そうだとしたら、僕らは滅びるしかなさそうだね」
という、
あの「風の谷のナウシカ」のアスベルの言葉が聞こえてくる・・・
新潟県・長野県で大きな地震。
今回は、ごく親しい人が住んでいる場所でもあったので、
ほんとうにビックリ。
怪我された人も沢山いるようで、
あらためて地震の怖さを思い知らされます。
台風、、、そして地震、、、災害は続くものです。
被害が少なくて済みますように・・・
急に気温が高くなって真夏の雰囲気だった今日。
いよいよだなあ~
苦手な夏が来たことを、身体で実感。
今年は、エルニーニョじゃなくて、ラニャーニャ現象だそうだ。
その年は、猛暑になる・・・・というけれど、
既に毎年の猛暑続き。これ以上の暑さは猛暑じゃなくて激暑。
きっと私は、この夏を越えることができない・・・と思う。
今年初めて、教室にエアコンを入れて、少しひんやりしたお昼休みの時間、
ちょっと眠くなりそうな頭で考えていました。
不可解で腹の立つことがますます増えているなあ、と。
年金問題、もう呆れ果てて、日本人であることがあまりに恥ずかしい。
介護施設(コムスン)問題、老人介護を儲けの手段にする人たちには、
老人になっても、だーれも手を貸してはいけません。
たとえ大金を積まれても、介護などせず、ほっておきましょう。
わがまま勝手な親たちの問題、
学校へ親から持ち込まれる要求の、あまりの身勝手さに唖然・・・
教育も悪いし、先生も頼りないけれど、親もほんとうに自分本位過ぎて、
いったいどうして、こんな世の中になってしまったのだろう?
息子の職場も、大丈夫かなあと少し心配・・・
選挙が近づくと、タレント候補のことばかりがニュースに。
でも、真剣に政治に取り組もうとしている無名の候補者のことは、
どこにも取り上げられない。
そんな人たちのことこそ、知りたいのに。
それにしても、桑田選手はえらいなあ~
などと思いながらキーボードで書き出しているうちに、お昼休みの時間が終わり、
メモした内容を自宅へメールして送っておきました。
(で、今これをエントリーにアップロードです)
私の考えって、人と違うのかな?
赤ちゃんポストに3歳の幼児が入っていた、
という報道のことです。
新生児や1歳未満の赤ちゃんを想定していた。
3歳の幼児は想定外。
病院も、世の中も、
3歳の幼児をポストに入れることは、
保護者の養育義務を放棄したことだから、
犯罪に繋がる。
そういう部分で、3歳の幼児が入れられていたことに、
大きな非難が集中している、、、けれど。
私は、新生児だって、ポストに入れたら、子捨て。
3歳の幼児だって、ポストに入れたら、子捨て。
違いが、分からない。
3歳の子どもは、意識の中に「捨てられた」ことを感じるから、
その心中を思えば、あまりにひどい、と言う。
大きな傷を受ける、という。
確かに、それはほんとうに可哀相、残酷なこと、と思う。
では、3歳はダメだけど、新生児だったら、良いというの?
ポストに入れられたら、その時点で、
お母さんに捨てられたのだもの。
まだ何も分からない赤ちゃんにとって、
それは残酷で、あまりに胸の痛む行為。
その赤ちゃんが、やがて、自分のルーツを知ったときは?
やはり、大きな傷を受けるに違いない。
新生児でも、3歳児でも、
捨てることの出来るポストがあることが、
私には、納得できない。
きれいごとで、ポストをふんわりくるんでも、
そこに行われるのは、子捨て以外の何物でもないから。
捨てさせないで欲しい。
捨てなくて良い「手」を、作って欲しい。
捨てるしかない手を、温かく包んで欲しい。
捨てるしかない心を、やさしく導いてほしい。
それは、病院だけがやることではなく、
国が、自治が、世間が、隣の人が・・・みんなで・・・
見守り、導かなくてはいけないことなのだと思います。
「きれいな街」に、人一倍の拘りがあります。
藤沢は、いつの間にか、
居酒屋とパチンコ屋の溢れる街になってしまってて、
美しさから、どんどんかけ離れて、ため息を隠せない。
それでも、一時のような落書きが目立たなくなって良かった。
これからも、街をあげて、落書きのできない体質作り、
しっかりがんばってください。
ニュースでは、
大阪のアメリカ村(どんな村なのか知らないのだけれど)で
夜中の数時間で、100箇所もの落書きをされたとか。
落書きをしている現場が防犯カメラでとらえられ、
テレビの画面にも写っていたけれど、
ほんとうに、なんということをする人たちなのだろう。
自分のやっていることが、どれほど馬鹿げたことなのか、
何にも分かってない。
というより、分かっているからやっているのか・・・?
なんという哀しい人たちなのだろう。
もう、こんな愚かなことは止めて、
自分たちの住む街を、きれいにしよう、ね。
どうして今更?
もう、とっくに、昔から、
ちゃんと実態を把握していたのではなかったの?
この春の選抜高校野球のあとで、
初めて状況を知った・・・なんて、
まさか、そんな話を誰も信じられないと思うけれど。
ダメだというなら、もっと前から、
もっと完璧に、
「絶対優遇しない」と強固な壁を作っておくべきだったのに、
ガードが甘ければ、こんな結果になるのは目に見えている。
お金の余裕のある学校は、
少しでも良い選手が欲しいから、
優遇するのは当然の結果だと思うし、
それに乗った青年たちに、何の罪があるだろう?
見て見ぬふりをしていたか、
節穴同然の目を持っていたか、
考え方が前時代過ぎたのか・・・
どちらにしても、責任を取るのは、自分自身だと思います。
高野連のおえらい方へ
京都市の議会で、景観政策を見直し、
尚いっそうの厳しい条例が可決されたという。
建物の高さ制限を、今よりも厳しくしたり、
屋上の広告物に規制をしたり、といった内容で、
京都の景観を守る姿勢が強化されている。
がんばって、京都を守って欲しいなあと思う。
いつまでも、美しい京都であり続けて欲しいなあと思う。
それは、京都市民ばかりでなく、
日本中の京都を思う誰もが願うこと。
いろいろな場所へ行くと、
日本って、どうしてこんなに、
街が美しくないのだろうと悲しくなる。
藤沢も同じ。
それも、どんどん悪くなるばかり。
少しでも早く、思い切って規制して、
美しい街づくりを心がけて欲しい、と、
街を歩きながらいつも思うことでした。
自動車道のサービスエリア(談合坂など)に、
家庭から持ち込まれたゴミが投棄されている、
という記事が朝刊に大きく載っていた。
とくに、土日にそんなゴミが多いというから、
旅行に出る朝、ゴミの日に出せない生ゴミを、
車に積んで、サービスエリアに捨てていってしまうのだろうか?
さて、「ゴミ」を作り出しているのは、
地球上では、この人類だけ?
他の動物たちは、食べかすも糞も巣も、
そのまま、みんな自然に帰るものばかり。
それらを、他の動物が餌にして、
食物連鎖の、命の循環が繰り返されている。
それに逆らっているのは、この人類だけだ。
いつかやがて、地球は、
人類の作ったゴミだらけになってしまうだろう。
その頃には、温室効果ガスの影響で、
地球は既に瀕死の状態なのかもしれない。
と、身勝手な人の不法投棄したゴミの話に、
地球の未来を憂えた朝でしたが、
ほんとうに、真剣に、
ゴミを減らすことを考えないといけません。
と、言いつつ、また新しいものを買ってしまう日々。
新しいものは、必ず、新しいゴミを作るというのに・・・
※ところで、談合坂の地名って、
あの今問題になっている「談合」と関係あるのかな?
(談合で作られたサービスエリア?なんて・・・)
と、ふと思って調べたら、ぜんぜん違いました。
ちゃんと、歴史ある名前だったのでした。
しかし、インターネットって、なんでも出てくるのね~
あらためて、感心!
朝のテレビニュース・・・
図書館の本が、とんでもない被害に遭っているという。
昔から、線を引かれたり、メモが書き込まれたり、
ページが破かれたり、汚されたり・・・
というのは、少なからずあったけれど。
今朝のテレビのニュースに映し出された本は、
そんな程度よりも、遥かにひどい状態だった。
しかも、そんな被害本が激増しているという。
写真の部分だけきれいにカッターで切り取られてる、
ページのほとんどに線が引かれてる、
食べこぼしや、飲み物の汚れがついている、
(この辺はまだ、生易しい)
ページが数ページに渡って破り取られている、
カバーを外したら、中身が全部無い!
カバーを外したら、ぜんぜん違う本が入っている!
挙句に・・・
推理小説の最初のページに、
犯人の名前が書き込まれていて、
「あなたはこれでも読みますか?」と悪戯書き!
それって、最悪・・・
そして、
絵本「ウォーリーを探せ」の、各ページ、
探すのが楽しみなはずのウォーリー、
そのウォーリーを、全部、丸で囲んである!!!
探す楽しみ、何にもないじゃん!
これじゃ、絵本の価値はゼロ。
悪戯書きをした人は、ジョークのつもりだったのだろうか?
でも、その本を借りた人のやりきれない気持ちは、
どうしてくれるの?
だけど、とても心配です。
こんな悪戯をテレビで報道すると、
面白がって、自分もやってみよう、、と思う人間が、
必ず出てくると思うから。
図書館の本、大切にしましょう!
本は、喜びと楽しさを運んでくれる小さな玉手箱なのに・・・
夜のテレビニュース・・・
「団塊世代向けオムツ」だって。
そりゃ、人数が多いから、
いろいろ「向け」ものが増えても仕方ないけど。
それって、別に、「団塊世代」を冠に付けることないんじゃ、と?
単純に、「シニア世代向け尿漏れ用オムツ」でいいんじゃ、と?
ほんとうに、これから先、
何を「向け」てくれるのか、
ちょっと心配になるこのごろです。
ほっといて!
病院が申請した「赤ちゃんポスト」が容認されるという。
多くの人が一番気がかりなことは二つ。
・生んだばかりの赤ちゃんを、
平気でポストに入れて「捨て子」してしまう女性が、
今後、増えてしまうのではないか?
・ポストに入れられた赤ちゃんは、
成長したときに、
自分のルーツをどんな風に受け入れて生きていくのか?
そう、確かに。
ほんとうに必要なのは、
「赤ちゃんポスト」ではなくて、
「ママちゃんポスト」なのでは、と思う。
育てられないから捨ててしまいたいと思う「お母さん」を、
まず最初に、きちんとフォローすべきなのではと。
育てられるようになるまで、一時預かってあげる。
育児がどんなことか指導してあげる。
ちゃんと働いて、生活の基盤を作れる環境を与えて、
ちゃんと子どもと一緒に生活できるように、導いてあげる。
命の大切さや、愛しさを、感じとれる心が生まれるように、
彼女たちの話を聞いてあげて、
フォローしていってあげること。
そんな「ママちゃんポスト」が、
ほんとうは一番必要なのでは、と思うのです。
大変なことなのかもしれないけれど、
病院と連携して、自治体が腰を上げて欲しい。
捨て子をしないまでも、
子どもを愛せない若い親たちが、あまりに多すぎる世の中だから・・・
新聞の社会面、一番下の欄には、
毎日毎日、企業からの「お詫び」のメッセージが載せられ続けている。
・消費期限に誤りがありました
・食品に異物が混入していました
・破損の恐れがあります・・・etc・・・etc・・・
消費者に頭を下げ続ける企業。
視聴者に頭を下げるテレビ局。
そして、国民に頭を下げる国会議員。
「お詫び」のことばは、もうたくさん。
お偉い人たちの下げた頭も、もう見たくない。
人の心が、紙よりも軽く扱われる世の中。
いったい、いつからこんな世の中になってしまったの?
たいていの人は、みな、経験があるはず。
お店のドアの前にちょこんと立つ、
まんまるお目目のペコちゃんの頭を、
軽くポコンと叩いて通り過ぎたこと。
頭を叩かれたペコちゃんは、いつまでも首をゆらゆら揺らしていたっけ。
イコール笑顔・・・のイメージしかない不二家。
子供たちの小さい頃、「不二家のケーキを買って帰ろうか」に、
うんうんと頷いた笑顔が懐かしい。
責任は大きいと思う。
誰だって、不二家は、笑顔しか似合わないと思っていたのに・・・
伝書鳩が帰れなくなった・・・と、新聞に載っていた。
近年、英国などのハトレースの帰還率が、
5割程度に落ち込んでいるという。
かつては、7.8割はあったというのに・・・
今年9月の大規模レースでは、最終帰還率は33%だったという。
なぜ、ハトは帰れなくなってしまったのか?
それは、携帯電話の電磁波が、
ハトの方向感覚を狂わせたせい、と推定されるそうだ。
見上げれば、あちこちにある携帯電話の基地局。
人口衛星から情報を受けるための無線局。
都会は、確実に、電磁波で溢れてきている。
電磁波が、人体へどんな影響を与えるのか、
結果が見えてくるのはもう少し先のことだと思うけれど、
なんだかやっぱり、少し恐ろしい。
パソコンも然り。
せめて、成長期の子どもたちには、
携帯電話もパソコンも、与えない方がいいのでは、と思う。
だって、子どもたちに、携帯電話もパソコンも必要ないもん。
迷子になってお家にかえれなくなったハトたち。
私たちの子どもの次世代、その又次世代の子どもたちに、
そんな迷子のハトを重ね合わせたりしながら、新聞を読みました。
さて、↓のような暴言(大学なんて1年遅れてもいい)を吐くと、
いろいろ問題があるかもしれないので・・・・
そうです。
ほんとうは、今の状況で、彼ら高校生は卒業なんて出来るわけない。
だって、そういう決まりがあるのだもの。
でも、彼らを卒業させないで、1年遅らせたら、
高校は4学年の生徒を受け入れることはできないし、
翌年の大学受験の競争率はとんでもないことになるし、
大学は今年の新入生を確保できなくて、青くなってしまうし。
何が何でも、卒業させなくちゃならない。
これは、生徒のためじゃなくて、
高校のため、大学のため・・・ です。
なんだか、似ているな~と、ちょっと思い出してしまいました。
実は、私が大学のとき、
かの大学紛争で、3年次はバリケード封鎖などのため
1年間、まったく授業が出来なかった。
なのに、私たちはちゃんと4年で卒業してしまった。
4年のときに、1年間で、3年次と4年次の2年間分の授業を行って、
学生たちに相応の単位をプレゼントしてくれたのでした。
まるで、ところてんのように押し出されて卒業した私たち。
学生時代が3年間で終わってしまった。
大切な青春時代のあの空白の1年間、何をしていたかさえ記憶に無い。
あの1年間を充実して過ごしていたら・・・と
それは、今だから言えるのではあるけれど、
でもたまに、「あの1年間を返して~」と、ちょっと叫びたくなるときもあります。
話はそれとは少し違うけど、
発覚した、単位不足の高校生たちも、
最後には、ちゃんと足し算の答えが合うように、ぴったり単位が揃って、
卒業できることでしょう。
そんな彼らが、「世の中って甘いもんさ」と思わないように、祈るばかりです。
やっぱり、この話題、触れないわけにはいかないから・・・
私と同じくらいの世代の女性が、
ガンで子宮を失った娘の変わりに、
赤ちゃんを出産した・・・という。代理出産の話題。
まず、驚くのは、10ヶ月(妊娠周期で)の妊娠期間。
あのとてつもない体力を必要とする妊娠期間を、
私と同じ世代の女性が耐えられた・・・という現実。
私なら、絶対に途中で妊娠中毒症を起こしてしまうだろう。
ただ、わが娘のためなら自分の命を惜しまない。
どんなことでも耐えられる・・・
子宮を失った娘のために、代理の子宮になってあげたい・・・
その気持ちは、私にも理解できてしまう。
同じ状況になったら、私も、そうしてあげたいと、きっと思う。
でも・・・
倫理的な部分で、受け入れられない気持ちを抱えるに違いない。
葛藤の挙句、「するべきではない」という結論を出すと思う。
私は「運命」というものを信じる。
本人に、産むことが出来ない運命が与えられたのなら、
その運命に従って、その運命の中で幸せになることを、
娘に訴えて、一緒に涙を流すと思う。
私なら、そうするだろうと思うけれど、
何が悪く、何が正しいのか、そしてこれから、何が正しくなっていくのか。
私には、良く分からない・・・
アーミッシュの村にある学校に、
むごい事件がおきてしまったというニュース。
思い浮かぶのは、
ハリソン・フォード主演の「刑事ジョン・ブック 目撃」
10年くらい前までは、自分の中で、一番好きだった映画。
誰かに「あなたの好きな映画は?」と聞かれると、
いつも答える数本の映画の中のトップだった。
(10年以上を経た今は、また違った選択になるけど、
でも、忘れられない素晴らしい映画・・・)
その映画は、ペンシルバニア州アーミッシュの村が舞台。
戒律を重んじ、現代の機械文明に背を向けて、
自給自足、静かにひっそりと平和に暮らすアーミッシュ。
まるで世紀を遡っているようなその村の暮らし。
現代アメリカで、今もそういった暮らしをしている人がいることを知ったのは、
この映画からだった。
そんな静かな人々の通う学校に、
こんな狂気をおびた事件がどうして起きたのだろう。
刑事ジョン・ブックとアーミッシュの美しい未亡人レイチェルの、
ぞくぞくっとするようなダンスシーンが印象に深く、
若きハリソン・フォードがなによりも魅力的だったけれど・・・
銃を手にした狂気があとを絶たないアメリカは、
やはり、病み過ぎているの?
突風で倒れた「にちりん」は、
夫の郷里延岡へ帰るとき、
宮崎空港から延岡駅まで行くときに乗る特急電車。
真っ赤な車体が可愛くて、
のんびりしたローカルな風景ととても似合っている。
テレビのニュースでビックリだった。
台風は一旦日本海に出て、また再上陸を狙っているみたい。
被害が広がらないといいけれど・・・
シュレッダーで小さな子供が事故に遭った。
ひとつ事件が表に出ると、次々と、実は1ヶ月前にも・・・と
シュレッダーの事故の報道が増えていく。
公表されない事故は、小さな事故も含めて、
実際にはもっと沢山起きているかもしれない。
それにしても、小さな子供の居る家なのに、
あのシュレッダーを電源につながれたままにしてあったの?
それは、あまりに危険なことではないの?
電源コードを抜いてさえあれば、
例え、子供が指を入れたって、シュレッダーは動かない。
でも、コードを差し込んで、「自動」に設定にしてあったら、
小さな指が、差込口をいじった途端・・・・ 考えただけでぞっとしてしまう。
私の家でも、去年、アイリスオーヤマの家庭用シュレッダーを買いました。
私のPCのデスクの下に置いてあり、常時「自動」の設定にしています。
手紙や書類などを読んで、そのまま、足元のシュレッダーに差し込むと、
ガーーっと大きな音がして、細かく裁断されてゆきます。
差込口は、大人の指はとても入らない大きさ。
赤ちゃんの指でも、無理かな?と思える大きさだけれど、
小さな子供が、針金などを差し込んだら、
動き出したシュレッダーの歯で、針金が折れて、小さな破片が、
その子供の目に飛び込んだら・・・・
事故は、いつ、どんな形でも起こりうる。
小さな子供の居る家庭は、細心の注意を払っても、
それでも油断できない。
もし、小さな子供がお家にいるならば、
シュレッダーは、使うときに電源コードを差し込んで、
使い終わったら、電源コードを抜く・・・・・・ 当然のことだと思います。
メーカーがどんなに安全対策を講じても、
使う側が注意を怠れば・・・ 安全は得られない。
今後ますますどこの家庭内にも置かれることになりそうなシュレッダー。
可哀そうな事故がこれ以上起きませんように。
冥王星が太陽の惑星のリストから外されることになった・・・
という、ちょっと寂しいニュースが賑やかだ。
太陽を中心に回る太陽系の星の中で、
冥王星は大きさがちょっと足りなくて、格下げになったらしい。
だけど、それって、人類の勝手。
当のお星様は、「オイラにはな~んも関係ないよー」って言ってるかな?
小学生の頃から、天体にはあまり興味が無かった。
というのも、それは、あまりに大きすぎて、
ぼんやり「お星様はきれいだな~」と見上げるのは好きだけど、
天体の謎を学問的に解き明かしていくのは、
ちっぽけな自分が消えてしまいそうで怖くて、
私の好みではなかったみたい。
大きな宇宙よりも、
足元の草の中でモゾモゾうごいている小さなダンゴ虫や、
ササっと逃げてゆくトカゲたちのほうに、ずっと興味を感じる子供だったし。
さて、今は・・・
冥王星 というと、冥王・・・ 冥王サウロンを思い浮かべてしまう私です。
うん、この夏はほんとうは、
LOTR(指輪物語)の劇場未公開版DVD全作を観通す予定だったのに、
まだ1巻も観ていない。
ゲド戦記にも一区切りついたし、怪しげな天気の今日の昼下がりは、
DVD日和かなあ? やっぱり。
直木賞作家が新聞のコラムで、
自らの子猫殺しを告白したことで、
抗議が殺到して、ちょっとした騒ぎになっているそうだ。
コラムは「子猫殺し」とタイトルが付けられ、
生まれたばかりの子猫を崖下に投げ捨てたことを告白し、
そして、「飼い猫に避妊手術を受けさせること」と、
「子猫を投げ捨てた」こととを対比し、
「生まれて直ぐの子猫を殺しても(避妊と)同じこと。
子種を殺すか、出来た子を殺すかの差だ」
とまとめてあった、という。
抗議が殺到するのは、無理からぬことだと思う。
生まれたばかりの子猫を自分の手で殺してしまうことと、
猫たちに避妊手術を受けさせることは、
決して同じではないはずだから。
「生」とは何かを問うコラムだったという。
子猫を殺してしまったことは、責められない。
止むを得なかったのだろうと思うから。
でも、だからこそ、この世の中に生を受けた命を、
悲しい結末に至らせないために、
「避妊」があるのだ、と思う。
人間のエゴには違いないし、
当の猫たちにとっては、余計なお世話には違いないけれど、
「生」を受けた子猫の命が、
せめて残酷な仕打ちにあわないためにも、
「避妊」という手段がある、のだ。
崖下に投げ捨てて奪う命と、
避妊のために奪われた子種とは、
同じであろうはずがない・・・ と思うのです。
「生」とは、何なのだろう? ほんとうに・・・・
米タワーレコードが破産・・・
ニュースの映像は、今のアメリカの音楽事情を伝えていた。
街頭インタビューでアメリカの男性や女性が
「CDはもう2年くらい買ったことないよ。いつもダウンロードするから」
「音楽はダウンロードするから、CDはもう買うことはないわ」
と答えて居る様子を映し出している。
音楽はダウンロードされ、CDの売り上げが落ち込んだタワーレコードが、
この時期でもう破産してしまうなんて、と驚いてしまった。
日本のタワーレコードとは、今は別の事業経営になっているので、
影響は無いそうだけれど。
でも、やがて日本でも同じ道を辿るのだろうか?
私はやっぱり、形あるものにこそ、自分の思いをかけられる。
ダウンロードした音楽は、ただ「音」でしかないと感じてしまう。
消費され、飽きれば捨てられるひとときの「音」でしか。
だから、手の中に握ることのできるCDが存在価値を無くしてしまうことは、
とても考えられないのだけれど・・・
それでも、世の中はそういう方向へと流れていくのかもしれない。
形あるものに心寄せるなんて、儚いことなのかなぁ・・・
小さな子供たちの、夏休みの楽しみ。
それが突然無くなって、がっかりしている子供たちが
沢山いるのだろうなあ。
誰もが信じて疑わなかったこと。
公共施設のプールは、安心できるはず、、と。
水質も安全管理も。
我が家でも、子供たちが小さかったころは、
週末の小学校のプール開放日には、
毎週のようにお父さんが連れて行ってあげていた。
私も連れていって、一緒に泳いだこともあったっけ。
空いているし、無料だし、水は青々としてきれいだし。
また小学校のプールの他にも、
県営のプールや、市営のプールにもよく家族で出かけた。
夏休みの恒例行事。
子供たちはほんとうに楽しそうだったし。
だのに・・・・
足元をすくわれるような驚き・・・
どこもここも、そこまでひどい状況だったなんて。
100%の安全を確保して、
一日も早く、小さな子供たちの笑顔を、プールに戻してあげてください。
カビが生えてしまうくらい大昔の話。
友人たちと銀座のスタジオに、お昼の生テレビ番組を見に行った。
出演は、前田武彦とコント55号。番組のタイトルは、、うむ・・・忘れてしまった・・・
コント55号の人気が爆発する直前のころだった。
萩本欽一は若くて、エネルギー満杯で、ほんとうに面白かった。
彼の作る笑いには、「下ネタ」が無かった。
インタビューでも、欽ちゃんは「下ネタ」は使いたくない、と答えていた。
ちょうどその頃、人気を二分していたドリフターズは、まさに「下ネタ」満載で、
二組の笑いの質ははっきりと色分けされていた。
それが萩本欽一という人のポリシーだったのかもしれない。
まして、欽ちゃんにとって野球というのは、聖域でもあったはず。
だから、タレントの起こした事件は、許しがたいものだったのだと思う。
チームを解散する・・・という結論を、どう評価すべきかは分からない。
また、多くの社会的な影響に対して、
今度は、欽ちゃんが責任を負わなくてはならないので、
今後どうなるのかも、分からないけれど。
事件を起こしたタレントは、なぜ、ちゃんと出てきて、
もっときちんとと謝らないのだろう?
「仕事をすべて止めます」で済むことではないのは歴然。
刑事事件としての罪を償えばよい、ということではないはず。
そして、タレントを抱えているプロダクションは、
どうしてもっと納得できる対応がとれないのだろう?
17歳の女の子と遊んだくらい・・・と、
タレント本人も、プロダクションも、軽く考えていたのでは?
欽ちゃんと、球団と、世間の前に出て、
もっともっと、本気で謝らなければ。
今すぐに。
生まれて直ぐに視力を失って(新生児網膜症)、
闇の中で一生を生きなくてはならない赤ちゃんを前にして、
親はどんなふうに精神力を維持していけばいいのだろう。
私だったら、「可愛そう」の想いばかりが先にたち、
視力を失った娘の、
自活力を育てることが出来ただろうか?
夕食をとりながら見ていたズームインスーパーの特集。
光を感じられない小さな女の子が、トライアスロンに挑戦している。
お母さんも一緒に自転車で走り、「こっちよ、こっちよ!」と誘導するけれど、
女の子の自転車は蛇行して、コースをまっすぐ走れない。
でも、スピードを緩めることもせず、女の子の自転車は必死で走り続ける。
暗闇の中で自転車を飛ばす・・・ どんなに怖いことだろう。
女の子も必死だけど、一緒に走るお母さんの胸の中は、
もっともっと必死だったのではないだろうか?
ジャパンパラリンピック水泳競技大会に出場が決定したレースで、
お母さんは思わず涙を流していた。
女の子が、「何ないてるねん」とそんなお母さんをからかう。
私も、つりこまれて、思わず胸が詰まってしまった。
お母さんと女の子二人のがんばりに、
ちょっと心の温まった夜でした。
外は久しぶりの雨音・・・ まだ梅雨の最中でした、忘れてたけど。
中田選手の突然の引退声明で、どこもビックリ仰天の様子。
どんな思いが、中田選手の胸の中を覆っているのか、
理解できるはずもない巷の人間だけど、
あの哲人のような風貌の中田選手の姿を、
もう見れないのかと思うと、とても残念・・・
テレビでは、ああでもないこうでもないと、特集が続いていた。
お昼も、食事をしながら見ていたテレビで、
「引き際」の話をしていて、
いろいろな人たちの「引き際」をリプレイしていた。
長島茂男、千代の富士、本田宗一郎、そしてキャンディーズ・・・
私も、引退して引き際を見事に飾りたいな。
「私は今日、主婦と妻と母を・・・引退して、明日からふつーの女の子になりますー」
言ってみたい!
今日は株主総会集中日とか。
注目の企業の総会が揃って開かれたという。
お昼のNHKのニュースで、そんな総会を取材していた。
株主総会に参加していた人たちのインタビューの中で、
70歳近くに見える女性の人の答えが印象的だった。
その人は、丁寧にゆっくりと、そしてキッパリ毅然と、こんな風に答えてた。
「阪神電鉄を このようにした 経営者たちの顔が見たいです」
その年配の女性の目に、経営者たちの顔はどんな風に見えたのだろう?
きっと、若い頃から、いつも阪神電鉄を利用されていたファンだったのだろうなあ~
「日本は無害」
クロアチアにそんなことを言わせてしまった。
無害・・・だって!
でも、そう言われて、悔しいというよりも、
言われても仕方ない・・・という気持ちになってしまうあの初戦。
針も毒も牙も、な~んにも無くなった「無害」のままで、
ただただ暗~く帰国することの無いように、
選手たちの奮起した試合を、
是非見せて欲しいと、願っています。
誰も、当たり前のように「安心」して乗り降りしていたエレベーター。
どこにもありふれて存在し、日常的に乗り降りしていたエレベーター。
でも、実は、ビルのどこかで、街のどこかで、
大事に至らなかった「事故」が、たくさん起きていた。
自分のマンションのエレベーターは故障が多い・・・
会社のビルのエレベーターは、故障が多い・・・
と、そこだけで起きていたトラブルだと、各々が感じていたことが、
実は、それはみな横に繋がっていたトラブルだったのだ。
小さな「事故」では、繋がりが表に現れなかったけれど、
大きな痛ましい「事故」が起きて、やっと、それが表に発覚した。
誰かが犠牲にならないと、問題が表面に出てこない。
犠牲になった尊い「若い命」は、もう帰ってこないのに・・・
今朝のズームインSUPERで・・・
エレベーターの痛ましい事故のニュースについて、
メインキャスターの羽鳥さん。
「エレベーターメーカーのシンドラー社は・・・・」などと説明をしてました。
そして、
キャスターの辛抱次郎さんを呼ぶときに、
羽鳥さんは、こう呼びかけました。
「シンドラーさん!」
慌てて言い直して、やっと「シンドウさん!」と、スレスレセーフ?
でも、ほんとうは、「シンボウさん」ですよ。
私は、しっかり見てしまった(^^)
6月・・・ 今日から始まったのは、ごぞんじ駐車違反の民間取締り。
江ノ島から来られる生徒さん、教室のドアを開けながら
「今日は駐車している車が少なかったですね~」と。
取締りを実施するのは、特定の地域らしいので、
どこでもここでも、違反のステッカーが貼られてしまうわけではないのに、
やはり、皆、気になってしまうのかな。
不用の車が、非常識に停められている場所も多いので、
そんな車が減るのは、とても有りがたい。
でも、この民間監視による駐車違反検挙で、
仕事を妨げられる人も多いことだろう。
そんな人たちの救済については、これから論議されていくのかな?
出頭しなければ、車の持ち主に反則金が課せられる。
でも、その場合、車の持ち主の点数は減らないという。
これを悪用する人も出てくるだろう?と言われているし、
今日は早速、端末のトラブルが発生したとか。
ニュースでは、監視員にくってかかる市民の様子も映されていた。
街に車が溢れすぎているし、エネルギー危機は、人類を脅かし続けている。
この際です。不用な車は止めて、公共の乗り物を使いましょう。
保育士志望の息子の3年目、最後の1年の実習は、
去年までの幼稚園と違い、色々な保育施設が生徒たちに充てられる。
いよいよ実習の日も間近くなったというときに、
息子の実習先の保育施設で、事件が起きてしまった。
アルバイトで働いている25歳の保育士の青年が
女の子に、抱きついた・・・ という事件。
それは、新聞にも載っていた。
頭をかかえてしまった息子。
今、学校では、今後の対応についての会議中とか。
事件を起こした青年と、同じ年くらいの保育士志望の青年を、
果たして、その施設で受け入れていけるのだろうか?
子供たちの反応は?
子供たちの親は、拒否反応を起こすのでは?
事件を起こした青年は、ほんとうは心の優しい青年だったかもしれない。
性犯罪とは、ほど遠い、ほんの出来心だったかもしれない。
もちろん、もしかしたら、重い犯罪の小さな芽だったのかもしれないけれど。
その青年の、自制の無い行動が、
これから保育士を志そうとしている青年たちの、
力を発揮しようとしている場所を、チャンスを、
奪ってしまうかもしれない・・・
世間の目が、こんな事件から、
青年保育士たちを、色眼鏡で見ないでくれたらいいけれど。
マンションの15階から少年を投げ落とした犯人は、
防犯カメラに映し出された自分の姿をテレビなどで見て、
もう逃げられないと思い、警察に出頭したという。
むごい犯罪を犯した犯人が、
防犯カメラの働きによって逮捕された。
この事件の展開から、街中では、
ますます防犯カメラの設置場所が増えることだろう。
プライバシーの侵害・・なんて言っていられない。
凶悪犯罪が多発する世の中なのだもの。
街角の通りの上から、横から、
お店の前で、お店の中で、お店の外で、
駅で、エレベーターで、ATMで、コンビニで・・・
私たちは、自らの身の安全を、
防犯カメラの冷たい目で、守ってもらわねばならない。
朝も昼も夜も・・・
そんな世の中になってしまった。
なんだか、背筋がゾクゾクしてしまう。
人工呼吸器を外し、患者を死へと導いた医師の問題が、
ニュースで報じられている。
その背景に何があって、
どんな状況で、延命措置を終了させたのか分からないので、
何も言うことは出来ないけれど・・・
自分の身に置き換えてみて、
絶望の死のふちを彷徨っているとき、
医学の力だけで、延命させられていたら、
自分の命を無理やりに繋いでいる「器具」を外して・・・と
ベッドの上で叫んでいることだろう。
でも、その場で叫んでも、もう届かない。
きちんと意志の伝達ができるとき(健康なとき、元気なとき)
「延命措置を施さない」という尊厳死の意思表明を、
しておかなくては、と思う。
夫の両親は、早くから、「延命措置はするな」と
夫たちに言い置いていたという。
夫たちは、その意志に基づいて、
自宅で(義母は病院で)
家族たちが静かに最期を見送った。
延命措置はいっさい無かった。
残される家族たちと、
きちんと、尊厳死に関する意志の疎通がきちんとできれば、
こうした問題がニュースになることは無くなるのに。
いよいよ本格的な高齢社会に突入する。
病院側も、社会も、
そのことを後回しにしないで、
最初に、レールを敷いておかないと、
もっともっとこういった事件が増えてしまうことと思う。
やっぱり、カッコイイ! (単純・・・)
今までの日本チームだったら、
とっくに諦めて、ナヨナヨっと力が抜けて、さっさと敗退。
全員ちょっとうつむいて、成田に帰国してくるところだった、けど。
世界一のチャンピオンチームになれたのは、
他の誰よりも、他の何よりも、
チームをひっぱっていったイチローの牽引力。そのもの!
何から何まで、ほんとうに、カッコよかったです。
疑惑を追及して、世の中の流れを正すために、
与党に立ち向かうべき野党第一党が、こ~んなで、いいわけない。
と、ニュースを見ている人たち、みんな思っていることだろう。
そもそも、詐欺にあったわけだもの。
詐欺の被害を受けた人は、一般的には、悪者ではなくて愚か者。
悪者は、詐欺を働いた人間。
詐欺師を取り調べて、この詐欺の全容を明らかにすることが、
何より先に求められていることなのに。
愚かだった自分を認め、一刻も早く、
真相の追究、事実の公開を、してもらわなくては、
誰も納得しないですよね。
詐欺師A「こんなメール、作ったけどどうかな?」
詐欺師B「うん、面白いね。
拘置所にいる人間に、問い合わせのしようがないから、
ニセモノがすぐにバレることはないしね。」
詐欺師A「それに、金の流れは、多かれ少なかれあったはずだから、
このメールをつきつけられたら、自民党は、
真偽を問い詰められないために、うやむやにしようとするだろうし」
詐欺師B「Nagata議員は、パフォーマンスが好きだし、すぐ飛びつくだろう」
詐欺師A「これで国会が揺れ、新たな金の流れが表に出てくれば、
それを手にしたフリージャーナリストとしての箔が金になるというわけだ」
詐欺師B「よし、やろう!」
ところで、国会議員やテレビの司会者、レポーターなど、
メールの解説をしたり、討論したりしている人たちを見ていると、
ん? メールのこと、分かってない・・・
というのが、バレバレになってる。
国会議員やテレビの仕事している人といえども、
日常的にメールを使っていない人って、多いのだなあ~と、
ヘンなところで、納得したりしています。
また、痛ましい事件・・・
私が子育て真っ最中のころも、
周りではみな、それぞれ、沢山の悩みが溢れていた。
もちろん、私も、何度も胸を痛めながら、育てていった。
うちの子供は、いじめられているのではないか?
みんなの仲間に入れないのではないか?
一人だけ、置いてけぼりになっているのではないか?
あの子とうちの子はは気が合わないみたい?
このままでは、ますます一人ぼっちになってしまう?
お母さん同士でも、私は仲間はずれになっている?
たいていは、思いすごしのことが多いのに、
些細なことで、本気で胸を痛め、本気で悩む。
悩んで、ますます、孤独に追いやられる。
公園から、いつの間にか姿を見せなくなってしまった親子。
幼稚園を、転園してしまった親子。
大きなトラブルに発展してしまったこともあったっけ。
でも・・・・
それらも、やがて、子どもが見違えるように成長して、
それとともに、親の心にゆとりが生まれ、
あの悩みは何だったのだろう?と思えるときがやってくる。
愛くるしい幼児を手にかけよう・・・などという、
痛ましい事件に発展することなど、あり得ない。考えることも出来ない。
それなのに、起きてしまった。
ごく当たり前の子育て中の悩みと、
どこが違ってしまっていたのだろう?
殺人を犯してしまった母親の、心の闇は、
誰にも、開かせることができなかったのだろうか?
それにしても、何も罪の無い幼い二人が、あまりにも可愛そうで・・・
証人喚問の時間は、授業があって、テレビを見ることは出来なかった。
それで、夜のニュースや、今日のワイドショーなどで、
断片的なことだけは、知ることが出来た。
そんな状態なので、私の見る目は、正しくないのかもしれないけれど・・・
あの証人喚問の、おどおどとした小嶋社長の様子を見て、
私は、背筋が寒くなるのを感じた。
彼の後ろにある、黒く大きな、恐ろしい存在を、
どうしても打ち消すことができなくて。
あれほど、饒舌だった小嶋社長が、
ひとつひとつの喚問に、すべて、弁護士の指示を仰ぐ。
「そうです」という肯定の言葉ひとつ、自分からは、話すことができない。
何故?
自分の保身のためだけに?
そうだろうか? 違う気がしてならない。
今、多くの人が、何一つまともに答えなかった小嶋社長に
腹を立てて、非難の言葉を投げているけれど、
それは、その黒い存在の思う壺ではないのだろうか?
全ての責任を、彼と彼の会社に押し付けて、
ほんとうの黒い存在は、やがて、私たちの前から、
すーっと消えてしまう?
彼の手に握られた数珠は、自殺した社長の魂だとか・・・
ほんとうに、自殺したのか、真実は、私たちには分からない・・・?
と!
ミステリー好きの私、
つい、何でもミステリーにしてしまう、悪い癖かな?
だけど、
今、ヒューザーだけを悪者にしてしまったら、
今回のこの、組織的な偽装事件は、何の解決にも届かないのではないだろうか?
真実を知りたいと思います。
今朝、夫がプリントアウトした紙を持って、私のところへ。
そして、
「ニコンがフィルムカメラをやめちゃうんだってさ!」と。
その紙を見せながら、憤慨の声。
夫も私も、学生のときに愛用していたカメラは Nikon F だった。
今もその2台のカメラは、使われること無く、収納庫に眠っている。
初めて一眼レフを買うので、学校の先輩にどんなカメラが良いか尋ねると、
みんな口を揃えて「 Nikon F を買いなさい」と教えてくれた。
Canon や PENTAX は知っていたけれど、実は Nikon という名前は知らなかった。
そのとき初めて知って、そして私には高価すぎる一眼レフを、
池袋の光進堂という、今で言うヨドバシカメラのようなお店で購入したのだったっけ。
(まだ、ヨドバシカメラは無かった時代・・・)
どこへでも連れて行った私の Nikon F
カメラマンにとってはステイタスでもあった35mm一眼レフの Nikon F
映画「マディソン郡の橋」のロバート・キンケイドが、
橋とフランチェスかを撮ろうとして、彼の手に握られていた Nikon F
そして、グリコのおまけ「タイムスリップグリコ」についていた小さな Nikon F
ニコンは今、フィルム一眼レフを8機種出しているそうだけれど、
そのうちの、上位機種と下位機種の、併せて2機種だけを残して、
他は全て生産打ち切りになるそうだ。
また、フィルムコンパクトカメラは、もう作らないという。
世の中の大きな流れはデジタルカメラへ、という現実を受け止めて打ち出した方針。
「フィルムカメラは既に、全体の売上高の2%程度しかない」と、
ニコンの社長は語ったという。
今、大きく、ひとつの時代が終わったことを実感します。
なんだか、ちょっと感傷的になりました・・・
※写真は、前記タイムスリップグリコのおまけと、私のかつての愛機 Nikon F です。

NHKテレビに、インタビューに答えている姉歯元設計士が出ていたのを見た。
昨日の証人喚問で、今まで閉じ込めていた真実を吐露したからか、
今日の顔は、まるで別人のように、サッパリとしていた。
そうして話された内容は、きっと、全て真実なのだと思う。
ずっと、偽装を続けていた間、
なんども、心の葛藤を繰り返し、「止めたい・止められない」の
堂々巡りだったのだと思う。
そして、それらが全て明るみに出された今、
背中にズシンと背負っていた重石が取れて、心が軽くなったのかもしれない。
そんな顔をしていたけれど・・・
でも、見ている方は、とても複雑。
あなたの心が、そんなに軽くなっていいの?と・・・
姉歯元設計士が止めることの出来なかった偽装のために、
どれほどの人たちが、苦しみの中に送り込まれたか。
そして、それら多くのマンションやホテルが、きちんと対策の取られないうちに、
大きな地震が起きたら・・・・
まだ、本当の黒幕は、ウソで塗り固められたまま。
いつになったら、みんなが安心できるようになるのだろう?
明日は、「記憶にございません・・・」の連呼になるのだろうなあ。
午後からはお仕事だけど、午前中は、家事が手につかず、
テレビの前に釘付けになりそう。
他人事とは思えない訳もあり・・・・
また、痛ましい事件が起きてしまった。
塾の講師といえば、
親としては、子供の学習面について、
全面的に信頼して任せてしまう指導者。
そんな塾の先生が、突如として悪魔に変わるなんて、
誰が考えるだろう。
どうしてこんなに、悪夢のような事件が続くのだろう?
以前だったら何年分かの事件が、
ほんの僅かの間に起きてしまった。
今日も、黄昏の時刻、
教室の前の道路を小学生たちが帰っていく。
どこかに、鋭く研がれた爪が、あの子供たちを狙っているような、
そんな不安が襲ってしまうのは、
私だけでは無いと思う。
子供たちが安心して、遊び学べる社会に、
私たち大人が、戻していかなくてはと、切実に思いながら、
そんな小学生のランドセル姿を、教室の窓越しに見送っていた。
私の地元にあるマンションの名前が、何度もニュースで報じられる。
書かないでおこうと思ったけれど、やはり少しだけ。
書かないでおこうと思ったのは、
その事件が、
自分のごく身近に、無関係ではいられない人がいるからだった。
ヒューザーの建てたグランドステージに住んでいる身近な人が・・・
事件が発覚して、次々と嘘で塗り固められた弁明が続き、
また新しい偽装の顔役が出現するという繰り返し。
いったい、誰が一番の大嘘つきなのか、
多くの人たちが見つめ続けている、テレビの前で。
もし、そのマンションに自分が住んでいたら、
もし、そのマンションの隣に自分が住んでいたら。
祈るのはただ、大きな地震が来ませんように・・・とそれだけで。
他にいったいどうしたらいいのだろう?
それにしても、マンションばかりか一戸建ても偽装されて、
建築確認が通ってしまっていたという話や、
偽装された構造設計を、さらに施行の段階で改変され建築されていた、
という話に・・・
日本の建築って、こんなにいい加減だったのだと、驚き、呆れ、
そしてとても恐ろしい。
どこもここも、あっちもこっちも、
実はみな、いい加減に建てられたものだった、かもしれないのだもの。
自分のところは? あなたのところは?
そんな建物に、今、自分が住んでいなくても、
入ることはあるだろうし、通りすがりに立ち寄ることもあるだろう。
その下を歩くかもしれないし、
なによりこれから、大切な家族が、その建物に住むことになるかもしれない。
地震列島日本。
公も民も、
あんなに、「耐震」に力を入れていたのでは無かったの?
あれは、全部嘘、全部インチキだったとは・・・
いろいろな悪や沢山の膿が出てきたけれど、その中で、
私が一番怒りを感じるのは、
何のための「確認申請」という手続きだったのか、という部分。
どの嘘も、どのインチキも、そこさえ本物であったなら、
みんな通らなかったはず・・・と。
何より、「確認申請」が一番の大嘘・インチキだったなんて。
ずっと腹立ちを抑えられない。
これだけ騒がれ報道されているのに、
でも、やっぱり騙される人が後を断たない。
電話での振り込め詐欺。
さっきもテレビのニュースで報道されて、
見ていた夫が「何で騙されるのか? もう同情できんなあ」とブツブツ言ってた。
感染症の検査をしたいから、
携帯電話のカメラで自分の胸などの写真を撮って送るように、
と言われて、ほんとうに自分の身体を撮って送った女性がいるという。
どうして? どうして騙されるの?と、
さすがに私もブツブツ・・・
みんな、もう騙されないでね。
朝のテレビで、
あるスーパーマーケットが、中国から輸入したサトイモを
国産品と偽って、販売を続けていたことを特集していた。
それは内部告発で判明し、偽装は10年も前から続いていたという。
中国から輸入されるサトイモは、細菌を持ち込まないために、
土を落としてあるそうだ。
それを、国産品のサトイモのように、土をまぶしつけて偽装。
私たち消費者は、すっかりだまされてしまうというわけだった。
医療関係の仕事をしている夫の身内から、
もう10年以上も前から、ずっと言われ続けていたことがある。
「中国野菜や食品は農薬漬けだから、ゼッタイに買うな!」
初めてその話を聞いたときは、その身内の、中国に対する悪感情から、
そんな風に言うのだと思って半分信じていなかった。
でも、やがて、中国から輸入された野菜の農薬問題。
量を増やすために鉛を入れたり、というような悪質な手法。
そんな驚きの報道で、すっかり信用が出来なくなって、
今は、中国産の表示になっていると、ゼッタイに買わない。
中国の全てを否定するわけではないし、
中国の国民性を非難するつもりは無いけれど、
でも、こと、食物に関しては、全く信用できないと思う。
そんな風に思う消費者は多いはずで、だから中国産と表示すれば、
国産品の値段からずっと安くしなくては売れないのだ。
実際、コストも安く輸入しているわけだし。
でも、そのために、今度は、販売側が国産と偽装して販売。
これでは、私たちは何を信じて、買い物をすればいいの?
夕方、スーパーの野菜売り場を歩きながら、
これはほんとうに「新潟産」? などと、ひとり呟いておりました。

藤沢駅前の丸井です。
新聞に、この丸井が撤退すると出ていた。
そうなんだ。
1階フロアはGAPが入っているので、それなりに賑やか。
2階フロアは、駅からの通路代わりになっているし、
ファッション小物や、アクセサリ、バックなど、ここもそれなりに賑やか。
でも、3階以上のフロアは、たまにしか行かないけれど、
いつも閑散としていたっけ。
これといって、惹き付けるものが無いので、
わざわざ出かけることはほとんど無い。
そんなお店の姿勢は、やはり消費者には正直に反映してしまう。
撤退もやむを得ないのかもしれない、けれど・・・
駅の反対側の南口に、以前、西武デパートがあった。
私が引っ越してきたときは、志澤というローカルなデパートで、
そこに西武デパートが入ってきたときは、
少しお洒落になったり、1階入り口に無印良品ができて、
雰囲気もとても良くなった。
何しろ、駅の正面。出たときの雰囲気ってとても大事。
でも、やがて西武デパートは撤退。
その後、安っぽい駐車場が出来て、そのあと、
今は、下駄履きマンションが建てられた。
1階は、お洒落なカフェなどを期待していたけど、
フロア全部がドラッグストアになって、がっかりだったっけ。
駅のまん前という場所は、その駅のイメージに大きく影響するから・・・
さて、丸井が撤退したら、
あとは何が入るのだろう?
あるいは、全部壊して、作り変えられるのだろうか?
イメージアップできるような、
お洒落な雰囲気のお店やカフェが出来るといいなあ~
きっと、その期待は裏切られると思うけれど・・・
野球には、ほとんど興味を持っていないのに、
気になって、関連したブログなどを読み漁ってしまった。
楽天イーグルスの田尾監督解任の話です。
「結果が悪かったからって、1年で解約なんてひどすぎる、
田尾監督、ご苦労様でした・・・」圧倒的に、こんな内容のブログが多くて、
もちろん私もそう思うけれど・・・また別の視点で。
チームの予想以上の不振は、監督の責任であるとするなら、、
たとえ契約が3年であっても、1年で切ってしまうのがプロ。
歯軋りしながら、がんばった田尾監督も、
成績が出なかったのだから、悔し涙で去るしかないのだと思う。
でも・・・
1年前、ライブドアが仙台に野球チームを作る!と声を上げて、
なんだか新しい野球が生まれるかも?と思ったとたん、足を掬われて、
楽天が逆転勝利。しかもその仙台の地に新チームを結成した。
地元の人たちの声は、圧倒的に「ライブドアのチームの方が良かった」だった。
一旦は、イメージが落ちた新チーム発足も、爽やかな田尾監督の出現で、
やっと楽天イーグルスというチームが、地元仙台の人たちに受け入れられ、
スタートしたのではなかったか?
何しろ、ゼロからの出発。
選手の粒は、どうやら惨憺たる状態だったそう(よく知らないのですが)
そんなチームが、一年や二年で、良い成績を残せるなんて、
地元の人たちは誰も思ってもいなかった。
それよりも、一年一年、強くなって、楽天イーグルスが大きく育っていくことに、
他では得られない「夢」を描いていたのではないだろうか?
一緒に羽ばたいて、やがて空に輝くようなイーグルになるように、
一生懸命応援していこうと、この春のリーグ戦開幕を迎えたのでは?
それは、イーグルスの新監督が、
若獅子のような爽やかな田尾監督だったからこそ、膨らもうとしていた夢だったのでは?
もし当初から、監督が野村監督のような、老成監督だったら、
そこまで地元の人たちの人気を集められたのだろうか?
オーナーの計算通りにチームを作ろうとしても、こんなやりかたをしていては、
果たして、ファンはついていくのだろうか?
こんなことで、人々の期待や夢を簡単に切り捨てられる。
野球はだから、どうしても好きにはなれない私。
弱小チームが一丸になって何時の日か栄光を手にする・・・なんて、
映画の中だけの話なんだなあ~
22万人・・・大きな数字を残して、今日閉会する地球博。
結局、一度も行かなかいまま終わってしまった。
ほんとうは、一度くらい見てみたかったけれど、
チャンスの無いままに・・・
我が家は誰一人、その22万人の中には入らないで終わってしまいました。
100回以上も通ったというヘビーなリピータも多かったという。
リピーターたちの多くは、最初は人気パビリオンに並んだけれど、
やがて、世界各地から参加した各国のパビリオンで、
ここでしか体験できないような、外国に触れるのが楽しかったという。
環境問題、ゴミ問題、いろいろなテーマが提案されて、
会場に来た人たちに、地球への愛を考えさせてくれたのかな?
「30年後、あのときは人ばっかりだった、って言えるから」と笑っていた青年。
その30年後、地球はどうなっているのだろう?
カトリーナもリタも、地球温暖化がもたらした異常気象の一環とか?
世界中に水害が起こっていて、海水温度も上昇が止まらない。
どう考えても、30年後は、今よりもっと地球が悲鳴を上げている気がする。
今日閉会する地球博が、行った人にも行かない人にも、
地球の悲鳴に耳を傾ける心を広げていったとしたら、
有意義な博覧会だった...と思うけれど、
どうだったのだろうか?
きっと、多くの人が「う~ん」とため息をついたのではと・・・
日本の人口の5人に1人が65歳以上だそうだ。
高齢化していることは分かっていても、あらためて数字を見せられると、
やっぱり、どこかため息が出るような・・・
私たちの世代が(言わずもがなの団塊世代です)65歳になったときは、
何分の1になるのだろう・・・・?
ちょっと恐ろしい気持ち。
さて、でも、現代社会では、65歳以上をお年寄りと言ってはいけない。
お年寄りって、いったい何歳から上を言えばよいだろう?
私の中では、80歳以上だろうか?
いえ、80歳だって、とてもお年寄りの仲間には入らないくらいの、
心身ともに若い人だって沢山いるから。
きっと、年齢ではないのね。
40歳でも50歳でも、既にお年寄りになってしまっている人がいるもの。
いえ、もっと若くても、巷には既に老け込んでしまった若者が沢山いる。
それにひきかえ、今の高齢者の方たちの若くて活き活きしていること。
テレビでは、65歳以上で作るソフトボールチームの話題を取り上げていた。
みんな、ほんとうに楽しそう。おそろいのユニホームがとってもステキだった。
大丈夫! 私たちが65歳以上になって、世の中に高齢者が溢れても、
みんな元気で活き活きしているから、
もしかしたら、世の中がもっともっと元気になって活性化してるかも・・・?
と、思いたい!
台風には馴れっこの日本。
今年は少し少なめの気がするけれど、去年は何個やってきただろう。
早くから天気予報が台風の進路を予測して、注意を呼びかける。
たまそれは、「騒ぎすぎの空振り」に終わることもあるけれど・・・
水害、土砂崩れ、浸水、風害、、、と、
日本でも、台風のたびに被害は受けるけど、
それでも、台風被害のイメージ、なんとなくは出来ていた。
でも!
カトリーナは、そんな私たちの作られたイメージを、
頭からガンと一発。完全に崩し去ってしまった。
もちろん、地球的にはありえないのかもしれないけれど、
もし日本に、あの規模の台風が来たら・・・と思うと、
鳥肌がたつほど、恐ろしい。
被害はまだ広がり、二次災害も起きるだろうし、
災害を受けた人たちの今後のことも何も見えない。
他国のこととしては、とても考えられない、カトリーナ災害のニュースです。
これが普通のおじさんで、
「自分の意見を聞かない奴は、もう仲間にいれてやんない!」
「オレは、オレについてくる奴とだけ、仲間になる!」
って叫んだら、みんなそっぽを向いてシラーっとしてしまうだろうなあ。
あ、別に普通のおじさんじゃない特別なおじさんを、
単純に非難しているわけでは...
これからどうなるのだろう?と、とても興味深く感じています。
いつだったか、とあるBBSで選挙ネタ(投票や棄権についての)が続きました。
そのときの選挙で、
私は、どの党の名前を書いてよいか、ずっとずっと悩み続け、
投票用紙の前に立っても、まだ悩み、結局結論が出ずに白紙で出しました。
そのことを、そのBBSで書いたら、即、反論が続きました。
「白紙=棄権と同じ。まったく意味の無い行為。
白票に意味を持たせるなんてナンセンス」
「誰に入れるか、投票する人がいないときは、
だれでもいいから野党の名前を書くべきだ。
それが、今の世の中を変え、良くするのだから」
複数の人から、次々とこんな風に反論され、
私は、ショックを受けながら、「今後は白紙にしないように考える・・・」とレスしました。
衆議院議員の投票日は9月に決まりました。
今度は、ちゃんと名前や党の名前を書けるだろうか?
「誰でもいいから野党の名前・・・」は書くつもりは無い。
この人なら、この党なら、、、と納得しない限りは、「誰でもどこでも・・」は出来ない私。
もし、誰のことも選べず、どこの党も選べなかったら、そのときは、
やはり白票になるのかもしれない。
無意味と言われても、愚かな行為と言われても、書けないものは書けないから。
個人情報の保護の名の元に、
官庁や自治体が、こそこそと隠し事を増やしているような気配。
ほんとうに知らなければならないことまで、闇の中へと閉じ込められて、
きっと、目を凝らしても見えなくなる一市民。
考えれば、怖ろしい。
クローンの犬が生まれたという。
羊や牛、馬、猫、とくれば、今度は犬。
そしてやがて、作られるクローンは・・・・何?
考えれば、ほんとうに怖ろしい。
「アスベストの全面禁止をもっと早くすべきだった」と、
厚労相が、今頃になって遅れを認めたという。
とっくに全面禁止になっていると思ってた。
いつもいつも、こうしたことを繰り返す日本の厚生省(厚生労働省)
きっとまだ、何かあるにちがいない、という気がして、
考えれば、とても怖ろしい。
今日は猛暑だったというのに、
新聞では、その暑さを倍加させるような記事ばかり。
ちょっと気分を変えなくちゃ!
スターウォーズとはあまりに違うけれど、
でも、想像も届かないような宇宙空間で行われている数々のシーン。
無事に地球へ還ってきたら、「おめでと~」って乾杯しなくちゃ”!
おれおれ詐欺(振り込め詐欺)も、リフォーム詐欺も、
お年寄りを狙っているところは、まったく同じ穴の狢。
ただひたすら、腹立ちを抑えきれない。
教室の生徒さん、少し高齢の方が以前言われていたっけ。
「屋根を直しませんか? 壁を塗り替えませんか?
シロアリの点検駆除をしませんか? 石塀にヒビが入っていて危険ですよ...
等々と、玄関にずかずかと入ってくることは年中で、
若い青年だからと、つい話を聞いてしまうと、長居をされて
断るのに一苦労するんですよ」
その方は年下の私なんかよりも、ずっとしっかりされているので、
幸い被害に遭ったことは無いそうだけれど、なんと危険な世の中だろう。
ちょっと人の良い、気の弱い方だったら、
きっとひとたまりも無いことだろう。
そんな風に、お年寄りを手玉にとって、荒稼ぎをしている詐欺師たち。
その人たちにも、父や母はいるだろうと思うのに。
きっと、遠くはなれた故郷で、息子は当たり前の仕事をして、
当たり前の家庭を作り、暮らしていることと信じているだろうに。
そんな自分の親たちの顔、少しも浮かばないのだろうか?
騙している相手のお年寄りと、自分の父や母の姿が、
重なって見えることは無いのだろうか?
所詮、それらの詐欺師たちに、親を思う心なんか、
とっくに擦り切れてしまっているのだろうけれど...
若々しい70代の方を沢山知っています。
教室にもそんな生徒さんが沢山いられるから。
それでも、「若いなあ~」とつい口から出てしまった。
ヨットのキャビンを颯爽と出入りする斉藤さんに
思わず家事の手を止めて、目を惹かれた朝のテレビの前。
航海のインタビューに答える斉藤さんは、ひょうひょうとまるでマイペース。
どこにも無理な力の入らない、自分流。
そんな斉藤さんが、ちょっと力を入れて答えたことは・・・
質問「今の若者に言いたいことがありますか?」
斉藤さん「ニッポン国のニッポン人になって欲しいね!
今は、誰もが、にほん国のにほん人だ。
若者に、勇気と冒険心を持って欲しい!
何故若者たちはみんな、にほん人になっちゃんたんだよ?」
私はそれを聞いて、心の中で答えた。
「それは、若者が悪いのじゃなくて、多分みんな大人のせい・・・」と。
若者たちが、夢も持たず、勇気も冒険心も失ってしまったのは、
きっと、その若者たちを引っ張ってきたはずの大人たちが、
子ども達に、夢も冒険も持たせず、勇気を与えてこなかったから。
今、日本は「お子さま文化」が蔓延してしまっている。
何から何まで、子ども(若者)に迎合している。
女性は、「可愛い」ことが一番大切で、
テレビもメディアも娯楽も、みな、
子ども(若者)を喜ばせることしか考えていないみたい。
「お子さま文化」に染まった国だから、そこに
苦や汗の必要な冒険や、勇気など、遠い「童話の世界」になってしまった。
それらは誰の責任?
きっと、戦後の大人たち。そして私たち。そして、今の中年たち。
みんなのせい。
「お子さま文化」のはびこる国・・・は、もうそろそろお終いにして欲しい。
無理ですか?
国会ではなにやら、クールビズとか?
エアコンの設定温度を上げるために、ノーネクタイ・ノー上着?
テレビのニュースでは、
ご本人自身がなんとも落ち着かない雰囲気の議員さんたち。
それを見る私たちも、なんだかな~と思ってしまいませんか?
日本人は、まだまだお洒落のセンスが育っていない。
ネクタイと背広の上下に身を包めば、とりあえずビジネスマンの出来上がり。
どこからみても、それなりに一応合格。
仕事の場では、そんな合格姿のダンディ(?)たちも、
家に帰って私服に着替えれば、たちまちに冴えないおじさんに戻っていく。
お休みの日の、遊び姿のおじさんたちの中に、
素敵にお洒落を楽しんでいる人なんて、滅多に見かけない。
そんな日本人だもの。
クールビズも、単に、ネクタイを外して上着を脱いだだけ。
それでは、締まらない・・・ だらしがない・・・と見えてしまっても、
仕方がないのかなあと思う。
まずは、お洒落の勉強をしなくちゃね。
今は誰を見ても、なんとなく、目をそらしたくなるクールビズ。
ネクタイや背広を脱いだら、ハッとするほど魅力的な男性ね! なんて、
思わせてくれるように、がんばって欲しいな。
インターネットの新聞記事に
「ペットと暮らす中高年」というタイトルを見つけた。内容はこんな。
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癒されたい中高年が増えているのかな?
犬や猫を飼うシルバー層が増えている。
内閣府の調査によると、50代のほぼ半数、60代も3人に1人がペットと暮らす。
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ドッグランや、犬の集まる公園では、圧倒的に30~40代の飼い主が多いけれど、
実際には中高年がこんなにペットと暮らしているという。
私ももちろん、その一人。
癒されたいからと飼った犬ではなかったけれど、
(止むに止まれぬ事情が起きて飼うことになった・・・のだったけど)
飼ってみて改めて、ペットがどんなに人の心を癒す存在であるのか、
強く知る思いだった。
何故、人はその心の癒しを、ペットに求めるのだろう?
何故、口もきけない動物に、人はそんなにも癒されるのだろう?
いったい、あのペットたちの何が、何処が、人の心を和らげてくれるのだろう?
答えはきっと、いくつもあるのだと思う。
それぞれに、求めるものが違う、得るものが違うから。
ただ言えることは、昔むかし、日々の暮らしの中で、
ごく当たり前に得られていた心を休める場所が、
今の世の中では、必死で探さなくては得られなくなってしまったということ。
疲れた人々の疲れた心を、小さな瞳が一生懸命癒してくれている。
これからもますます、中高年はペットを必要としていくことだろう。
ところで、うちのさくらは、順調に回復しているようです。
良かった...
個人情報を守るために、
世の中は、なんだか味気なくなってしまうみたい。
幼稚園や小学校、中学校にある緊急連絡網や、クラスの住所録の扱いが、
今、すっかり変わろうとしている。。
緊急連絡は、学校側が父兄へメールの一斉配信で済ませていくという。
なので、クラスごとに配られていた緊急電話連絡網はもう不要になってしまう。
学習塾や教材斡旋の業者に、その連絡網が流されて、
毎日のようにかかってきていた勧誘電話。
これからは、少しは減るのだろうか?
クラスの住所録は、個人情報を守るために、
配布されないところも増えてきたという。
年賀状を書く子ども達は、
「ね、あなたに年賀状を書くから、住所を教えて」と、
友人に質問しなくてはならなくなった。
昔、うんと大昔・・・クラスの住所録を見て、初恋の男の子の家を、
友達と一緒に、こっそり探しに行ったことがあったっけ。都電に乗って。
結局見つけられなかったのだけど。
その初恋の彼は、今頃どうしているのかなあ? (と、ちょっと余談)
小学校に入ったばかりの我が子に、
近所の友達はいるかな?と、配布された住所録を上から下まで眺めては、
友達になれそうな子どもを探した親心・・・
そんなことも無くなってしまう。
どれもこれも、仕方ないことなのだと思う。
だけど、なんだか・・・ 味気ない世の中になってしまうなあ。