日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています
昨日の土曜日のこと。
(一日ずつ、更新がずれてる・・・)
一日中、江の島で「必勝就活講座」のお手伝いをしてた。
午前は「親子で戦う就活」、午後は「再就職のための就活」で、
講師は、実際に企業で人事を担当した後、各種の就職活動に携わり、
就活講座などの講師を務めている男性。
私は、会場係、パソコンとプロジェクターの世話、写真撮影、などの裏の仕事。
その日の講座はぶっつけ本番だったので、
手順も何も聞いてなかったから、最後までバタバタ状態。
でも、講師のお話もちゃんと聞いて、それはなかなか面白い講座でした。
何しろ今、就職戦線が大変なことになっているのは、周知のこと。
この時期だからこそ、
就職戦線のプロが、裏側(採用側)から見える就職試験の本音など、
興味いっぱいの内容。
もっと早くに聞いていたら、
就活に一番苦労していた次女に、アドバイスしてあげられたのに、と
残念な気持ちになったり。
さてそんな話の中のひとつです。
---講師の話---
(受講生に向かって)みなさんは、「責任」という言葉の意味を尋ねられたら、
なんと答えますか?
・・・しばし間・・・ニタリと笑う講師。
学生がエントリーシートに書いてくる自己アピールの中で、
一番多いのが「私は責任感があります」「私は責任を持って仕事ができます」
という「責任」という文字。
さて、生徒との面接のとき、エントリーシートを見ながら私はこう質問します。
「あなたの考える『責任』という言葉の意味は何ですか?」
すると、100%に近い生徒が、言葉に詰まるんです。「うっ!」となる。
答えられないんですね。
なぜでしょう?
つまり、言葉を言葉としてしか身につけていない。
ひとつひとつの言葉の意味するところを、深く考えて使っていないんです。
私ならこう答えます。
「責任とは、言い訳ができない事、です」
・・・またニタリとほくそ笑む講師。
----
無意識に、分かっているつもりで使っている言葉。
でも、自分はほんとうにその言葉の意味をわかって使っている?
誰かに説明しなくてはならなくなったとき、
ちゃんと説明できるかな?
う~ん まったく自信ありません。
これから就職試験を受ける人に、ぜひアドバイスをしてくださいね。
「責任感が強いです」とエントリーシートに書いたなら、
「責任」ってなんなのか? しっかり考えてから面接に臨むこと、って。
「アラフォー」という言葉が去年の流行語になっていたのを、
知っている人は多いと思うけれど・・・
※【アラフォー】アラウンド・フォーティー(Around Fourty = 40歳前後)
だけど・・・ 今度は「アラカン」だって!
それって、私もそのアラカンじゃない?
アラウンド・カン○○
なんか、いやです~ 流行らせないでください。
しかし、アラカンと言えば、嵐寛壽郎しか思い浮かばない・・・
(って、思い浮かぶところが既に相当?)
ちょっとだけ前のテレビで、このサイトのことを知りました。
http://www2k.biglobe.ne.jp/~onda/
「自由に使える読書感想文」というサイトです。
小中学生向けに、
読書感想文のフリー素材を提供しているサイトと言えばよいのかな。
「走れメロス」「こころ」「坊ちゃん」「羅生門」などなど
誰でもどれかひとつは、宿題で感想文を書いたことがある小説。
それを、「原稿用紙3枚 お勉強の出来る小学5年生~中学生向け」
あるいは「原稿用紙5枚 高校生向け」などとして、
その感想文をアップしてあり、「パクリ・コピペOK」と紹介してある。
テレビでは、この「コピペ」についてを特集。
インターネットから、「コピペ」でレポートを提出する学生が激増。
かたや、提出されたレポートが、コピペしたものかどうかを、
インターネットに置かれているテキストから照合させるソフトも作られ、
イタチゴッコになりつつあるみたい。
さてその読書感想文だけど。
私は、作文を書くことは大好きで、
授業中、誰より早く書き終わって、
教壇の机の上に「ポン」と1番に載せるのが嬉しかった・・・けど、
読書感想文は、ほんとにほんとに、大嫌いだった。
もし、このサイトがあったなら、
きっと、「コピペ」してから、
適当に、自分らしく書き換えて宿題提出したかもしれない。
(とはいうものの、このサイトの感想文は、あまり良い文じゃなかったけど)
「読書感想文」は、強制的に書かせるものではない、のです。
小説は、「感想文を書くから読まねばならない」となると、
めちゃくちゃ面白くなくなるのです。
悪くすると、小説嫌いになります。私がそうだった・・・
だから、こういったサイトの文章を「コピペ」する生徒を非難する前に、
「読書感想文」を夏休みの宿題にするのはやめてください。
「夏休みの課題 読書感想文 3冊」なんて、断固反対!
先週末のお話を・・・
私の、ほんとうに数少ない貴重な友人たちと、
日常生活からエスケープした3日間。
いつもは4人。今回は都合で3人。
ということで、パワーは3/4になって、賑わいも3/4(?)
空いたビールの缶も3/4だった(??)けど。
東海地方はずっと降り続く大雨。生憎の天気だったけど、
そんなことは、案外関係ないのかもです。
目的は、みんなの笑顔と楽しいお喋りの時間だから。
オリンピックも開催されているせいで、
話題はそんなところから、
いつものように、身の回りのことに続いて、
あれこれあれこれ。
もちろん、食べながら、もちろん、飲みながら。
で、深夜ともなると、
にわかに芸能分野に広がっていくのでした。
古い映画の話から、最近のテレビドラマの話まで。
しかし・・・
途端に、話が詰まることが激増するのです。
そう! 名前が出てこない・・・
ほんとうに、呆れる。
もう、3人が3人とも、新しい話題を出すたびに、
「えーっと、ほら、あれ、あの人・・・なんていったっけ?」
もう、いや!と思うくらい、軒並みストップ。
そのうち、誰かが思い出すと、拍手が出るほど。
嬉しいのです。名前が出ると。
すぐ出る勝率は、3割。やがてなんとか絞り出る勝率は、4割。
あとの3割は、諦め・・・・
インターネットに繋がるノートPCでもあれば・・・と
どんなに悔しく思ったことでしょう。
あと1人が来ていれば、勝率は少し上がっていたかも。
脳細胞のどの辺が、ダメになってるのかな?
最近富に、こんな状況がどんどん増えていることが、
なんとも淋しい夏休みでありました。
(こんなこと書いて、友達に怒られそう・・・ごめん)
久々の美容院ネタです。
アシスタントの人からは、いろいろ声をかけられる。
「きつくないですか?」(ケープの首のところ)
「お湯加減はいかがですか?」(シャンプーのとき)
「痒いところはありませんか?」
「本をお持ちしましょうか?」
たいていは、「はい」「いいえ」か「大丈夫です」の返事で済む。
今日のアシスタントは、きれいな声が耳に心地よい女性だった。
顔を布で覆われて、シャンプー台に寝ているとき、
彼女が私にこう尋ねた。
「今日は、トリートメントの方よろしいでしょうか?」
ん?! 返事に詰まった私です。
だって、何を尋ねられたか分からなかった・・・
『今日はトリートメントをやってもよろしいでしょうか?』
『今日はトリートメントはやらなくてもよろしいでしょうか?』
どっちなんだ?????
「はい」って返事したら、どっちになるの?
「よろしいです」って返事したら、どっちになるの?
一瞬ののち、私は答えました。
「お願いします」
う~ん、最近の言葉って・・・ 難しい。
シフトの関係で、ちっとも連休にならないとぼやく息子と、
「昔は休みは日曜日しかなかったので、連休にならなかったのよ」
という話をしてて・・・
私「でも、土曜日は半ドンだったから」
息子「?」 「なに、その半ドンって?」
そっか!
今の若者たちには、半ドンは死語だ・・・
道を急いでいると、向こうから自転車が。
歩道が細く、私は傍らによけて、自転車が通り過ぎるのを待っていたら、
私の横を通り過ぎるとき、
その自転車に乗っていた中年の女性が言いました。
「ありがとうございます」
それも、しっかりと私の目を見て、ちょっと笑顔で。
無言で軽く会釈する人や、
「すみません~」と言って通り過ぎる人は多いけど、
フルバージョンの「ありがとうございます」に出会うことって、
ほとんど無い。
中高年の男性に至っては、挨拶すらせずに、
当たり前のように黙々と通り抜けていく人の多いこと。
ほんとです! もう論外!
だから、とっても新鮮で、爽やかだった。
日本語の中でも、とりわけ美しい言葉の筆頭が、
この「ありがとうございます」だということ、
つい最近、どこかで読んだばかり。
それなのに、滅多に聞かなくなった・・・と。
「ありがとう」の省略形じゃなくて、
「ありがとうございます」が美しいのだと書いてあった。
今日はそれを、ほんとうだなあ、と実感した。
私も、心して口に出そう。
「ありがとうございます」と、フルバージョンで。
「メタボリック症候群」「スイーツ」「デパ地下」「いけ面」
「ニート」「ブログ」「顔文字」「うざい」「ラブラブ」
今日発売された新広辞苑。
10年ぶりで全面改訂されて、新たに掲載された語句たちでした。
遥か昔、結婚したときに、
夫婦共通の知人から、結婚祝いに広辞苑を頂きました。
娘たちが小学生の頃、学校の宿題で、
その広辞苑をひいて調べたことが、何度もありました。
やがて、その広辞苑は、書棚の一番隅に置かれ、
今では開かれることもほとんど無いまま、静かに変色しています。
今、分からない語句は、インターネットで検索すれば、
すぐに教えてもらえます。
手に余る、重たい広辞苑を、
老眼鏡をかけながらパラパラと探すことって、
きっと、もう無いことでしょう。
広辞苑を結婚祝いに下さった方は、
今は大学の教授をされています。
その方は、今でも広辞苑を愛読されているかもしれない。
ちょっと懐かしい「広辞苑」でありました。
最近の流行り言葉の中で、ああいやだなあ~と思う言葉がある。
「空気が読めない」「空気を読め」
私のように、いやな気持ちになる人は、
きっとほどんと居ないことだろう。
みな、わが意を得たりの感覚で使っていると思う。
便利な言葉の誕生。 私だけ、きっとへそ曲がり・・・
「あいつは空気が読めないヤツ」
「もっと空気を読めよ」
「あの人って、空気が読めないんだよね~」
周りの状況を把握できない。
みんなの気持ちや、その場の雰囲気を感じ取れない。
言葉に出さなくても分かる色合いの微妙さに気が付かない。
結局は、「鈍感なヤツ」「わかってないヤツ」「気のきかないヤツ」
というタイプの人間を、ある種の非難をこめて言う言葉。
やだな~ そういうの。
分かることが良いことで、分からないことが悪いこと、
では無いはずなのに。
いいじゃない、
そんな人って、居てくれるだけでほんわりすることが多いものよ。
分かってる顔してる人こそ、胡散臭いときがあるじゃない?
「空気が読めない」 って言葉遣い、なんだかとても嫌いです。
さらさらストレート と ふんわりウェーブ の
違いは分かる気がするけれど。
しっとりヘア と さらさらヘア の違いは?
しなやかウェーブ と ふんわりウェーブ はどう?
きっちりウェーブ と しっかりウェーブ は?
さらさらふんわり、、というのもあって、
しっとりさらさら、、というのもあったっけ?
シャンプー&リンス のボディや、
ヘアムースのボディに、そんなキャッチコピーが書いてあるのだけど、
その違いって、みんなちゃんと分かるのかな?
私の望むのは、
さらさらでふんわりしててしっとりしてるのがいいのだけれど、
というときは、どうしたらいいのでしょう?
なんて、いつもドラッグストアで手に取りながら、
どれにしようか迷うのです。
ところで、デジカメにも、こんなのが・・・
「すっきりカラー」 「くっきりカラー」
とあるデジカメに付いている撮影モードだそうだけど、
いったいどう違うの?
まったく、わかりません・・・・?????
日本語の表現って、ほんとに難しい。
夕方のスーパーマーケット。
食材を買ってレジを出て、袋に詰め替えようとしていたら、
私のすぐ横で、4歳くらいの男の子がダダをこねていた。
お母さん(でも、そんなに若くなくて、30代半ばくらいかな?)が、
男の子の腕を抑えながら、
「そっちはダメなのよ! 何度行ったらわかるの!」
と怒っていた。
それでも、男の子は、自分の行きたい場所があるらしく、
お母さんの腕をふりほどく。
そこで、かのお母さんの叱責が飛ぶ・・・のだけど、
なんだかとーっても久しぶりに聞いた叱りの言葉で、
おもわず、「わ~懐かしい」と聞き耳を立ててしまったのです。
「そんなに言うこと聞かないと、お巡りさんのところに連れて行くからね!」
そのお母さん、
「お巡りさんのところに連れて行く!」と何度も何度も、
男の子に叫んでた。
その昔は、よく聞いた言葉だったけど、
もう長いこと、聞いたことなかったなあ~
今じゃ、小さな子どもをお巡りさんのところに連れて行ったって、
ニッコリ笑顔で、「ぼうや、お母さんの言うこと聞くんだよ~」なんて
ぼうやの頭をやさしく撫でてくれる、、、と思う。
お巡りさんは、小さな子どもたちのお友達だもの。
こんな風に叱られても、「怖い」と思う子どもって、
いなのじゃないかな、と、ひき肉やお豆腐を袋に詰めながら思ってた。
かの親子、ワイワイ言いながら、
そのうち、エスカレーターに乗って行ってしまいました。
ちょっとクラシックな親子でした。
今日の朝刊の読書投稿欄。
68歳の女性からの投稿です。
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2人の孫とお風呂に入ったときのこと、
小学2年生の男の子から、
「何で、おばあちゃんのおっぱい、倒れてるの?」と聞かれた。
「つっかい棒がなくなったのさ。お母さんのおっぱい倒れてる?」
「倒れてないよ」と答える孫の前で、
私は笑いが止まらなくなった。
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そっか、子どもの目からは、
おばあちゃんのおっぱいって、倒れてるように見えるのだ。
おかあさんのおっぱいは、ちゃんと立ってるけど、
そう、確かに、やがて倒れちゃうかもしれない。
一応、私は、まだ倒れていないケド・・・
朝から・・・ちょっと、おせっかい(^^)
TBSの今日早朝の番組。女性のアナウンサーさ~ん。
言葉の使い方が間違っていましたよ~
台風の今後の予想などを話した最後に・・・
「まだまだ ご注意してください」
え? 話すのがプロのアナウンサーなのに?
それを言うなら、
「まだまだ ご注意ください」
又は 「まだまだ 注意してください」
ですよね。
もひとつ、え?
参院選が終わった最初の週末。
どの局も、ニュースワイド番組は、当選した議員さんたちが顔を並べる。
そんな中、民主党のニューフェイス女性議員を並べた某番組で、
とある選挙区から当選したその女性議員が、
とんでもない失言。
選挙はお金がかかる・・・ということから、
「法定選挙費用でまかなえましたか?」の質問に
(しかし、この質問もかなり誘導尋問?)
「ちょっと足りませんでした」と答えてしまった。
法定選挙費用とは、選挙費用が膨大にならないように、
最高額の枠を決めてあるもので、
それをオーバーして選挙活動をすると、
責任者に罰則がかけられたり、候補者の当選も無効になるのだそうです。
女性議員さん~ だいじょうぶですか~?
教室で一番年上の生徒さん、
このエッセイでも、何度か話題として使わせていただいた、
人生の大先輩の女性です。
久しぶりに授業に顔を見せていただいた今日のこと。
覚えたいけれどすぐに忘れてしまうから、と、
沢山の名称を、ひとつひとつ私に尋ねながら、
それらを紙にメモされていた。
お隣の席の生徒さん、それを見て感心して言われた。
「ほんとうにお偉い。
私なんて、忘れたら忘れたでいい、と
はなから覚える気がないんですから」
私も賛同「そうですよね。私も、
名前なんてすぐに忘れちゃうの分かってるけれど、
メモしてまで覚えようとしていないです」
すると、その華奢な身体の大先輩は、ニコニコしながら言われました。
「あきらめない!
私の大事な言葉は、『あきらめない!』
だから、何でもかんでも、あきらめない!」
わ~ 負けた!
ほんとうに、まさにその生徒さんの生き方は、
『あきらめない』の一語に尽きる気がして、
思わず、隣の生徒さんと一緒に唸ってしまったのでした。
人生、簡単にあきらめていたら、
何ひとつ、自分のものになりません。
『あきらめない!』
見習わなくちゃ!
ゴールデンウィークだもの。
一日ぐらい、食事の支度、サボりたい・・・
夫にそれとなく、「今夜は外食にしない?」と言ったら、
「連休だから、どこにいったって混んでて大変だ!!」の一言で終わり。
それで私は、そそくさと、
駅まで、美味しいお刺身など買出しに行きました。
今夜も、キッチンの後片付けをしながら、
連休の間に一回くらい外食したいなあ~ でも、無理・・・
とひとりごと。
で、ふっと思い出しました。
そういえば、最近、「外食」が「お外ごはん」に変わってきた。
「外食」が「お外ごはん」で、家で食べるのが「おうちごはん」
う~ん、なんという幼児語だろうか。
日本って、どうしてこうも、幼児的言語が流行るのだろう。
若い人たちならいざしらず、
40代から50代くらいの中年女性のブログでも、
この「お外ごはん」「おうちごはん」の単語が使われていた。
大人の言葉を離れて、幼児語に引かれるのはなぜ?
テレビや雑誌などでも、「お外ごはん」「おうちごはん」の
特集が目に付くこのごろ・・・
ね、外食は「外食」がいいと思う。
大人は大人の言葉を使いましょう。
「みんなご自宅宛てで、よろしかったでしょうか?」
居酒屋さんなんかで、注文したメニューが運ばれたとき、
「ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」
って、どこでもみんな言うので、
もう聞き慣れてしまっていたけれど。
横浜のとある、大きな百貨店にLOFTが入っている。
そのLOFTで、いくつかの雑貨品を購入して、
自宅へ配送を頼んだときのこと。
どこでも言うんだなあ~と思いながら、でも、ひっかかった。
「みんなご自宅宛てでよろしいですか?」でいいじゃん、
なんかやっぱり、ヘン・・・ですよ
↓ 昨日のエッセイを、今読み直して・・・
なん? 意味、ぜんぜん通じない?
前置き、状況説明、
話を分かりやすくするための、全体像の説明をすると
ダラダラとすごく長くなる。
最初、その生徒さんの状況などをもう少し詳しく書いていたけど、
長くなるばかりで、私の言いたいことにたどり着くまでに、
何行も何行も書かなくてはならない。
で、できるだけ端折ったら・・・
エッセイではいつも、出来る限り短く短く、を最優先。
すると、なんとも分かりにくい文章が出来あがってしまうのです。
ムズカシイな~
今朝は、ここのところ続いた朝よりも、ずっと秋らしい。
「深まった秋」を感じています。いい気持ち!
ニュースを見ながら、夕食を採っていたときの息子との会話から。
ニュースは、新宮様のお名前が決まったと告げていた。
息子「産むの大変だった?」 ・・・と私へ質問
私「三人とも大変だったわよ~ 特にあなたがね!」
息子「知ってるよ。足から出ようとしたんだろ。
オレ、産まれるときからドジだったんだなあ。
人生は、産まれたときで決まるよなあ。」
期末テストで、追試がひとつあったことを知ったばかりの息子でした。
※息子は逆子で出産。へその緒が首に巻き付いていて、
産まれて直ぐ、保育器に直行・・・
「言った × 言わない」で討論になること、ありませんか?
というよりも、「言った × 聞いていない」の討論?
大きなことから、小さなことまで、
数えればきりが無いほど、そんなやりとりを乗り越えてきました。
仕事では、日程の調整を電話でしていて、
私が指定した日と相手がOKした日が違っていてのトラブル。
相手から「言った、言わないを言い出してもらちがあかないから」
と言われて、納得できず、唇を噛んだことがありました。
私は絶対に間違えてないのに・・・・って。
仕事の先輩から、日程の調整は、絶対に電話で済ませないこと。
FAXやメールなど、文字に残るもので約束するように、
と教えてもらい、以後は気をつけています。
旅行先のホテルの予約を電話で入れて、現地に行ったとき、
日付が間違っていて、予約が入っていないことがありました。
旅行日程のメモを見ながら、電話口で予約したのに・・・
間違えるなんて納得できなかったけれど、
私の念押しが足りなかったのが一番のネックだったので、
怒ることも出来ませんでした。
家庭内での行き違いは、けっこう日常的です。
「言った」×「聞いてない」 「聞いた」×「言っていない」etc...
でも、どれも全て、ほとんどと言っていいほど、
これらのトラブルは、解決に至りません。
だって、それぞれが、「自分は正しい」と思っているから、
討論は永遠にぐるぐる回りです。
どちらかの、諦め気味な「はい、はい、そうですね」
で無理やり終わりを迎えます。
家庭内の小さなトラブルも、
対外的、社会的、な場面でのトラブルも、
ほとんどは、正解を出せないまま、不消化で終わります。
どうしたら、こんなトラブルを最小限度に留めることができるのかな?
何しろ、年を重ねると、自分でも忘れることが多くなり、
ますます、こんな場面が増えそうで・・・
良い回避方法を検索中です・・・ う~む・・・
とあるところで、
現代の殺伐とした言葉文化を発達させた要因の中、
大きなウェイトを占めるものは、パソコンと携帯電話・・・という話を読んだ。
それは言いえているかもしれない。
携帯電話のメール、パソコンでのチャットや掲示板。
それは、確かに言葉のコミュニケーションだけれど、
このコミュニケーションは、出来るだけ短い文章と、短い単語を必要とする。
そのために、簡単な短縮語や、新しい造語が次々生まれ、
日本語の中の、表現豊かな言葉の数々が、
どんどんと現役から追いやられていく。
ゲームのように、言葉で遊び、
やがて、飽きられたゲームのように、捨て去られていく言葉たち。
もう、この流れは止められないのだろうか?
味わいの深い言葉たちが消えてしまうのは、
なんとも、哀しいことと思いませんか?
小学校で英語教育をスタートさせる・・ということが言われて以来、
「英語教育の前に、子ども達に正しい日本語教育を」という意見が、
新聞紙面などに良く取り上げられている。
今日の朝刊でも、すれ違った小学生や中学生の、
あまりの言葉のひどさに、
英語教育の前に、きれいな日本語の教育をすべきでは?
との投稿が載っていた。
耳を疑うような言葉遣い、暴力的ともいえるような物言い、
大人には意味の通じない新語の氾濫・・・
日常的に、そんな言葉に出会い続ける。
私自身は、英語教育と日本語教育とは別だと思うので、
英語教育の前に日本語教育・・・ということではないと思っている。
それよりも、
こんなに日本語がすさんでしまったのは、
学校の日本語教育のせいではなくて、
日本人そのものの、心のありようが、
どこか違ってしまったのでは?と、とても切実に感じているのだ。
子ども達があたりまえの日本語を身に付けるのは、
誰よりも先に、親から受けた沢山の言葉からだ。
その次は、社会(隣近所・友達・テレビなど)から。
そして、最後に、学校の国語教育から、だと感じている。
親や社会が、既に、すさんだ日本語を使っているのだから、
どんなに、学校で「正しく美しい日本語教育」をしても、
どれほどの効果があるだろう?
そして、現代の言葉がすさんでしまっているのは、
多くの日本人の、あまりの「語彙の少なさ」から来ているのではないだろうか?
「むかつく」で、気分の悪い表現をすべて済ませる。
「うざい」で、相手の不愉快な様子をすべて済ませる。
もっともっと、言葉は沢山ある。
子ども達に、日本語がこんなに表現力豊かな言葉であることを感じて欲しい。
それには、どうしたら・・・?
英語教育の対比として、日本語教育に思い巡らせるのではなくて、
当たり前のことをやってこれなかった、大人たち一人一人の責任だということ、
今改めて、自覚しなくてはいけないのでは・・・と、
新聞を読みながら、思ったりしたのです。
日本語の言葉・・・ とても良い言葉ですよね。
教室の春のハイキング日程が決まり、
興味を持ってくださる方に、プリントをお渡ししたりしている。
で、教室では一番のお姉さん。80歳をいくつか超えているのに、
とても元気で溌剌とした女性の生徒さんにも、
早速お誘いの声をかけた。
でも、その方は、
教室のハイキングの日の前日も、
別のお仲間たちとのハイキング日程が入っていた。
しかも、そのハイキングは、その生徒さんが幹事役で、
教室の授業で、神奈中バスの時刻表を調べたり、
目的地の地図をプリントしたりと、
ちょうど準備作業に精を出されていたところ。
私「あ~ 残念。是非来ていただきたかったのに・・・
連日のハイキングでは、ちょっと厳しいですよね。」
そんな私の言葉に、その生徒さんは、ニッコリと微笑まれて、
こんな素敵な答えを返してくださったのだ。
「疲れはあとに取っておきます」
80歳を過ぎても、あちこち山歩きをされたり、
お友達と旅行やハイキングを楽しまれ、
パソコンもメールもインターネットも楽しんでいられる。
その生徒さんのパワーを生み出す源は、
こんな考え方が出来るところから生まれているのだ。
私は、そんな風にサラッと答えられるだろうか?
「疲れはあとにとっておきます」
でも、そんな風に答えられる、年の取り方をしなくちゃネ!
朝、掃除をしながら聴いていたFMで、こんな話題が流れてきた。
最近流行っているのは、細身のジーンズ。ストレッチがきいていて、
このごろは、男性のもこのタイプに人気が出ている、という。
そして、
「ファッションに気を使う、“チョイ悪おやじ”なんかに、好まれている」
と女性のパーソナリティが説明していたけれど・・・
なんだかなあ~
嫌いだなあ。“チョイ悪おやじ”って、なんだか、イヤだ。
中途半端で、悪ぶってるけど、ぜんぜんカッコよくなくて、
ほんとうは、真面目で型からはみ出せないのに、
でも、ちょっと悪そうに見せると、モてるからって、
このタイプになる、“チョイ悪おやじ”
いっそ、本物の、カッコ良い“悪おやじ”か、
真摯に真面目な“コチコチおやじ”の方が、ずっと好き。
“チョイ悪おやじ”は、ちょっとダメです・・・
って、まさに勝手な自分の好みの話しでした(^^)
年末からお正月、そしてその後、
なんだか、ずっと忙しくて、バタバタしてて・・・・
と! 電話や会った人やメールやwebで、
何回同じような言い訳をしたことだろう。
そして、ふと、「バタバタ?」と、頭にひっかかってしまった。
「バタバタ」って、何だろう? 何がバタバタしてるんだろう?
私が、バタバタ暴れまわっているという意味かな?
そういえば、「ガタガタしてて」という言い方もあるけれど、
微妙に意味合いが違う感じ?
日本人って、擬態語(というのかな?) を本当に良く使う。
こんなに良く使うのは、日本が一番なのではないだろうか?
バタバタ、ガタガタ、アタフタ、と忙しい
シンシン、シトシト、ピチャピチャ、ポツポツ、ザーザー、と雨や雪
ザワザワ、ソヨソヨ、ピュウピュウ、ゴウゴウ、ヒューヒュー、風の音
ごわごわ、ガサガサ、パサパサ、ザラザラ、と、私の手・・・ 冬は荒れる・・・
さて、何時になったら、この「バタバタ」は収まって、
ゆるゆる、のびのび、ふわふわ、とした時間を過ごせることやら・・・
さて、言葉(文章)というものは、難しいものです。
先日、ここに書いた日記「ニコン...」の記事で、
「意味を取り違える恐れがあるのでは?」とメールをいただきました。
それは以下の部分です。
-----
ニコンは今、フィルム一眼レフを8種類を出しているそうだけれど、
そのうちの、上位機種と下位機種2種類だけを残して、
他は全て生産打ち切りになるそうだ。
-----
この書き方だと、読んだ人は、
『2種類』という文字が、『下位機種』に装飾されていて、
ニコンが今後残す機種は、
上位機種1種類と、下位機種2種類、合計3種類あるという風に読めるのだが?
そういう指摘だったのです。
なるほど! 確かに、そう読めるかも、と気がつきました。
文章を綴ることの難しさ。たった一個の句読点を抜かすだけで、
意味がまるで違ってしまうんですね。
★上位機種と下位機種2種類だけを残して、
★上位機種と下位機種、2種類だけを残して、
たった一個の句読点を入れるだけで、残される機種は2機種だけだと伝わります。
はてさて、文字だけで、気持ちを伝えなくてはならないというのは、
なんと、危険なことだろう。
たった一個の「、」 たったひとつの文字、たったひとつの空白、たったひとつの感嘆符。
それらがあると無いとで、相手の取り方が、もしかしたら正反対になるかもしれないなんて。
メールで、大切なことを伝えなくてはならないとき。
webのページ上やブログ上で、自分の想いを書き表したいとき。
読んだ相手が、自分の思うとおりに受け取ってもらえるのかどうか・・・?
正しく伝わってもらうこと・・・
うん、これは、至難の業に近いかも。
じゃ、エッセイ止める? いえ、やっぱり、止めません。
正しく伝わるように、心配りだけは、忘れないようにして・・・
※ 尚、「ニコン...」の記事は、間違いないように手直ししておきました(^^)v
冬の雷に、ちゃんと名前がありました。
早速、メールをいただきました。
> 歳時記で調べてみると、以下のような季語がありました。
>
> 冬の雷(ふゆのらい)
> 寒雷(かんらい)
> 雪起し(ゆきおこし)
> 雪雷(ゆきがみなり)
> 雪の雷(ゆきのらい)
> 鰤起し(ぶりおこし)
そして、さくらの掲示板でも、教えていただきました。
ありがとう~(^^)
そうか。やっぱり、ちゃんとあるんですね。当たり前!
今日は天気予報どおり、朝から暖かくて、
南の風がまるで春の風でした。
でも、明日からはまた冬に。
ほんとうの春は、まだまだ先です・・・・
愛犬さくらとの朝の散歩を終えて帰宅した夫。
コーヒーを淹れながら、散歩での様子を私に話しかける。
何しろ、とっくに中年の倦怠期を迎えている夫婦にとって、
犬の話だけは、とりあえずいつでも会話が弾むのです。
夫「向こうからコーギーを連れたおばさんに会ったんだけどさ・・・」
(コーヒーのドリップに手間取って、しばし会話が中断)
夫「すっごい、太っててさあ~」
私「おばさんが?」
夫「いや、そのコーギーが!」
夫「それで・・・ (またドリップに手間取る夫)」
夫「ギャーギャー うるさいんだよね~」
私「コーギーが?」
夫「いや、そのおばさんが・・・」
コーヒーを淹れ終わった夫は、慌てて・・・
夫「あ、違うよ! そのコーギーが、さくらに吠え掛かってうるさかったんだよ」
ですって。

読み終わって、こんなにほんわりと感じた本、
久しく出会っていなかった気がする。
この温かさを紹介したくて、写真まで撮りました。
(古くて苔の生えたガーデンテーブルが美しくなくて・・・だけど)
新刊ではないですが・・・
☆青空のルーレット 辻内智貴・著
表題作の他に、太宰治賞を受賞した「多輝子ちゃん」との2編が納められている。
特に表題作が、心にあたたかくて、ほんとにほんとにお薦めです。
是非読んでみてください。ゼッタイにいいです!
この本、まったくの衝動買いだった。
何か本はないかなあ?と、本屋さんの棚を漁っていて、手に取った本。
裏表紙の著者紹介での、「シンガーとして音楽活動を経て・・・」という一文と、
著者の顔写真に、なんだかとっても惹かれて、
(けっこう、好みのタイプだったのかも)
何の予備知識も無いまま、レジへと持っていった本だった。
著者の名前すら初耳で・・・
本屋さんの棚から、他の本ではなくて、この本を手に取ったのは、
表紙の青空のせいだったかもしれない。
透き通った、目にしみるような青空の。
「青空と星空と、どっちが好き?」
その昔だったら、「星空」と答えただろう私は、今、
迷わずに答える。
「青空」と・・・
※この本の詳細についてはこちらでどうぞ
今ちょっと前にFMラジオでは、
ゲストの女性とダイエットの話が続いてて、
「軽くヤバイ」話になっていた。
う~ん、これです! この「軽く」が出なかった!
先日、友人と過ごした熱海の夜。
ずっと喋り続けて、その話題の中、
テレビのCMで、ほら、あの、あれ、、、なにヤバイって言ったっけ??
「ちょっとヤバイ?」「ミニヤバイ?」・・・?????
翌日、帰る頃になって友人が突然、「軽く、だった! 軽くヤバイ!」
と、思い出したのだった。やっとこ、スッキリした私たち。
しかし、忘れるんですよね~ 言葉を。
もう、日常的。出てこない・・・ ふ~、ため息です。
で、CMで「軽くヤバイ」って言っている“静香さん”も“ありささん”も、
どこが軽くヤバイんですか?
ほんとに、困ったものです、、、(と、ブツブツ・・・)
どこかのブログからブログへ・・・とたどり着いたところで、
面白い「お遊び」を見つけて、早速私もやってみた。
「自分の携帯電話の漢字変換候補の一番最初にある単語は何?」
私の・・・こんなだった。
あ→暑い い→いるかも う→腕 え→駅で お→お願いします
か→カレー き→帰宅 く→下さい け→けど こ→今夜
さ→小○子 し→しないので す→すごい せ→戦 そ→そろそろ
た→食べる ち→父 つ→疲れ て→手間取って と→とっくに
な→ないよー に→日曜 ぬ→奴 ね→寝たい の→飲み会
は→歯 ひ→昼 ふ→フラれないと へ→へい ほ→ホッと
ま→祭り み→見てね む→無理 め→めずらしく も→もう
や→やっぱり ゆ→ゆっくり よ→よろしく
ら→来週 り→了解 る→♪ れ→連絡 ろ→ロマンスカー
わ→忘れ
なんだか、生活が滲み出てくるみたい。
あなたのは、どんな候補が出てくるでしょう?
ちょっと見てみてね。
なんだか笑えます。
何度も何度も、書き直して...
今夜は、どうしても、まとまらない。
外野が賑やかで、
書くことに集中し始めると、どこからか
私に向かって話しが飛んできて、頭が振り出しに戻ってしまう。
言葉が途切れてしまう。
よって、今夜は諦めました... エッセイの更新。