小さなエッセイ

日々の暮らしの中に想うことをあれこれと書いています

2009年07月26日

夢の男・・・?

さて、その本「選ばれる男たち」のこと。
買ってきてすぐに読み終わってしまったあとに・・・
なんだか、心がやりきれないような気分に。

ストーリーものじゃないので、内容に触れてもいいかな?
あ、いえ、やっぱり「追記」の中に置いておこう。
だいぶ長いエントリーになりそうだし。

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著者の信田さよ子さんは、さすがにすごくうまい。
面白さの中に、実はかなりヘビーな問題をからめて、
最後まで一気に読ませてしまう。

ただ、この本は、表紙の帯にひかれて読むと、
しっかりと、うっちゃられる。
私は、もっとごく普通の、
あたりまえの男と女、ごく普通の夫と妻のありようを、
心理学的、生物学的、人間学的、生活学的(こんなのあるかな?)に
まとめて、結論を出してるのかな?と思ったけど、違ってた。

読み始めは、「女性(おばさん)がなぜイケメンが好きか」
「なぜ、冬ソナにはまるか」「なぜ、王子に熱を上げるか」
などを、それは面白おかしく説明してて、
思わず笑ってしまったけど・・・

本の半分あたりから様相が変わってくる。
それは、著者がDV被害者のカウンセラーを職業とし、
DV被害を受けた妻たちと、
その夫たちから取材したところからスタートしているので、
当然といえば当然すぎるのだけど。

読み進むうちに、心が重くなり、やりきれなくなってくる。

私も、手伝っている団体でDV被害者の女性の話を聞くことがあって、
その女性たちはみな、異口同音にこう話す。
「最初は、これがDVだとは気がつかなかったんです」

この本にも同じように書かれている。
そうなのだ。初めは自分がDV被害者だとさえ気がつかないのだ。

DVというのは、妻をぶんなぐる!という分かりやすい暴力だけではなく、
「妻を無視する」「妻を、卑下する」「妻をこきつかう」
たとえ一度も殴らなくても、実はこれらもみなDVに当たる。

だから妻は、DVを受けたとは思わず、
何か自分に落ち度があるのでは?
自分が変われば夫も変わってくれる、
自分が一生懸命尽くせば、夫はやさしくなってくれる、
と、ひたすら自分を責め続け、やがて心が壊れていく。

だけど、妻に責任があるのじゃなく、
これは、幼児性が抜けない自己中心的な夫のDVそのもの。
妻がどう反省しようと、夫が変わるわけは無い。

それでも、「これはDVなのだ」と分かったときから、
女性はやっと心が少しずつ救われていく。

というわけだから、DVは案外身近でも起きているのだ。
本では、そんな重たく辛い話がちょっと続いて・・・
最後は、妻(女性)にとっての夢の男って?と続いていく。

「夢の男」とは、実は昔から言われてきた「よい女」の定義と同じ。
「やさしいこと、下から目線ができ、相手を褒めることができ、
よく気がつき、よく言うことを聞き、
そして何より、かわいい、こと」つまりは「女らしい男」となる。

昔、多くの少女たちが描いていた「夢の男」は、
「強くて、いつも自分を守ってくれて、引っ張っていってくれる男」だった。
だけど、本当は違う。それをおばさんたちは何年かの実体験をもとに
はっきりと知るようになる。
おばさんは「守ってくれなくてけっこうです!」と心で叫んでる。

「夢の男」の条件に加えて、
いつまでもメタボにならず、
一緒に歩くたびにいつまでもふりかえられるように美しければ、
言うことなし・・・である。

と、まあざっとこんな本でした。
確かに、ほんとうだな~と思う反面、なんだかとっても寂しくなった・・・

私は今でも、やっぱり「夢の男」を探してる。
かっこよくて、強くて、いつも自分を守ってくれて、やさしくて、
余計なことは何も言わなくて、なんでも許してくれて、頼りにできて、
熟成してるけど、少年のようで・・・

うむ・・・ やっぱりそんなん、いるわけないか・・・

でも、なかなか面白い本でした。

※始まったばかりの連続ドラマ「オルトロスの犬」なんて
ワクワクしながらしっかり見てしまった私は、
やっぱり、イ○○ンが好きかもしれない・・・

投稿者 sako : 13:24 Write:13:24

2009年07月14日

真夏です!

予想していなかったのでビックリ。
たかが天気予報の「したと見られる」宣言くらいで、
ビックリするのも、情報にふりまわされてるな~と思うけど、
でも、やっぱり気になる「梅雨明けの時期」です。

さて、今日から真夏!

夏には弱い私だけど、真夏の入り口の今頃はまだまだ元気。

今日も、身体を鍛えるためにウォーキング(?)してきたけど、
これから、だんだんにヨレヨレになってまいります。

外が34度などの猛暑になれば、必然的に、
エアコンの中で、大人しくモニターを見つめてキーを叩いているか、
テレビ画面でDVDを観ながら、手に汗を握っているか・・・
そんな避暑も、私にとっては、また楽しみな真夏ではあるのです。

で、この夏は、自分への課題を作ってる。
夏の間になんとか、まとめてみたいこと。
途中で挫折するといけないので、声を小さくして・・・
・・・新しいサイトを作ります・・・のつもりです・・・多分?

とにかく、がんばってみます。難しそうだけど。

この夏が楽しい夏で終わりますように・・・

投稿者 sako : 20:48 Write:20:48

2009年04月09日

スローダウン・・・です

色々、都合が重なって、
ついでに、種々思うところもあったりして、
おまけに(ここが一番ですが)ちょっと健康的なこともあり、
「小さなエッセイ」のスローダウンを決めました。

止めちゃうんじゃなく・・・(^^ゞ

今後は、1ヶ月、いえ2,3ヶ月に1度くらい、
そっと覗いて見て下さったら、きっと間に合うと思います。

ほんとに、そんなペースで行きます(って、威張ってもネ?)

いつも見てくださった方、ほんとうにありがとう。
こんなつまらない個人的なエッセイなのに、感謝です。
なので、どうかスローダウンをよろしくおねがいします。

尚、気を使っていただいては申し訳ないし、
無駄にクリックしていただいても、もっと申し訳ないので、
掲示板「空へ」も休止させていただきます。

また、自分で青空を見たくなったら、
リンクを戻すかもですが、ずっとずっと先だと・・・
おばあちゃんになっちゃうな~

投稿者 sako : 10:01 Write:10:01

2009年03月17日

庭の時間

この前のエッセイで、ちょこっとだけ書いた「本」はこれです。

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辰巳芳子著「庭の時間」 (文化出版局)

気持ちがカサカサしていたせいで、
表紙の「緑」に惹かれてレジへ持っていってしまった衝動買い。
大好きなターシャ・テューダの本と、
どこかちょっとだけ共通しているような、そんな気持ちになったのか?

「いのちを支えるスープ」などで有名な辰巳さん。
テレビで何度か拝見したことがある。
現代では滅多に聞けないような丁寧な言葉遣い、
でも、その眼光はかなり厳しい。
日ごろの生活に気を抜いている女性には、身のすくむような話。
でも、「そうだなあ」と納得して、
これから頑張ってみよう!などと、生活を改めさせてしまう威力。

そんな辰巳さんは、鎌倉にお住まいで、
ご自宅は、広い敷地に自然のままのような植物に溢れている。
といっても、しっかり手入れされていて、
凡人には手の届かないようなお庭だけれど、
こうして本で紹介されているのを読むのは楽しいものだ。

しかも、その庭の植物を使ったお料理のレシピも紹介されていて、
本を読んだ最初の日、
早速、蕗みそを作って、ご飯に載せていただきました。

忙しさに心を亡くしちゃダメ・・・と
あらためて自戒して、
植物にも、そして己にも、「命」の喜びを忘れてはいけないですね。

投稿者 sako : 11:20 Write:11:20

2009年03月15日

あの頃に・・・

学生時代のバッチが出てきたから、
というわけではないと思うけれど、
久しぶりに見たあるカメラマンのサイトに、
そのバッチと重なるシーンや名前がいっぱい出てきて、
40年の時を一気に遡ってしまった気分。

もしかして、同じ気持ちになれる人もいるかもしれないから
(かなり特殊な人々だけ、かな)
ここでご紹介します。

カメラマン横木さんのブログです。 
http://alao.cocolog-nifty.com/the_eye_forget/2009/03/35-4695.html

投稿者 sako : 22:22 Write:22:22

2009年03月14日

古いバッチ

訳があって、家の中の大整理をしていました。
長女も帰ってきて、自分が残したガラクタの山を整理・大処分。
そんな作業の中で、長女が笑いながら私に見せたもの。

「なんで私がこんなのを持ってたんだろう? これ母のだよね」

わ~ 懐かしい。
間違いなく、私のもの。
学生時代のバッチでした。

入学してしばらく、胸に着けていた「芸」というバッチ。
芸大みたいかな? なんて自分で思ったりしたものだったけど、
誰か友達が言ってたっけ。
「このバッチを見た人に、どこの芸能学校?って聞かれた」って。

そんな会話も懐かしく思い出され、少しの間タイムスリップ・・・

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次の河童のバッチは、今でも作られているのだろうか?
10月1日の都民の日の記念バッチで、
このバッチをつけていると、その日は都電や都バスがただになった(と思った)

毎年出るバッチなのに(年によって色が違う)
なんでこの年のバッチだけ残っているのだろう。
ちなみに、裏に「1965 10.1」と書いてある。
1965年って、私は何をしてたっけ?
何か、特別な想い出があったのか? 今では記憶すら無いけど。

090314kappa.jpg

想い出は心の中に・・・
写真も撮ったし、これでもうサヨナラね。

投稿者 sako : 14:10 Write:14:10

2009年03月10日

777

「7」がみっつ並んでいたので、ちょっとニッコリ。
そして、へ~ そうんだんだ・・・と。

多いのかな? 少ないのかな?
分からないけど、
年月を重ねれば、数は増えるもの。
やめてしまうことさえ無ければ、
いつかやがて、「1000」になるのかな?

「本の話」を書き上げて、アップロードして、
普段は目にも留まらない「エントリー数」の欄にふと目が行った。
そこにあったのが、「777」のラッキーな数字。

何かいいことあるかなあ?

ちなみに、このエントリーで「778」となりました。
全部読んでいただいた方もいるのかな?
そうだとしたら、ほんとうにありがとう~ (^^)/~

投稿者 sako : 20:52 Write:20:52

2009年02月12日

楽しい夜

090211sinjuku.jpg

夕べは、ひさしぶりに、
いつもの親友たちと西新宿の夜でした。

みんな忙しくて、なかなか逢えない日が続き、
今頃になっての新年会?
ビールと肴が、ほんとに美味しかった~

そしてもちろん、
ラストオーダーまで続いたおしゃべりの楽しかったこと。
人生の3分の2以上を同じ時代、同じ流れの中で、
ずっと繋がってきたのだものね。
楽しくないはずは無いのです。

お店の中は、いつもよりもずっと賑やかで、
若いお客たちでいっぱいでした。
そっか。昨日は祭日だったっけ。

高層ビルから降りてくると、
目の前に、キラキラ輝く蒼いイルミネーション。
思わず、バックの中からデジカメを撮りだしてシャッターを。

また、次の楽しい時間のそのときまで、
そんなに楽しくない作業を、ひたすらがんばりましょう。

投稿者 sako : 21:34 Write:21:34

2009年01月07日

思い...

三が日以後、ずっとパソコンの前に座りっぱなしの日々。
いろいろと作業しなくてはならないものを抱えていて、
離れたくても、離れられないのです。PCの前の椅子から。

お出かけもお遊びも、縁遠い日が続いています。
でも、愚痴らないぞ! 決めたんだもん!

ボランティア作業だけど、
ひとつひとつ、丁寧に作業を進めています。
ドライアイで、パッサパサの目を見開きながら。
涙が欲しい・・・ 

さて、サラーっと通り過ぎるつもりだったけれど、
ちょこっと(?)くらいは、
10周年にあたっての心境などを書いておこうかな。

10年前の1999年と言えば、何が起きた頃かと言うと・・・

政治では、
4月11日 - 石原慎太郎、東京都知事に当選
10月5日 - 自自公連立により、小渕2次改造内閣が発足。
6月23日 - 男女共同参画社会基本法が成立
(一応、今の仕事に関係していることだから、書いておこう)

事件では、
9月30日 - 東海村JCO、日本初の臨界事故発生。2人死亡。
7月23日 - 全日空61便ハイジャック事件。機長が刺殺。
4月14日 - 光市母子殺害事件が発生。
8月14日 - 神奈川県山北町の玄倉川が増水。
中州に取り残されたキャンプ客が流され、13人が死亡。

エンターテイメントでは、
ソニーがロボット犬「AIBO」の発売を開始。
映画、スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス公開
映画、マトリックス公開
『だんご3兄弟』が299万枚の記録的大ヒット
NHK大河ドラマ 元禄繚乱(1月~12月)
(以上、ウィキペディアより)

と、こんな1年でした。
その年の、1月にさんぽ道を開設して、私もサイト管理者の仲間入り。

その頃は、今のようなブログは無かったので、
若くない(?)主婦たちも、みなホームページをコツコツと作って、
個性の溢れるサイトがたくさん増え始めたころでした。

そんな若くないサイト管理人たちが知り合って、
(あ、若い人もいたけど)
掲示板やチャットでお喋りしたり、
オフ会もあちこちで盛り上がって、賑やかだったあの頃。

だけど、ふと気がつけば、
サイトを閉じてしまう人が増え、
閉鎖とともに、繋がりはプツンと消えてしまい、
サイトで知り合い、オフ会で出会って、笑顔でお喋りした人々とも、
結局は、それっきり。

そう。まるで泡のように・・・
インターネットの出会いって、まさに泡沫なのかも。

とは言いつつも、
そのたくさんの泡沫の中にも、数はほんの僅かだけれど、
今に続く、確かな繋がりを感じられる出会いもありました。

スタートしたときから書き続けているエッセイは、
「鼻持ちならない」と言われながらも、
(10年の中で、一番心にきつかった言葉です・・・)
ずっと続いています。
(あ、鼻持ちならないのは、私自身のことだったかな)

実は、手元に、さんぽ道のエッセイの最初の一遍があります。
(あの頃は、「わすれな草の原っぱ」と言いました)
オープンは8日だったけれど、
それは1999年1月1日に書かれたものです。

先日、久しぶりに読んで、赤面・・・
だから、ここには載せられないけれど、貴重な1ページ目です。

それから、何ページ書き続けたか分からないけれど、
10年続けたので、
ここらで、もうフィナーレにしようか、と思いました。

何しろ、あまりにたくさん書いたので、
何を書いても、新鮮味が沸かないのです。
「鼻持ちならない」と言われるのも当たり前の内容で、
これから先、何のために続けるのだろう?と自問・・・

と、ここまでが去年の暮れに考えていたことでした。

でも、今は自然体・・・
肩に力を入れずに、リラックスして。
心のままに、書きたいことがあったときに書いていこう、
と思っています。

今までよりも、ずっとエッセイの更新は少ないと思うし、
さんぽ道そのものは、ほったらかしになると思うけれど、
このまま、続けていきます。

あ、やっぱり、長くなってしまった!
ということで、明日の10周年を前に、10年を振り返ってみました。
こんなさんぽ道ですが、
これからも、のんびりとお付き合いいただけたら、
とっても嬉しいです。

スタートから訪ねてくださった方もいるし、
呆れずに何度も訪ねていただいた方には、心から感謝をしています。
10年間、ほんとうにありがとうございました。

投稿者 sako : 22:02 Write:22:02

2008年12月21日

ただの抜け毛でも...

朝の散歩、ちょっと違うルートを選んで角を曲がると、
ちょうど「資源」の収集日で、人々が集まっていた。

その中に友人を見つけて手を振る私。
ずいぶん長いこと会っていなかったその友人と、
束の間だけど、近況報告を。

彼女の可愛がっていた柴犬が亡くなって、
しばらく月日が過ぎていたので、
「淋しいでしょ」と尋ねると・・・

「日にちが過ぎていくうちに、
家の中のあちこちから出てきていた抜け毛が、
ほとんど出てこなくなって、
居なくなったことを実感するの」と彼女。

さくらが我が家に来て5年が過ぎ、
もう、家中、ありとあらゆるところから、
さくらの抜け毛が、綿のようにふわふわと出てくる。
廊下や階段の隅も、家具の裏からも、サッシの溝にも・・・
家族の靴下の底にはさくらの毛がついたまま洗濯カゴに。
コートにも、バッグにも、抜け毛をつけたまま外出してしまう。
きっと、犬嫌いの人は、我が家に長居は出来ないと思う。

もし・・・ さくらが居なくなってしまったら、
それらの抜け毛は、日にちが過ぎるほどに消えてゆき、
やがて、どこにも見当たらない日がくるのだろう。
それは、なんと切ないことだろうか・・・

友人の話に、
愛する犬との別れの淋しさを、ひしと実感した朝でした。

投稿者 sako : 21:26 Write:21:26

2008年12月20日

文學全集

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「昭和38年発行」と書いてあるから、45年も昔の本たち。

廊下に積まれた全集の名は、「日本現代文學全集」
先日、夫が納戸の整理をしていて、奥の棚から、
15年ぶりに引っ張り出してきた本だった。

既に黄色く変色しているその本たちは、
かつては私の母の本だった。
私と年の離れた兄が、読書家の母のために、
お給料日のたびに、一冊ずつプレゼントしていたものだった。

亡くなった母の本棚から、
興味のありそうな本だけ、私が自宅へ引き取った。
全部で100冊はあったかもしれないけれど、
そんなには引き取れない。
その他は処分されて、やっとこれだけ生き残った本たち。

母はよく本を読む女性だった。
読む本が無くなると、私が本屋さんへ買いに行かされた。
「オール読物」「文芸春秋」「小説新潮」・・・
子供の私は、分厚いそんな文芸雑誌のどこが面白いのか、
不思議に思いながら、急いで本屋さんへ走っていく。

走るのは理由があった。
母の本を買うついでに、
マンガを買っても良いことになっていたから。
私が買うのは、いつも「少女クラブ」と決まっていた。

その母の遺品の本たちを、いつか読もう・・・と思いながら、
まだ1冊も読んでいなかった。
納戸の整理をして、古い本も処分するという話になっていたけど、
いえ、だめ! 処分は取りやめ。やっぱり読みたい。
たとえ、数冊だけでも。

母の手垢の付いた本、ほとんど読まれなかったらしい本。
どちらからも、母の好みが浮き出されてきて、
懐かしい母の、本を読む姿が、私の胸の中をいっぱいにする。

だけど、文字が小さいのね~
なのに母は、老眼鏡もかけずに読んでいた。
そして、当然のごとく、旧仮名遣い。
きっと慣れるまで、少し時間がかかりそうだけど、
作者が著したままの仮名遣いで読むことで、
その情景が、さぞかし生き生きとしてくることだろう。

まず、私の好きな作家「谷崎潤一郎」から読み始めようかな。
来年は、この文學全集に染まってみます・・・
ん? 何冊くらい、読めるでしょうか?

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投稿者 sako : 21:20 Write:21:20

2008年12月08日

訃報が続きます

今年は訃報に触れることが続き、
年末の喪中の葉書も、私宛のものが例年になく多いのです。

逝く人を見送るのも、
年を重ねていけば、避けようのない仕事のひとつ。
それでも、少なければ少ないほど有りがたいことです。

日記に書くことも、言葉も文章も、
どうにも、出てこない日が多くて・・・

こんなときは、
美しい紅葉でも見てください。
ブログに、先日出かけた北鎌倉での写真を載せています。
DUCKのみなさんとの遠足でした・・・

さらさらsarasa

投稿者 sako : 21:59 Write:21:59

2008年11月10日

人生の時期

人生に必要なものは、じつは驚くほど少ない。
一人の友と、
一冊の本と、
一つの思い出があれば、それでいい。
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五木寛之著「林住期」
最初の方にあった一節です。
(文庫本が発売されたので、今読んでいます)

かっこ良いけど・・・ うむ?
私は、そんなにシンプルにセレクトできるかな?

無理やりセレクトしたら、
いったい何が残るだろう。

一人の友・・・?
一冊の本・・・?
一つの思い出・・・?

ああ、やっぱり、あれもこれもで、
とても一つには絞れません。
私の林住期(今、まさにその只中なわけだけど)は、
そうして何も捨てられずにアタフタ生きて、
その後に来るという「遊行期」には、
ただひたすら、あがき続けることでしょう。

なんか、ためいき・・・

投稿者 sako : 21:10 Write:21:10

2008年10月13日

秋なのに

夏の間は、人の何倍も暑さに弱いせいで、
溶けた身体のまま、じっと我慢の子。
3ヶ月はそうやって死んでて、やっとその暑さが終った・・・
(しかも、毎年暑さの終る時期が遅くなってる)

秋が来たら!!と、この季節をじっと待ってたのに、
うーん、もうどうしてこんなに、次々と。

大きなイベントが終るまでの辛抱か・・・? 油断はできないけど。

3ヶ月分のストレスが、この10月で、倍増してしまったようで、
胃も痛くなり、髪もバサバサ、シワも激増(あ! 元々だったけど)

時間を見つけて、庭に降りれば、暑さの間すっかり手を抜いていたのに、
秋バラが蕾をつけてる。
ごめん・・ 虫食いだらけで、もう蕾すらつかないと思ってた。

あちこちから、旅の話や、秋を満喫している話が、
まだ、秋の気配すら知らないまま過ごしてた私に、
いやおうなく届いてくる。

先日、小田急線に乗って、生徒さんのお家に行ったとき、
線路の沿線にセイタカアワダチソウの黄色い花が並んでいるのを見て、
「秋だ! きれい!」と、とっても感動した情け無い私です。

でも、愚痴はこぼさないようにしよう。
だって、私なんか足元にも及ばないくらい大変な友人がいっぱいいるんだものね。

今日も、いっぱいお仕事・・・
天気が良いのに、パソコンの前に座ることになるけれど。

投稿者 sako : 08:53 Write:08:53

2008年10月02日

昨日から10月ですよ!

10月になってしまった!

どうしよう・・・

だって、今年も既にあと3ヶ月しかないのだもの。
あーーー   (ため息いっぱい)

おまけに、なんでしょ! 今日のこのよいお天気!

なんか、落ち込む・・・

投稿者 sako : 08:32 Write:08:32

2008年07月26日

子育て最前線

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「子育て最前線」なんて、遠く昔に過ぎ去って、
そんな言葉さえ、身近なものでは無くなって久しいのに。

今日は、「子育て最前線」の座談会のお手伝い。
神奈川県の4市の自治体の担当者と、
それぞれの市の市民との、最前線トーク。

ボイスレコーダーで音声録音をしたり、
デジカメでスナップショットを撮ったりしながら、
みなさんの話を聞いていた。

そして思ったのは、
私が子育てをしていた20年以上前と
(特に上の二人の娘の子育て中の頃)
今の自治体の子育て支援の体制を比べると、
ずいぶんと進んでいる、きめ細かくなってきているんだな~
ということだった。

市によっては、小学校卒業まで、医療費を免除し、
支援センターや子育てサロンが設備され、
ホームページや携帯サイトで情報を発信し、
子育て支援の窓口が大きく広がって、
必要な親たちには、援助や支援の手が延びる。

だけど、実は、
きめ細かく体制を作っても、
モンスターペアレンツなどという言葉の通り、
その支援の上を行く、我がまま勝手な親たちの言動や、
無くならないイジメ・不登校、
昔よりずっと増えている障害のある児童、
携帯に蝕まれる親と、心を亡くす子どもたち、
と、追っかけごっこのように、問題は膨れていくらしい。

ああ、大変だなあ~ 子どもを育てるって・・・

子どもたちの瞳から、
あどけない無垢な光が失われないように・・・

それを守るのは全ての人の責任かも。

投稿者 sako : 16:19 Write:16:19

2008年07月21日

ミシン

カタカタと、足踏みミシンを踏んでいた母の後姿。
まだ、幼かった頃、飽きもせずに見ていたことを思い出す。
ミシンは、いつも、ずっしりと黒光りしていた。

母は、足を前後に動かしながら、
右手は胴体の右端にある丸いハンドルを動かして、
タイミングよく針を上下させて、
左手は布に添えて、スイスイと縫うのです。

もちろん、私だって使いました。
小学校の家庭科も、中学に入ってからの家庭科(これは女子だけ)も、
そんな足踏みミシンで色々な課題を作りました。

家では、人形の洋服を作って、着せ替えて遊んでた。
今のように買えばなんでもある時代じゃなかったから、
母から残り布をもらって、上着やスカートを作る。
ミシンで縫ったら、
それにボタンやホックをつけたり、ゴムを入れたり。

工夫して作った洋服は、きっと不恰好だったと思うけれど、
小さな私から見れば、それはどれも、
お洒落なよそゆきのドレスなのだった。

そういえば、うちの二人の娘たちは、
そんなことしなかったなあ。

小さな指先から、小さなドレスを作り出す楽しみ、
教えてあげられなかったのは、
きっと、私の責任かも。

世の中の流れがどんどんと速くなり、
なんでも簡単に手に入る。
それは、大切な時間や大切な心までも、
置き去りにしているのかもしれない。

ミシンを踏む母の背中を思い出しながら、
ちょっとだけ、切ない思いに浸っていました。

投稿者 sako : 21:21 Write:21:21

2008年06月22日

訃報

ターシャさんが、亡くなられたそうです。

多くの女性たちに、
年を重ねても、素敵な時間を作れるのですよ、と
教えてくれた魅力溢れる絵本作家のターシャ・テューダー

私も憧れて、ちょっとでも近づきたいなと、
庭に優しいお花をいっぱい咲かせる夢を描くけど、
足元にさえ近づけない。

そんなターシャさんが92歳で亡くなられたという。

幸せな人生を、静かに閉じられたのでしょう。
ご冥福を・・・

投稿者 sako : 20:07 Write:20:07

2008年05月01日

は! と気がつけば・・・

五月になってしまった!

なんだか、最近、
このエッセイを書くのを忘れる・・・
意識の外に置き去りになってるのです。

書くのを忘れる、というより、
日々の中で、「今日はこのことを書こう!」と
脳細胞に刻むことを、忘れる・・・

決して、飽きたわけでも、マンネリになったわけでも、
(ん? マンネリはあるかもだ!)

ただただ、毎日がどんどん過ぎていき、
気がつけば、前回書いたときから、1週間近くが過ぎてしまってた、
というのが現状です。

教室をやっていたころよりも、
忙しくないはずなのに・・・

心が感性を失ってしまったのだとしたら、淋しいかも?
老化したのだとしたら、焦るかも?
あるいは、鈍化したのだったら、鞭打たなくちゃ。

いつまでも、感情の水量が溢れるほどの女性でいたい、
と思うのですが・・・ 精進しなくちゃ。

とにかく、一年で一番良い季節の五月です!

投稿者 sako : 22:14 Write:22:14

2008年03月24日

天使の歌声

7時のニュースのあと、付けっぱなしのテレビから、
なんとも優しく美しい、天使のような歌声が流れてきて・・・

本田美奈子さんが、作詞家の岩谷時子さんと交わした、
ボイスレコーダーに残っていた歌声だった。

静かな病室の中で、大好きな人へ思いを込めて。

ずっと涙が止まらなくて、9時前までの番組を、
さくらの背中なでながら、見続けていた。

運命というのは、ほんとうに残酷な仕事をするものです・・・

投稿者 sako : 21:18 Write:21:18

2008年02月24日

強風の週末

教室を開いていた7年間は、
とにかく授業のことが中心で、
休みの日(結構あったのだけど)は家族のことや家のこと、
そして授業の準備などでいっぱいいっぱいだった。

だから、まるで堰が外されたように、
今まで出来なかったことに向かっている。
以前の自分に戻ったように、そんな時間を貪っているけれど、
ほんとうは、色々な焦りが気持ちを覆っているのだ。

ひとつには、歩けない・・・こと。
どこを見ても、「歩く」「ウォーキング」「山歩き」の文字。
そんな話。写真。ブログ・・・
教室をクローズしたら、あちこちを歩きに行きたかったのに、
それが何より、悔しくてとても辛い。

個人の出張授業はいくつか引き受けているし、
メールなどの問い合わせも、結構あるので、
気持ちは今も「先生」だけど、
実戦の現場を離れたら、感覚的には消失していくものばかり。
それはそれで良いとは思いつつ、
上ることがあんなに大変だったのに、
下ることのこんなにも簡単なことに、これにも形の無い焦りになる。

おまけに、今年は寒さに勝てない。
ついへこたれて、ノルマを放棄・・・
2月の予定はほんとんど却下してしまって、3月になったらどうしようか。

ちょっと憂鬱な気持ちになりかけては、
ミーハーして奮い立たせているのです。

一番の望みは、
屈託無く歩けるようになること・・・だけど、
無理すれば、いつか歩けなくなる不安が付いて回る。
そんなこと気にせず、どんどん出かけちゃうかなあ~

強風の週末。どこも砂埃でザラザラで、
気持ちも少しザラザラになりました・・・・

投稿者 sako : 21:40 Write:21:40

2008年02月13日

5年後

5年・・・の月日が流れて、
今日は運転免許の更新に地元の警察署へ行って来ました。

年齢も、5年の違いは大きい。感覚的にあまりにも大きい。

日々の移ろいの中で、2年ではさほど変わらずとも、
5年の歳月は、色々なものを大きく変えていくものです。

次の5年先は・・と思うと、ちょっとぞっとする。
う~ん、そのときの私はどうなっているのだろう・・・?

天気が良かった今日は、
足も快調だったので、往復5キロ強の道を歩いて警察署へ。
歩けるのはいいものだなあと思いながら、
5年先も、もっと快調に歩けるように、と自分に言い聞かせて。

免許証に使う写真は、夫にデジカメで撮ってもらい、
プリントアウトして持って行きました。
前回は、警察署で撮ってもらったのだけど・・・あまりにも悲しかったので。

080211kao.jpg

(ほんとうは、フォトショップで手を入れたくなったけど、グッとこらえました)

投稿者 sako : 20:55 Write:20:55

2008年02月06日

10の約束

「犬の十戒」という散文をインターネットで見たのはだいぶ前。
そのときも、胸がジンと熱くなった。
そんな「犬の十戒」を元にした小説「犬と私の10の約束」があり、
本屋さんで何度か手に取ったりもした。

買って読むまではいかなかったけれど、
今度は、その小説が映画になって公開されるという。
昨日出かけた映画館で、そのチラシを手にとって読んだら・・・
思わず、涙ぐんでしまった。

帰宅して、夫に(渡しても見ないだろうと思ったので)
声をあげて読んできかせた・・・のだけど、
途中から、こみ上げてしまって、声にならなくなってしまった。
読み上げただけなのに。

なんて、弱いのだろう。
「犬」を前面に持ってこられると、ほんとうに弱いです。
こういう映画は、我が家では「反則映画」「卑怯な映画」と呼んでいます。
感動して泣くのは、当たり前だから。それは、ずるいのです。

この映画を見に行くことはなさそうだけど(多分?)
(基本的に、反則映画は観ないことにしているのです)
そのチラシにあった「犬と私の10の約束」を、
つまり、私がついウルウルしてしまうこの「10の約束」を、
ここに書き出しました。

ほんとにほんとに、犬ってこんなです。
ますます、さくらを置いて(ペットホテルに預けて)
家族旅行なんて行けないな~ と思ったのでした。

ずっとそばにいるからね・・・さくらへ・・・

-----
1.私と気長につきあってください。

2.私を信じてください。それだけで私は幸せです。

3.私にも心があることを忘れないで下さい。

4.言うことを聞かないときは、理由があります。

5.私にたくさん話しかけてください。
 人の言葉は話せないけど、わかっています。

6.私をたたかないで。本気になったら
 私のほうが強いことを忘れないでください。

7.私が年を取っても、仲良くしてください。

8.あなたには学校もあるし友達もいます。
 でも、私にはあなたしかいません。

9.私は10年くらいしか生きられません。
 だから、できるだけ私と一緒にいてください。

10.私が死ぬとき、お願いです。そばにいてください。
 そして、どうか覚えていてください。
 私がずっとあなたを愛していたことを。

オフィシャルサイト

投稿者 sako : 22:31 Write:22:31

2008年01月04日

初詣

080104hatumoude-350.jpg

優しい声がPCのスピーカーから流れてる。
(歌っている彼女のことは、また改めてご紹介します)
そんなPCに向かって、キーを叩く。
今年も、こうしていっぱい入力するのだろうなあ。

今日は初詣へ。
何時の頃からか、一人で鎌倉八幡宮へ行くのが恒例となっている。
子供たちが小さい頃は、夫も一緒に出かけたけれど、
夫はほんとうは、初詣は嫌いだったのだって。
それで、子供が付き合ってくれなくなってからは、一人で参拝。

三が日は過ぎたけど、鎌倉駅から既に人人人・・・
八幡宮の大石段も、もちろん入場制限していて、
簡単には登れない。
それでも、そんな人並みの中を歩くのが私は好き。
みんな、何をお願いするのだろう?
新しい年は、誰にもちょっとだけ期待が膨らむもの。
今年こそ!と、色々な思いを胸に抱えて、
神殿の前で、お賽銭を投げ、手を合わせ頭を下げる。

クリスマスには教会へ出かけたり、
誰かが亡くなれば、お寺で法要を唱え、
初参りや七五三では、神主さんにご祈祷してもらい、
結婚式では神棚や、祭壇に祈りをささげる。
そんな日本人のいい加減さのことを、よく非難されるけど、
でも、いいよね。

最後にほんとうに信じられるのは「自分」だから。
ただ、ちょっとだけそんな自分が頼りなく感じるときには、
他力本願で甘えても、ね。

八幡宮でおみくじも引きました。
今年は、去年とは違った年になるはずだから、
しっかりお参りしてきました。
そして、愛する人たちの健康をたくさんたくさん祈ってきました。

投稿者 sako : 21:18 Write:21:18

2007年12月31日

あと2時間半

年末の仕事もお正月の用意も、
思いっきり省略したい・・・と言ったかと思えば、
子供の頃のあの特別な年末とお正月に郷愁を感じたりと、
相変わらずの、日々移ろう心に揺れながら、
最後の一日があと数時間になってしまった。

なんとか、今年も挫折することなく、
さんぽ道も大晦日を迎えました。
お付き合い下さいまして、ほんとうにありがとうございました。

また来年も、
勝手気ままな独り言を綴っていくことと思いますが、
どうぞよろしお願いいたします。

新しい年が、みなさまにとって、素晴らしい年となりますように、
お祈りしています。

投稿者 sako : 21:39 Write:21:39

2007年12月04日

慌しい日々の中

気がつけば、12月ももう4日。
あまりの慌しい日々は、車窓の電柱みたいに、
一瞬で後ろへと消えていく!

生徒用パソコンや液晶ディスプレイ、
椅子や本棚も嫁ぎ先へ貰われて行き、
大きなテーブルも片付けらて、ガランとなった教室。

7年の間に溜め込んだ、パソコン関連の本や雑誌、
各種のソフト、それらの箱、あらゆるCD-R類、参考資料などなど・・・
資源の日に向けてパッケージしたり、
不燃ごみの袋に入れて、多くのものが片付いた。

最初はほんの少しだけだった食器類も、
イベントが重なるごとに、自宅からカップを運び、お皿を運び、
いつの間にか、結構な数になってしまっていた。
それらは皆、又もとの自宅へと帰ってきた。

まだまだ、大物がいくつも残っているし、
処分できないものは、業者に頼まなくてはならない。
それでも、数日の間に、すっかり広々としてしまった教室。
最後に整理しようと、授業関連の書類が山盛りになってはいるけれど。

色々な思いは、今は振り返らない。考えない。
感傷に浸らない。
片付けなくてはならないことが山積みだし、
考えなくちゃならないこと、やらなくてはならないこと、
うかうかすると、オーバーフローで、
大事なことを落っことしそうだもの。

教室の新しいホームページも、12月1日には公開して、
これからがんばって、もっともっと充実させていきたいし。

やっぱり、しんみりなんてしていられません。
明日の自分が、
なんだかとても楽しみだったりしている私も、いるのです。

投稿者 sako : 20:49 Write:20:49

2007年11月25日

あの日の彼 あの日の彼女...

071125photosyu2.jpg

webで目に留まった写真に写っているのは、せつないほどに懐かしいホテルの姿。
もう何年も前に壊されて、
過去の映像でさえ、まったく目にすることもなくなっていたから、
思わず飛びついてしまった。
ああ! 茅ヶ崎パシフィックホテルだ! って。

そのホテルから、車で15分ほどのところに住んでいたこともあって、
良く遊びに出かけた茅ヶ崎パシフィックホテル。
ボーリングを楽しんでいた父とは、毎週のように日曜の早朝ボーリングに通ってた。
友達と、プールの見えるカフェでアイスコーヒーを飲むのが好きだった。
小さなアクセサリーのお店で、キラキラした指輪を買った。
駐車場に車を置いて、海へと散歩に行った。

海岸を走る134号線を、江ノ島から茅ヶ崎へ走っていると、
道の右側、防砂林しか無い景色に、
突然目に飛び込んでくる奇抜な形のホテル。
今は、あの頃の海岸線とはまるで違う景色になってしまったから、
もう記憶を辿ることさえ無くなっていたけれど。

その写真は、カメラマンの横木安良夫さんの写真集「あの日の彼、あの日の彼女」の
その中の一枚だった。
それで、迷うことなく、その写真集をアマゾンでクリックしてしまうのだった。

それは、1967~1975年まで、彼が撮り続けていた作品の写真集。
そう、まさに私がちょうど青春の真っ只中に居たときの、
あのときの時間を切り取った写真集なのだ。
しかも・・・ カメラマン横木さんが通っていた大学は、私と同じ大学で、
私の方が1年だけ先輩になる。
同じときに、同じ場所で学び、同じ空を見て、同じ東京を見ていた。
感性だけは、まるで違っていたけれど、
(私はのほほん学生だったから、こんな写真を撮る目を持っていなかった)
彼の撮った作品の中に、まさに、私が息をしていた時間と空間があった。

それは、ページをめくるごとに、私の胸をドキドキさせて、
息苦しくなるほどに強烈に、私をあの頃へ引き戻した。

実は、私が卒業したあとに、
4年生だった横木さんとはちょっとばかり接点があった。
横木さんは全く覚えていないと思うけれど、
私は横木さんをしっかりと覚えていて、
あの頃から、他の学生とは何か違う息遣いを感じさせる人だった。
まさにその通り、写真家として、しっかりと自分を築かれて、
現在、押しも押されもせぬプロカメラマンとして活躍していられる。

その横木さんの青春時代に、彼がレンズを向けた被写体たち。

写真集の中に存在する若者たちのそれらの顔が、
私自身の「あの日」と、重なる・・・
それは、今の自分とはまるで別の自分のようで、
人は、いくつもの人生を、同時に生きているのだろうか?と、
そんなことを感じてしまう写真集だった。

茅ヶ崎パシフィックホテルに、もう一度行ってみたい・・・

071125photosyu1.jpg

横木安良夫写真集 あの日の彼 あの日の彼女

投稿者 sako : 21:53 Write:21:53

2007年11月18日

最終回・・・

教室を始めたときは考えていなかったことだったけれど、
そのうちに、そうだ! 日曜日に教室を開いて、
生徒さんたちとパソコンの話をしたり出来たらいいな、
とそんな発想でスタートした日曜日のイベント。

それも、いよいよ今日が最終日だった。
スタートしたばかりの頃は、お客様も一人だけとか、
雨の降る日に、だーれも来られないときもあった記憶がある。
でも、やがて、賑やかな笑い声が満たされるようになって、
毎回、ほんとうに楽しい時間を過ごさせてもらっていた。

最終の今日は、わざわざ時間を作って、
久しぶりに顔を見せてくれた友達や、仲間たち。
そしていつもの素敵な生徒さんたち。

実は、ひょっとして今日は危ないか・・・?と思ったりしてた。
つまり、ウルウルしてしまうかな、と。
でも、みなさんとのお話がとっても楽しくて、
大笑いしながらの楽しい時間で、
ふと気がつけばもう終わりの時間になっていた。

お別れを言って、みなさんを送り出して部屋の片づけをして、
自宅に戻って・・・
日常の時間の中に帰ってきてから、
ふっと、淋しさが溢れてきてた。

でも、みなさんとはこれっきりじゃないし、
色々なイベントはずっと続けるから、
(12月にはすぐに鎌倉のハイキングもあるし)
ちっとも終わりではないのだけど、
あの教室のあのテーブルのあの椅子の・・・あの場所で、
過ごす時間はもう無いのだなあ、と思うと、やっぱり淋しい。

さて、私にはまだ残されている授業時間もあるから、
あと少し、がんばらなくちゃ!

投稿者 sako : 22:03 Write:22:03

2007年11月03日

文化の日

気がつけば、11月も3日。文化の日!

あちこちで、イベントが催されている。
お山へ行く人、紅葉の日光へ行く人、私の周りにも沢山。
夫も都内で開催される郷里の高校の同窓会へ。

私も、中学・高校、と「還暦」同期会のお知らせをもらっていて、
そちらは、既に欠席のお返事を送ったけれど、
小学校の還暦クラス会は、自分が往復はがきを作る立場。
そんな作業をしていると、季節の早さを余計に感じる。

暑い夏で体調を崩してしまっていたけれど、もうすっかり本格秋。
秋はやっぱり、イベントのシーズンなのね。
私も、少しずつギアーを入れ替えていかなくちゃ。

大物アーチストたちの来年のコンサートのチケット発売が、
今日もスタートしているみたい。

「あー いいな~  ライブの日程は土曜日と日曜日?
土曜日は教室だから、日曜日なら行けるかな?」

と、新聞の広告を見ながら思っていて、
は! と気がついた。
7年間染み付いた自分のスケジュール。
それが、この11月で無くなってしまうというのに、
頭の中のカレンダーは、まだずっと書き換えられていないらしい。

来年は、土曜日だってな~んにもないのよ!
土曜日だって、コンサートにいけるのよ! と自分へ突っ込み。

そうなんだ! いつでもOKになったんだ!
と、思うには思ったけれど・・・
コンサートのチケットを取るアクションまでは、
ちょっとパワーが足りない、文化の日の朝でした・・

投稿者 sako : 09:57 Write:09:57

2007年09月28日

再び暑い日

また、戻ってきた暑さ。今日だけというけど、
1日だけだって、もうたくさん。

朝刊をひろげれば、哀しい「死」の大きな記事がふたつ。
心優しく、勇敢なジャーナリストに向けられた銃弾と、
未来溢れる青年に向けられた、しごきという名の暴力と。

朝から、ちょっと身体も気持ちも重いまま、
今日は約束の撮影日で、機材を持って出かけました。

3時間の撮影時間に、
いくらプロとはいえ、次々に出てくるお料理に、
またまた感動しながら、シャッターを押し続ける。

070928satueisnap-2502.jpg

お料理を作ることが楽しい・・・と言う友人に、
ああ、最近は楽しみながらお料理作ること、あまり無いと、
我が身を振り返って思ったのでした。

ほとんど、義務・・・
家族のみんなに、栄養バランスの良いものを食べさせよう、
という使命を帯びながら、
台所を預かる主婦としての・・・ 義務で作ってる。

次々と、思ってもみないようなレシピが出てきて、
それらをササっと、楽しそうに作っていく友達。

今日の撮影が終わり、テーブルの上に並んだお料理を、
遅めのお昼に頂きながら、
来年は、もっとお料理を楽しもう・・・と、思ったのでした。

070928satueisnap-250.jpg

来年になれば、もう少しゆとりがうまれるはずだから。
多分・・・・?

投稿者 sako : 20:55 Write:20:55

2007年09月17日

支離滅裂

私がよく使う道路、西湘バイパスが、
先日の台風9号で崩落、通行止めとなっている。

西湘バイパスが出来て以来、初めての大きな被害。
その復旧は、なんと1年はかかるだろう・・・とか。

今週末に、その道路を通って西へ、ちょっと出かけなくてはならないのに、
通行止めで迂回して、国道1号線を走らなくちゃならない。
大変な渋滞が続いてる・・・のですって。ぞっとする。

大きな自然の力が、一度猛威を振るえば、
人間の作ったものなんて、ほんとうに脆いもの。
慢心していれば、あっというまに足をすくわれる。

そういえば、大きな事故を起こした遊園地が、また別のコースターで事故を。
これは、天災じゃなくて、人災。
ある意味では、もっと悪いことかもしれない。

今日は炎天下に、久しぶりに庭仕事。
ちょっと手を抜いていたら(暑さで・・・)どうにも、大変なことになっている庭。
こちらは、自然のたくましさを目の当たりに。

それより、私、残暑負けで支離滅裂かも・・・?

投稿者 sako : 21:47 Write:21:47

2007年08月15日

猛暑の8月15日

ほんとに、暑い!
なんでしょう、この暑さって。

水曜日は普通の授業はお休みで、
でも、今日は臨時の授業の予約が入っていた。
1時からなので、先にエアコンだけでも入れておこう、と
お昼前に教室へ行ったら、留守電にメッセージ。

あまりの暑さで、申し訳ありませんが、
今日の授業はキャンセルにしてください・・・

ほんとに、この暑さの中、歩いてこられたら、
途中で熱中症で倒れてしまうかもしれないから、
お休みの連絡に、ちょっとホッとした私。

終戦記念日・・・
どんなに暑くても、
大切な多くの命とひきかえに、
今、私たちの生きている社会が営まれているのだということ、
忘れないようにしなくてはならない、日。

茹で上がったソーメンを、氷水で冷やして、
テーブルの上に並べる私の耳に、
鎮魂の鐘の音が、静かに響いてきた。

だけど、やっぱりこの暑さは、ちょっと異常すぎです。
というより、これが当たり前の地球になってしまったのか?

猛暑の中の溶け出しそうな頭で、平和と地球環境に思いをめぐらせながら、
冷たいソーメンを食べました。

投稿者 sako : 20:18 Write:20:18

2007年07月09日

美容院その後・・・

放浪美容院のその後のこと、気にして下さった方が・・・
いたとは思えないけれど。
一応、その後のご報告です。

「追っかけ」していた美容師さんが遠くに行ってしまい、
止む無く、あちこちの美容院を放浪していた何年か・・・
3回か4回は我慢して、でも、「ああ、やっぱりダメ」と、
別の美容院を探して、ドアを開ける。
そんな繰り返しで、藤沢駅周辺の美容院を転々。
6軒目で、実は、やっと足が止まっています。
そこに通うようになってから、そろそろ2年くらい?

パーマやカットが終わって家に帰っても、
あたまをグシャグシャにしなくてもいいなんて、
ほんとうに、「追っかけ」美容師さんのとき以来。

といっても、これは単なる自己満足。
外から見れば、他の美容院でやってもらったときと、
今の美容院のときと、違いが分かるはずも無いくらいの、
微妙なことなのだけれど。

おまけに、加速度的に年を取り、
お洒落も、ファッションも、美容も、みーんな縁遠くなってる。
そんなに美容院に拘らなくても、
ちっとも変わらないよ・・・と言われそうだけど。

思ったとおりのヘアスタイルにしてくれる美容師さん、
滅多に出会えるものではありません。
きっと、女性なら誰も、分かるのではないかな。
美しい人も、そうでない人も、それなりに。

でも、せっかく見つかった美容師さん、
ちょっと変った雰囲気の人だけれど、
また遠くへ行ってしまうなんてことが、ないだろうか?
それが心配・・・・

投稿者 sako : 21:07 Write:21:07

2007年06月11日

独り言ですが

なんだか、ゆとり皆無の日々・・・

言葉もな~んにも出てこなくて、
ここの日記に書くことすら、浮かばない毎日です。

ちょっと疲れたかなあ?
少し、のんびり休みたい・・・ う~ん、無理!

でも、睡眠だけはちゃんと取ってます。
というより、夜更かしが出来なくなった。
体力的にも、精神的にも。
(1年中、朝寝坊が出来なくなったこともあるけれど)

楽しみは、ベッドに入って本を読むこと。
しかし、最近は、10分弱でダウン。
まさしく、バタン、キュ!! そのもの。
ぜんぜん先に進まない・・・ 
まだあと7冊くらいあるというのに。

さて、なかなか手ごわい宿題が待っています。
今夜もギリギリまで、PCの前でがんばります。

投稿者 sako : 20:22 Write:20:22

2007年05月23日

真理を見つけた?

本格的に、庭で花を作り始めたのが2年前。
その成果が、この春から現れて、
それまでは、ラベンダーとハーブくらいしかなかった庭に、
今、可憐な花たちが、次々と咲いてくれている。

で、デジカメの登場となる。
きれいな瞬間を閉じ込めたくて、
ファインダーを覗くことが激増したというわけ。

先日、カメラの腕前は間違いの無い、とある男性が、
「花って、どうやってレンズを向けていいか分からないんだよね」
と言っているのを耳にした。

そのとき、パッとひらめいた私。

その昔(大昔です)、モデルの女性を撮ることがあって、
その女性にレンズを向けるのだけど、
(フィルムカメラで105mmのレンズだったっけ)
ファインダーの中には、ごく平凡な画像しか捕らえられない。
どこをどう撮れば、彼女の魅力を感じさせる写真になるのか、
ぜんぜん分からなかった。

そう。そうなのだ。
日ごろ、女性のことを「美しい」とか「素敵」だとか思って、
眺めることなんてまるで無いのだもの。
急に、レンズを向けたって、自分自身で感動できるわけない。

でも、庭に咲く小さな花たちのことは、
「ああ、きれい!」「わ~ かわいい!」
「うん、こっちから見たほうがいい」「ああ、こっちも素敵!」
自分で勝手に感動してる。

だから、写真を撮れる。レンズを向けられる。

日ごろ、女性を「美しい」と思っていなかった私は(若い頃だったから)、
女性の写真が撮れなかったし、
お花をいつも見ていない人には、お花の写真を撮れない、という道理。

これって、ひとつの真理かもしれないな~
人の心は、いつも見ているものにこそ、繊細に働くのだ、、って。

庭のお花を眺めながら、そんなことを、考えたりしていました。

投稿者 sako : 21:02 Write:21:02

2007年04月24日

ありがとう

昨日のエッセイに、
思わぬメッセージを沢山いただいてしまって、
「わ~ 大変! みんなに気を使わせちゃった!」と思いながら、
ちょっとニッコリ、嬉しかった。

見回せば、
一緒の頃にホームページをスタートさせた人たちも、
コンスタントに更新している人はほんの少しになり、
IEのお気に入りには、存在の消えたページばかりがいっぱい。

最近では、ずっと週1で更新されていた貴重な日記も休止したし、
歴史の浅いブログなどは、
終了のお知らせや、更新ストップ、そして 404 Not Found ・・・が軒並み。

そんな中で、淡々と自分のサイトを更新しているページに行くと、
ホッとして、自分の存在までもが、やっと確かなものに感じられる。
あまりに、不確定なものが多いと、
意味の無い不安に落ちてしまうのかもしれない。

ということは、こんな私のサイトでも、
書いていることは日常の他愛ない出来事でしかなくても、
知らずのうちに、誰かの気持ちを、ホッとさせているのかも・・・?

それはなんとも、ほんわかと嬉しいこと、
と同時に、ちょっとした責任も感じて、
さあ! また頑張っていこうか、と思ったのでありました。

でもきっと、進んだり止まったりの繰り返しです。
どうぞ呆れないで、長いお付き合いをお願いします。

投稿者 sako : 20:08 Write:20:08

2007年04月23日

言い訳かな?

この頃は、
2,3日続けて「小さなエッセイ」を書くと、
ポコっと空気穴が開いたみたいに、スーっと抜けて、
はっと気がつくと、数日、更新しない日が続いてる。

その間って、実は、
「小さなエッセイ」の存在すら忘れてるのです。
だから、ネタのこと、なんにも考えてない。

気がつけば、もう少しで、この形式(ブログ)の日記になってから、
ちょうど丸2年になるのです。
エントリー数は、ただ今481個です。

さんぽ道をスタートして、とりあえず日記形式のものは、
ずっと続けているので、
最初から数えれば、8年以上続けていることになるけれど。

いつも、今日の日記には何を書こうかな?と、
気にしながら生活していたのに、
そんな私が、何も気にならない日が続く、というのを、
自分の中でどう捉えたらよいものか・・・?

単純に、慣れとか飽きたとか・・・
あるいは、単純にボケているとか・・・
または、単純にネタ切れとか・・・

でも、この日記は、私の友人たちへの、
「私元気で暮らしてます」というシグナルでもあるから、
トボトボ、、、のそのそ、、、であっても、まだずっと続けていくつもりです。

更新が滞ることがあるとは思いますが、
たまには(たまでいいですよ)、「どうしてるかな?」と訪ねてくださると、嬉しいです。

投稿者 sako : 21:19 Write:21:19

2007年04月13日

13金

13日の金曜日だった!
最近は、誰もあまり言わなくなったけれど、
悪いことや嫌なことを、何かのせいにすると気が楽になるから、
人は、こんな厄日を盛り上げてしまうのかな?

最近世の中で、「13日(金)」が盛り上って無いということは、
悪いことを負いかぶせる
他のターゲットができているということかな?
「13日の金曜日」は、既に忘却のかなた?

社会が複雑になってくると、人の心も多様化する。
ひとつの事柄に、頷く人と首を振る人と、その間の人と、
意見が多重露光されて、物ごとが逆に見えにくくなっていく。
そんな気がする最近です。

なんて、難しいこと言いたいわけじゃなく、
代理出産で、ボランティアを公募したという病院の話・・・

我が子が欲しいと思う夫婦の気持ちは、
痛いほど分かる。分かるからこそ、
どこかの基本ラインから、何か違う線が引かれているような、
そんな気がするのに、その線をDeleteできない。

今日は、今冬初めて、風邪でダウンしてて
(といっても、熱は無く、単純な上気道をターゲットにする感冒)
えい! 寝ちゃう! と日中ずっとベッドの中。

ボーっとした頭で、はっと気がついたのが「13日の金曜日」でした。
最近ちょっと低迷していたマイハート。
低迷と感冒は、13日の金曜日に載せて、ぱーっと吹き飛ばしてしまいましょ!

だけど、人生ってほんとうに、自由にならないものなのですね。

う~ん、なんか、ちぐはぐエッセイでごめんなさい・・・

投稿者 sako : 20:43 Write:20:43

2007年04月03日

取るに足らないこだわりだけど

4月です。桜はもう満開を過ぎて、
今日の雨に、花びらが塗れた歩道をピンクに染め、
あのさしもの桜協奏曲も、エピローグへと向かっています。

桜の次には、あちこちと、愛らしい花たちの競演がスタート。
先を争うように、蕾たちが膨らんで、
花好き人の心をワクワクとさせてくれています。

さて、話は違うけれど・・・
お花のブログを貪るように読み始めてから、
とても違和感を感じたことがあった。

ブログのエントリーの中に見つかるこんな表現。
「この子は植え替えたばかりで・・・」
「やっとこの子も咲いてくれました」
「やっぱりこの子の色も白でした」

育てている花たちを、ブログのオーナーたちが、
こうして「この子」と呼んでいるのに、よくぶつかる。
可愛いお花だもの。育てている者にとっては、
かけがえの無い「この子」になるのだろう・・・ケド・・・

私は、自分の育てた花たちを、
どうしても「この子」とは呼べない。呼びたくない。
きっと、私はへそ曲がり?

じゃ、私はお花たちをなんと呼ぶかというと。

ブログのエントリーの中では常に、花の種類の名前で呼びます。
「ムスカリが咲きました」「ミスティパープルの色、素敵です」

そして、そんなお花たちへは、
「あなたも咲いたのね」と声をかけることはあるけれど、
「この子」と紹介する感覚にはなれなくて。

何でかな? こんなに違和感を感じてしまうのって・・・?

多分私にとって、お花は、「子ども」という存在じゃなくて、
私を喜ばせてくれる「あなた」という存在なのかもしれない。

こんなこだわり、きっと取るに足らないことなのだろう。
だけど、ブログを読むたび、どうしてもひっかかってしまうことでした。

投稿者 sako : 21:42 Write:21:42

2007年03月25日

思い出のコカコーラ

コカコーラは、たくさんの思い出と重なっている。

ちょっとかっこいいな~と思っていた人が、
あの瓶からコカコーラを飲み干す、その喉元を見て、
胸がドキドキしたこと。

ピザにはいつもコカコーラ。
六本木のニコラス。
注文したピザがテーブルに届いて、「さ、食べよ」と思ったら、
誰かがコカコーラの注がれたグラスを倒して、
「コーラかけピザ」になってしまったこと。

荒崎の海岸に、コカコーラとファンタの瓶を持って行って、
岩の上に並べる。
ちょうど夕日が沈みかけていて、オレンジ色を透過させてきらきら輝くコカコーラの瓶。
カメラはマミヤC3。
そんな写真を撮ったこと。
あれはカラーのリバーサルで商品撮影をする課題だったっけ。

最初にお酒と出会ったのは、コークハイ。
コカコーラにちょっとウィスキーを加えると、
途端に、みんなの心を軽快にさせる飲み物へと変身する。
友人たちとワイワイ過ごしたあの時間。
夜中に、酒屋さんを叩き起こして、
コカコーラを売ってもらったことも懐かしい。
酒屋のおじさん、ごめんなさい。

缶はまだ無くて、コカコーラといえば、いつもあの瓶。
白いCoca Colaの文字が印象的な、あの瓶。

やっぱり、私にとっても、
コカコーラは特別な飲み物に間違いありません。

投稿者 sako : 22:07 Write:22:07

♪スカっとさわやか!

コカコーラを初めて飲んだのはいつ?

の答えを明確に出せる人もいるらしい。
(たとえばうちの夫)
私は、覚えてない。多分中学生のころ?

でも、初めて飲んだ時の感想は覚えている。
「まずかった・・・」

なんだか、薬くさくて、甘いけどまずい。。
三ツ矢サイダーや、リボンジュースみたいには、素直に美味しくない。

だけど、特別な気持ちになった。
ちょっと大人になったような、そんな気持ち。
そして、本当はまずかったけど、「美味しい!」と答える。
大人はこれをまずいと言っちゃいけないのだ、と心で思ってたから。

そして、次からは、「何飲む?」と聞かれたら、
かならず「コカコーラ」と、即答する。
ほんとうは、まずいと思っているのに、まずくても飲むのはコカコーラ。
「三ツ矢サイダー」なんて、もう言えない。

やがて、コカコーラが美味しいと、本気で感じるようになる。

不思議な飲み物、そして、世代を代表する飲み物。
スカッとさわやかコカコーラ! だった、あの頃・・・

投稿者 sako : 07:36 Write:07:36

2007年03月09日

久しぶりのランチタイム

息子が小学校3年のとき、
クラスの役員を引き受けて、そのときの役員たちと未だに繋がってる。
といっても、思い出したようにランチの集まりがあるだけだけれど。

そんなランチ会も、パソコン教室の授業日程と重なって、
私はほとんど欠席だったけれど、
今日は久しぶりに、一緒にランチ&カフェタイムを過ごしてきた。

もう13年も前になるんだなあ~
みんな可愛い小学生だったのに、その子達は成人して、
気がつけば、私たちもしっかり年を重ねてる。

と言っても、私だけ、平均よりは飛びぬけて年上。
息子を産んだのが、だいぶ遅かったから。
他のお母さんたちは、まだまだずいぶん若い!

話題は、あの頃の学校のことや、今の学校のこと。
教師のことや、その後の子どもたちのこと。
受験のこと、進学先のこと、そして就職のこと。

子どもの繋がりで知り合った仲間は、
どうしても、子どもの話題がほとんどを占める。
私としては、とってもとっても珍しいこと。
(私が友達と過ごす時間は、いつも、自分たちのことが中心だもの)

僅か10年ほど前の小学校。
いじめもあったし、トラブルも多かったけれど、
それでも、今思い返せば、なんとも暢気だったな~と、
それぞれのお母さんは、それぞれに思いを巡らせる。
懐かしい小学校の校舎の風景を。

どの子もみんな、今、やっと自分の力で歩き始めて、
明日の自分を見つけられそうな、そんな年頃に成長してる。

だけど、母親の役目は、まだまだ・・・
リタイアの時までには、だいぶ時間が必要かな。
体力、付けておかなくちゃ。

投稿者 sako : 21:01 Write:21:01

2007年03月07日

季節を感じるものは?

私が「季節」を感じるもの・・・

夏は“光”に
秋は“色”に
冬は“音”に

そして、春は“匂い”に

身の縮むような寒い朝、
ガラス戸を開けて外に降りたとき、
ふと、朝の空気の中に「春の匂い」を感じて、
あ・・・ また春が来たんだ・・・と。

その春の匂いは、
土のしめっぽい匂いのようでも、
動き出した植物の新芽の匂いのようでも、
空気の中に含まれる、かすかな水分の匂いのようでも・・・

毎年、3月になると、
そんな「春」を感じる瞬間があるというのに。

今年は、まったくありません。
早くから、暖かい冬。春と間違える冬。
3月ともなれば、初夏と間違えるような早春。

今年ほど、「春」の訪れを感じない年はなくて、
それよりも、
「春」の先にある、過ごしにくい季節の予感さえして、
なんだかちっとも、嬉しくない3月です。

投稿者 sako : 11:26 Write:11:26

2007年03月01日

さて、3月!

どうしよう、3月だって!

はっと気がつけば、2月が終わってしまった。
今年こそ、誕生日月の2月を、
素敵な月にしたいな、と思ってたのに、
な~んにも、な~んにも、無かったなあ。
悪いことばっかりだった。

そして、瞬く間に3月。

ひとつ片付けば、
ひとつ気になることが生まれ、
ひとつ安心すれば、
ひとつやっかいなことが生まれる。

Vistaにも、少し慣れて、
Office2007のWordやExcelにも、
なんとか、
新しい良いところを見つけることができたけど、
じゃ、テキストは?
じゃ、カリキュラムの更新は?
ぜんぜん・・・NO!

なんだか、毎日何をやっているんだか・・・?

さて、3月!
み~んな、良い方向へとひっぱっていかなくちゃ。
桜も咲くし、ネ!

投稿者 sako : 21:30 Write:21:30

2007年02月12日

春だというのに

めちゃくちゃ、落ち込み中・・・・

投稿者 sako : 14:09 Write:14:09

2007年01月15日

共感脳

何のテレビ番組だったか、
サラッと聞き流していた番組の中で、
「女性には共感脳があるが、男性には無い」
というような話をしている場面があった。

瞬間、納得!
ほんとうにその通りだなあ・・・
と、印象に残ってしまったこの「共感脳」

女性は、少女のころから、女友達と「共感」を分け合ってきた。
女友達に相談すると、
「そう、そうよねえ~」と共感の声が返ってくる。
すると、絡んだ心がほどけて、
「ね、そうでしょ。それでね・・・」と、軽くなった心で話が続く。

ところが、相手が男性だとこうはいかない。
絡んだ心の中を打ち明け相談すれば、
まずほとんどの男性は、
「ふ~ん、○○することはできなかったの?」
「ああ、それは考え方が違うんじゃないかな」
などと、まず、こちらのマイナス点を指摘して、
一足飛びに解決策を指導される展開になる。

「共感」をしてくれる、と思って話したら大間違い。
肩透かしをされたようで、絡んだ心が余計に重くなる。

多くの女性が、友達に、「話を聞いて」と相談するとき、
ほとんどの場合、一番欲しいのは「共感」で
「解決策」は、
既に自分の心の中に形作られているものなのだ。

だから、あとは、その「解決策」にも共感してもらうか、
自分よりも知識の多い友人に、ほどほどのアドバイスがもらえたら、
それで十分満足できて、心が軽くなる。

だから、欲しいのは「共感脳」

年を重ねるほどに、これは顕著になっていくみたい。
女性が、いくつになっても、同姓の友達を必要として、
同姓の友達といるほうが、ずっと楽しく過ごせるのは、
そんな「共感脳」のせいなのだ、とあらためて気がついた。

見回せば、自分の夫も含めて、
「共感脳」を持った男性に出会ったことはほとんど無い。
(全く無い、、とは言わないけれど)

そして、この頃ますます、切実に嬉しく感じるのは、
「ほんとね~ そうよねえ~」と頷いてくれる共感脳。

さて、今年もそろそろ、そんな共感脳とお酒が飲みたいな~

投稿者 sako : 16:01 Write:16:01

2007年01月03日

今年への想い

1年の始まりは、とりあえず、
今年の自分を思い描いてしまうもの。
多くの人の胸に、「今年は」「今年こそは・・」と
カラフルな誓いや抱負が抱かれたのではないのかな?

もちろん私も同じ。
除夜の鐘を聞きながら、静かに浴槽に身を沈めている時間が、
いつもこの「今年の誓い」の時間になる。

1年は短い。ほんとうに早すぎる。
けれど、間違いなく365日あるのだもの。
1日1日に思いをかければ、それは365個も積み重なる。

おろそかにしたら、それだけの365個。
大切にしたら、ひとつひとつがキラめく365個。
いえ、全部キラめかなくてもいいけれど、
30/365 くらいはキラめかせられるかも?

何しろ、昔の人ならもう完璧おばあちゃんの年頃。
キラキラさせるなんて、気恥ずかしいことだったかもしれないけれど、
現代じゃこの世代なんて、まだまだ。
80、90歳代の現役バリバリの人からみれば、ひ弱なヒヨっ子に近いはず。

なので、キラキラしたって、気恥ずかしくないのです。

昨年秋に、生協で
「ターシャの庭」という2007年カレンダーを購入した。
思ったより大きくて、壁面いっぱいに飾られたカレンダーの最初のページ。
綴られた91歳のターシャの言葉が、胸にキュンと染込みました。
まさに、私へかけられた言葉のよう。

それを転載して、私の新年の思いに変えることにしました。
(著作権を侵してしまうけど・・・ ごめんなさい)

070103clender1.jpg

  わたしは、ひとりでいることが好きなの。
  自分勝手といわれるかもしれないけれど。
  子供たちが家をでていってしまったからといって
  寂しさにうちひしがれているお母さんたち、
  ちょっとまわりを見回してごらんなさい。
  やろうとおもえばできる楽しいことが、
  たくさんあるじゃありませんか。
  人生は長くないのよ、
  うかうかしてたらすぐに終わってしまうわ。

070103clender2.jpg

投稿者 sako : 11:03 Write:11:03

2006年12月27日

掃除しながら考えたこと

形ばかりの年末の掃除をしながら、
あれこれと考える・・・ 頭は暇だから。

来年は、誕生日が来ると、
私にとって一つの世代の終わる最後の1年となるのです。
(って、年がバレバレ、、 あ、今更隠すこともないけれど)

人生って、世代ごとに区切りがあるなあ、と感じたのでした。

私の場合はこんなです。

0歳代、10歳代・・・は、まあ置いておいて

20歳代・・・恋愛して、結婚して、家庭を作り、子供を生んだ

30歳代・・・もう少し生んで(^^;)、そしてひたすら子育ての明け暮れ
家族を中心として、すべての時間がそこから回っていた

40歳代・・・子育ては続いたけれど、自分に返ろうとしていた
カルチャーに通い、新しい知識を求めて、母や妻以外の場所を探してた
一人でライブに行き、映画に行き、食事をし、そして一人で旅もした

50歳代・・・資格を取って、教室を開き、日々がパソコンに明け暮れた
学び、教え、頼られ、また学ぶことを繰り返して、瞬く間に過ぎていく

そして・・・ やがて来る60歳代は・・・?

平凡な専業主婦だったし(今は一応働く主婦だけれど)、
ごく当たり前の女性で、ごく普通の母と普通の妻の私。
その私の新しい世代が、あと1年と少しでスタートすることになる。
来年は、その新しい世代への助走の1年かな?

食器棚を整理しながら、気がつけばいつの間にか、
ながーくなった我が人生をなぞってみたのでした。

投稿者 sako : 20:07 Write:20:07

2006年12月24日

イブの夜だから

とりあえず、骨付き鳥ももを人数分焼いて、
ポテトのソテーやフレッシュサラダを作った夜ごはん。
食材を買いに、街を歩くと、
コンビニの前も、パン屋さんの前も、
若いアルバイトの女の子が「クリスマスケーキいかがですか~?」
と、ちょっと寒そうにしながら声をかけていた。

そう、クリスマスイブだものね。

ほとんと関係ない・・と、不満そうに言ってみるけど、
だけど、心の中は、なんとなくなんとなく。

クリスマスが、なんとなく切ないのは、なんでかな?

きっと、沢山の「クリスマスなんて関係ない」とつぶやく大人たちも、
どこか心の中で、なんとなく切ないのではないだろうか?

それは、ね。

ずっとずっと、自分がまだ、ずっと若かった頃、
恋しい人を想って、一人で過ごしたイブがあったから・・・
大好きな彼に贈る毛糸のマフラーなどを編みながら、
でも結局渡せずに、一人きりで過ごしたイブがあったから・・・
教会のミサに並んで、美しい賛美歌に心震えた夜があったから・・・
恋人同士で、寒い夜道を朝まで歩いたイブがあったから・・・

もう、すっかりロマンティックではなくなってしまった夜だけど、
そんな遥かなイブの夜が、心のどこかにジンと滲んできて、
それで、切なくなるのかな。
そんな風に思います。

すべての人に、素敵なイブの夜を・・・

投稿者 sako : 20:38 Write:20:38

2006年12月12日

命・・・

今年を現す漢字は「命」と決まったそうだ。

そう。今年はいじめによる自殺が相次ぎ、
また、飲酒運転による死亡事故にも胸を痛めた。
命の尊さと相反して、命の軽さに、ほんとうにやりきれない1年だった。

そして私には、人間以外の命についても、沢山の思いが重なる1年だった。

あちこちで人里に出没した熊たちは、次々に殺されていった。
小さな小熊から、大きな熊まで。
地面の上に横たわる熊の体。熊は何も悪くないのに・・・と
いつも不満だった。
熊の居場所を奪ってしまったのは、誰でもないこの人間たちなのに。

一方で、崖に逃げ込んだ野犬を、必死で救い出そうとする人間。
哀しそうに助けを求める野犬の遠吠えに、誰もが胸を痛めた。
崖から網の中へ落ちて、助けられたときはほんとうにホッとしたけど、
でも、とても複雑だった。

この野犬を飼いたいと申し出た人が何人もいたという。良かった・・・

だけど、元はといえば人々が飼えなくて捨てた犬が野犬になり、
捕獲されたらほとんどは、そのまま殺処分となる。
助けられた犬の命と、殺処分される犬の命、どこで違ったのかと?

広島ドックパークの事件は、誰もが、痛ましい犬たちの映像に憤りを感じた。
その後、多くの犬たちが救われていった様子に安堵したけれど、
今度は、犬たちの保護を行っているアークエンジェルスという団体に
寄付金横領の疑惑が持ち上がっているという。

アークエンジェルスwebサイトの弁明ページ 

真相は分からない。だけど、人間の身勝手が、
口のきけない動物たちの命を弄んでいるようなことばかりが続く。

いつから、人間ってこんなに偉くなったのだろう?
今年の漢字になったという「命」の重さ、改めて考えてみなくては・・・

投稿者 sako : 20:26 Write:20:26

2006年12月07日

時間を越えて!

ほんとうに1年の過ぎるのが早くて・・・と、誰もが口を揃えて言う。

もう少し若い頃、「年を取ったら、そう60歳くらいになったら、
もっと1年がゆっくり過ぎるのだ、、」と信じてた。
だのに、どうでしょ。
年々、1年が早く過ぎるようになっている。
これじゃ、その60歳になったときは(目前だけど)、もっと早く過ぎて、
80歳くらいになったら(そんなに生きる?)どうなっちゃうのだろう?

何故、年を取るほどに1年が早いのか。
とあるサイトのエッセイにも、そんな話が載っていた。
そこに書かれていた新解析(?)
4歳の子の1年は、その子の人生の4分の1だけど、
50歳の人の1年は、その人の人生の50分の1だ。
数学的に見て、4分の1と50分の1では、その量の差は歴然である。

ふり返る歴史が長いほど、その中の1年なんて、
粟粒ひとつの大きさでしかなくなるから。
確かに、そうかも・・・ なんて、妙に納得してしまった。
多少無理はあるにしても(-_-)

それから、以前、生徒さんのこんな解釈にうなったことがあったっけ。

年を取ると、処理能力が激減。根気も激減。
若い頃、3時間あれば、5つくらいの仕事ができたけど、
今は、3時間あっても、1つくらいしか仕事が終わらない。
12時間あれば、20個も仕事が出来た若い頃。
今は、12時間(約一日)かかっても、3つも仕事が出来たら上出来。

だから、毎日が忙しくてたまらない。
ちっともゆっくり出来なくて、忙しいまま、あっという間に1年が過ぎる。
年をとるほど、1年が早いんですよ。

70代後半の生徒さんにそう言われて、これも本気で納得。
そうそう。処理能力って、ほんとに減ってしまうのよね~

そしてまた、大きな誤算も生まれてる。
子供たちって、25歳くらいまでには、み~んな自立して、
家の中はすっかり静かになり、
あとは、私の天下になる! 時間も一日も思いのまま、と思ってたのに・・・

かくして、「年を取ったら、ゆっくりできる」との夢はもろくも崩れ、
また、今年も矢のように1年が過ぎて、いよいよほんとに暮れようとしている。

どうしたら、もう少しゆとりある人生を送れるのか?
取捨選択が大事?
いえ、取じゃなくて、捨の方がとっても大事。
来年は、捨・捨・捨・シャ・シャ・シャ・・ で、
身体(体脂肪ですが)も心も身の回りの全ても、みんなスリムにして、
ゆとりの時間を生み出さなくては。
処理能力が完全にダウンしてしまう前に。

投稿者 sako : 20:20 Write:20:20

2006年11月20日

なんとか再スタート

久しぶりの「小さなエッセイ」
どう書き出してよいやら、言葉もなかなか続かなくて・・・

突然、起動途中で止まってしまったパソコン。
前夜まで、元気に働いてくれていたので、
まさかこんなに突然、昏睡状態に陥るなんて思いもしないから、
心の準備も出来ていないし、バックアップもおざなりだったし。

パソコンは、入院して、開腹手術をし、
頭脳部分はそのままに、心臓部と骨格部分は、
ドナーのパソコンから臓器移植。
元の心臓は、働くことこそできなくなったけれど、
中身はそこそこに無事だった。
また、口の部分も交換手術。
おかげでDVDの読み書きが出来るようになって、それは余禄?

あ、もちろん手術を執刀したのは私ではなく、
入院させて、やっと退院してきたパソコンを、
今、少しずつ元の状態に戻しているところです。

それでも、大きな手術と臓器移植をしたパソコンは、
今後、どのくらいがんばってくれるのか、
ちょっと心もとない気持ちで、作業をしています。

そんなパソコンのトラブルで慌しかった日々に、
さくらの手術が決まって焦ったり、
ほとんど使わないB5ノートPCで、
メールを書いたり、インターネットの画面を見ていたら、
極度の眼精疲労に襲われて。
そして初めて気がついた自分の目のとんでもない悪さ。
眼科やメガネ屋さんに飛び込んで、新しいメガネを購入しました。

この半月ほどの間、
そんな、なんとも目まぐるしい日々でしたが、
ちょっとくたびれた両目を労わりながら、
またエッセイを続けていくつもりです。
スローペースでのんびりと・・・
よろしくお願いいたします。

投稿者 sako : 21:37 Write:21:37

2006年10月11日

ちょっとサボって

今日は、珍しく特別授業の入らない水曜日。
ひさしぶりに、フリーな平日で、ゆったりした午前を過ごしてる。

J-WAVEを聞かずに、今日はテレビをつけっぱなし。
NHKの国会中継は、さっきからずっと、舛添さんの質問が続き、
内容は北朝鮮の一連の問題について。
安倍さん、総理大臣になった途端の大きなウェーブに
どう処理をしていくのだろう?

半そでのTシャツ、夏姿で庭に降りると、
日焼けしそうなまぶしい太陽。
友人のブログでは、収穫前の棚田の美しい写真、
また他でも、秋の入り口のような山々の風景、木々の枯葉色。

忙しいと愚痴をこぼしていると、見損なう折々の色やシーン。
しっかり見落とさないようにしておかなくちゃ。

せかせかと家事をしながら、
テレビの国会中継ものぞきながら、
秋の少し暑い日ざしの下で、そんなことを思っておりました。

いえ、キーボードで書いておりました。

ん? つまり、サボってるんじゃん。
掃除の続き、しなくっちゃ~

投稿者 sako : 10:10 Write:10:10

2006年08月21日

夏休み明け

思いもかけず、webの夏休みを取ってしまった。

小さな旅や、友人とのお出かけ(飲み会?)、その他のイベントはあったけれど、
教室の夏休みは1日だけで、
あとは授業もしてたし、家事に追われるいつもの毎日で、
実生活は夏休みというわけでは無かったけれど、
webをお休みにすると、とてもゆっくりできるのが驚きだった。

やっぱり、自分の中で、大きなウェイトを占めていたのだな、と
あらためて実感・・・したことでした。

もちろん、パソコンは触るし、お決まりのホームページやブログは見るし、
メールの送受信もいつもと同じ。

でも、更新しなくて良いというのは大きかった。
だから、その間、すっかり早寝早起きの優良主婦。

じゃ、もう止めます? って、誰かに聞かれそう・・・?

いいえ、止めません~
また、いつものように、ボソボソやっていきます。

こんな気ままで我侭な私ですが、
お付き合い下さったら、嬉しいです。

投稿者 sako : 19:42 Write:19:42

2006年07月24日

小さなお布団

とある温泉の町、30年ほど前に、
母が生前の数年を暮らしていた場所があります。

ときどき掃除に行っては、温泉につかってのんびりしたり。
友人を誘って、花火の夜を楽しんだり。

定期的に掃除に行っていると、あるとき・・・
もう15年ほど前の、あるとき。
押入れの行李の中を整理していたら、
小さな小さなお布団が出てきたのです。

私は思わず、そのお布団を抱きしめました。

それはお人形のお布団で、
私の母が、私の娘(そのときは長女しか生まれていなかった)のお人形用に、
チクチクと手縫いしたお布団。
母の着物のはぎれだろうか。
おそろいの布の小さな枕まで揃っていて。

私はその小さなお布団を胸に抱きしめたまま、
しばらく、一人で泣いていました。
すっかり忘れていた、母のぬくもりが、
その小さなお人形のお布団から、私の胸に伝わってきました。

そして、そのまま、そっと行李の中にしまっておいたのです。

今日は、古い行李の中を整理するために、
またその小さなお布団を出しました。

デジカメで写真を撮ってから、
大切に大切に、引き出しの中にしまいました。

今度、娘に見せなくちゃ・・・

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お留守番のルーク君を寝かせてあげました。
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投稿者 sako : 21:24 Write:21:24

2006年07月20日

あ!あ!あ!あ!

1週間は「あ!」で終わっちゃうのね、
だから、1ヶ月は「あ!あ!あ!あ!」で終わり。
もう早いこと、早いこと。

授業のとき、生徒さんが笑いながらそんな風に仰った。
その素敵な生徒さんは、ビックリ! もうすぐ79歳のお誕生日とか。
Wordなんかバリバリで、いつもスラッとしたスタイルで、とってもお洒落で、
思い立てば、鎌倉でも東京でも、日帰りで軽井沢までも行ってしまう。

そんな生徒さんが、実感を込めて
1年1年の過ぎ行く速さを嘆いていられた。

次の時間でも、ちょうど同じくらいの世代の生徒さんが、
「毎日早くて早くて、いやになっちゃいますよ」と同じ嘆き。

そう、教室の生徒さんたち、みな口を揃えて時間の過ぎる速さを嘆かれる。

まだ若かったころ、子育てに忙しくて、
ゆっくりした時間がまるで取れずに、日々に追われていた私は、
「いつか、年を取れば、有り余る時間が手に入る」と信じてた。

年を取れば、時間はゆったりと流れ、
季節のうつろい、折々の自然、人々とのふれあい、すべてが、
静かにじっくりと感じられるようになるのだ・・・と、信じてた。

けど、生徒さんたちと話していると、
ぜ~んぜん違うみたい。
時間の流れは、年を取るほどに速くなるのだそうだ。
ほんとうに、1年間が矢のように飛び去っていくのだって。

大変! これ以上早く流れたら、どうしよう。
今から、覚悟して、時間の流れの速さを緩める方法を考えておかないと。
ほんとうに、大問題!

投稿者 sako : 20:08 Write:20:08

2006年07月02日

弱気な内緒話

教室をスタートして、この秋が来れば6年になる。

開設したときの自分の中の思いは、5年間がんばれればいいかな、だった。
たった5年?と人は言うかもしれないけれど、
元々、コンピューターの知識など全く無い私が、
ただ「中高年の人たちに少しでもパソコンの楽しさを」という気持ちだけで、
パソコン教室などという大きな仕事、5年も続けられればいい方だろう、
と思っていたから。

その5年は、あっという間に過ぎ、時は瞬く間に、更に上に重なっていく。

その間、Windowsは、98とMe の時代から、XP へ変わり、
そして、来年は Vista へと移っていく。

XPに変わったとき、新しいOSを、人より先に慣れようと勉強して、
テキストも、徐々にXP対応のものに作り変えていった。

WordやExcelも、Office2000 から 2002 今は 2003 になり、
2007にバージョンアップする日も目前に迫っている。

今度は、かなり変更されているので、
以前のテキストでごまかすことは出来ないから、
あの山のようにあるテキストを、2007対応のものに作り変えていかなくては。

いえ、それよりも前に、
私が新しいOS やOfficeを覚え、慣れておかなくてはいけない。
指導というものは、教える範囲の知識の一回りも二回りもゆとりを持っていないと、
とても対応できるものではないから。
ちゃんと、しっかり勉強しておかなくちゃ。

と・・・ 頭の中で考えていくと・・・

う~ん、そのエネルギーが私に湧き出てくるのかな?
どこからどうやって、そんなエネルギーを搾り出していったら・・・・・・

Vistaが出るのと前後して、フェードアウトだろうか?

でも、昨日も、私と同じ年の男性の生徒さんから、
私のそんな「迷い」を見透かされて、
「教室を止めるなんて、言わないで下さいよ!」と念を押されてしまった。

私の弱気を知っていて、早々と背中をなでて勇気付けてくれる人が何人もいる。

とにかく、60歳まではがんばろう・・・と、今思えるのは、その辺りまで。
でも、その前に立ちはだかる Vista と Office2007 が、大きな壁だなあ~

投稿者 sako : 20:02 Write:20:02

2006年06月06日

忘れてしまっていた時間

060606letter.jpg

ふんわりぬくもりの感じられる手紙が届きました。
もう25年ほども前からの友人です。
(指折り数えると、その年月の長さにビックリ)

感性のとても豊かなその友人に感化されて、
彼女に教えてもらいながら、パッチワークを覚えたのだったっけ。
一緒に、お教室に習いに行ったり、
友人の家で、チクチク針を動かしながら、いろいろなお喋りをするのが、
私にはほんとうに楽しい時間だった。

でも、もう何年、そんな時間を過ごしていないだろう?
小さな布を繋ぎ合わせて、少しずつ少しずつ、
形になるものを仕上げていく。
それは、すぐに結果がでるものではなく、
ゆったりとした時間の流れの、そのずっと先へ、
イメージを膨らませながら、作り上げていく。

今、私のしていることは、ほとんどが、速効的に結果が出てくる。
パソコンはその最たるもの。
キーを押せば、すぐに反応して、答えを出してくれる。

静かなゆったりとした昼下がりの光の中で、
チクチクと針を動かして、時を過ごす。
そんな贅沢な時間を、まるで忘れてしまってた。

「作品を見せてね」と頼んだ私に、答えてくれて、
こうして送ってくれた愛らしい作品たち・・・に
忘れていた贅沢な時間を、ふと思い出したのでした。

また、いつの日か、そんな時間を過ごすことがあるのかなあ?

投稿者 sako : 21:21 Write:21:21

2006年06月03日

300!

今、何気なく見てみたら、
この「小さなエッセイ」のエントリー数が300になっていた。

去年の5月からスタートして、1年ちょっと。
おおよそ、毎日ひとつ書いていたんだなあ~

うん、ごくろうさん(自分へ・・・)

投稿者 sako : 22:49 Write:22:49

2006年06月02日

疲れたな~

かなり疲れているみたい?

文章を書き始めると、
途中で止まって、後が続かない。

こんなこと、書いても意味無い・・・と、
Deleteキーを押すことばかり繰り返している。

何も書くこと、ないじゃん・・・・

あ~ お休みが欲しい・・・
そんなため息が、今日は一日中出てた。
ここ1ヶ月、お休みはいつも臨時授業が入って潰れてばかりだったから。

最近、本当の意味の、お休みが無いのです。
授業はもちろん、何もノルマのない1日、
ぐだ~っと過ごせる1日があったら、
疲れた頭も、リフレッシュするのでしょうか?

主婦って、しょせん、死ぬまでそんな日が訪れないのかも・・・?

のんびり朝寝して、母親に洗濯をしてもらい、
食卓には美味しいご飯が待ってて、
1日することもなく、欠伸してたシングルの頃・・・
なんて懐かしいのでしょう。

あ~ぁ・・・・・・

投稿者 sako : 20:43 Write:20:43

2006年05月27日

ひとりよがり?

心というものは、
予定通り、計算通りには、いかないもの。
人生の後半もかなり過ぎ、もう分かりきってはいたことだけど。

ときには、迷い道に紛れ込むこともあるのです。
私って、何なのかなあ?と、
とある言葉に足先が躓き、進む道を見失う。

何かのために、誰かのために、
心を割いてきたつもりが、独りよがりだったことに気がつかされて、
肩から力が抜けるほど、大きなため息ひとつ・・・

あなたは、そんなことありませんか?

投稿者 sako : 21:58 Write:21:58

2006年05月26日

校友会報が届いて

在学した学校の校友会会報が届いた。
もう全く縁は無くなって、母校の記憶さえ、忘却のかなた・・・
でも、ページだけはめくって、
知った名前が無いかどうか、と読み進んでみる。

と、
ページに載っている写真は、
懐かしい校舎の解体作業風景だった。
そっか、みんな壊されてしまったんだ・・・

あの、荒れまくった大学紛争真っ只中のときに学生時代を過ごし、
紛争にはまったく関わらなかった私でも、その影響をまともにうけた。
全共闘のストで封鎖された校舎。約1年、授業はほとんど行われなかった。

闘争明け、授業が再開したあと、
新築の校舎が出来て、(闘争前から出来ていたのだったか・・・?)
ピカピカの校舎で、卒業までの残りの授業を、
ほとんどトコロ天状態で受けたのだったっけ。

(ストで1年間が消えたはずなのに、ちゃんと4年間で卒業できた・・・?)

だけど、かけがえの無い青春時代をそこで送った4年間。
思い出の沢山詰まったその場所、そしてそれらの校舎。
壊れていく写真を見て、ほんの少し、ショックを受けた夕暮れでした。

投稿者 sako : 21:53 Write:21:53

2006年05月17日

ある話題に

パソコン関連のお仲間の集まりがあった。
話はいろいろ飛んで飛んで・・・

そんな中、MP3プレーヤーの話題が賑やかに盛り上がった。
そう、最近「空へ」でも話の出たあのipodのこと。

楽しまれている方がいて、その方たちが、
まだ未体験の人の興味に答えてあげる。
私も、一緒に話しながら、でも・・・

ちょうど、ipodを持っている人がいて、
バッグから取り出して、「こんなに良い音なのよ」と
他の方にイヤホンを付けさせてあげると、
「ほんとね~ すごく良い音ね~」と即反応が返って来る。

健康な人たちの話題の中に、不健康な自分が付いていけなみたいな、
そんな寂しさを感じながら、一緒に話をしていた。

今まで、自分の中に大きな弱点を自覚していない私は、
そういう経験は、ほとんどせずに、この年まできたけれど、
大好きな音楽を、今の時代に、MP3プレーヤーで聴くことの出来ない私は、
そのとき、弱点と、引け目とを、同時に感じて、かなり複雑だった。

私の責任で、彼から、ヘッドホンで聴く音楽の楽しみを奪ってしまった。
彼は若く、これから先の長い人生を、
友人たちがMP3プレーヤーで楽しんでいるのを横目に、
今日、私が感じたような寂しさを抱えて生きなくちゃいけない。
私が平平楽々に、プレーヤーで音楽など楽しめるだろうか。
彼がそれを奪われたとき、私も一緒に、ヘッドホンで聴く事をやめてしまった。

でも、彼の寂しさに比べたら、私の寂しさなど、比較にもなりはしない。

久しぶりにみんなと会った今日の集会。
長い時間の中の、ほんの何分かの間の話題の中で、
ちょっと、胸が痛んだことでした・・・

投稿者 sako : 20:46 Write:20:46

2006年05月16日

あ~

頼まれ物や調べ物などの宿題を、あれやこれや山盛り抱えてて、
とりあえずの、web作業を終えると、
あとは、PCにかじりついて、そんな宿題をこなしていると、
あっという間に、夜が終わってしまう。

小さなエッセイって、何? という気分です。

心に余裕が戻ってくるのはいつのことだろう?

さくらの背中をスベスベとなでる時と、
つかの間の時間に、庭に降りて、小さな花を写真に撮ることが、
今の私の、心癒される時間です。

投稿者 sako : 22:21 Write:22:21

2006年05月14日

憂鬱

毎日、朝カーテンを開けると、
また、どんよりした灰色の重たい空。

飛び込んでくるまぶしい朝の光・・・が懐かしい。

庭のラベンダーは、せっかく開花シーズンなのに、
根元の葉っぱから黒く変色して、腐ってしまいそう。
大丈夫かな?

環境の変化に影響を受け易い花たちは、
病気になってしまうのじゃないか、と心配。

だって、今の季節は、思いっきり爽やかな風と、
明るい日差しが沢山降り注ぐ頃なのに。
梅雨の前に、しっかり太陽を吸収しておいて、
6月の梅雨に突入する・・・はずなのに、これではどうなることやら。

私の気持ちも、なんだか沈んでしまっう。
気持ちが、天候に左右されるのが強くなったのは、
年が増えてから、特に感じる。
若い頃は、な~んにも気にならなかったのに。

おまけに、毎日低温で、しまいかけたカーディガンを引っ張り出し、
未だに冬のお布団をかぶって寝ている。
夕べは、薄開けっ放しの部屋でテレビを見ていた薄着の夫を恨めしそうに睨みながら、
バタバタとドアを閉めて、エアコンのスイッチを入れた。
(ストーブはもう無いから)
だって、寒暖計は17度。部屋の温度としては、暖房を入れるラインです。

年々、異常に寒さに強くなる夫と(鈍感?)、
年々、異常に寒さに弱くなる私(繊細??)。
(暑さには、相変わらず弱いので、一年中弱い季節ばっかり)

こんな風に気温が低いと、またまた、心が沈むのです。

あ~ 憂鬱だなあ~

投稿者 sako : 07:47 Write:07:47

2006年05月07日

いつもの日々へ

家族の世話や、家事に追われて過ぎた連休の日々。
やっと、これで終わります。
明日からは、また静かないつもの日々。

息子は学校、娘は会社。ん? 夫は・・・ ま、とりあえずいつも通りへと。

文章を綴るというのは、
気持ちにゆとりが無いと、出来ない・・・ということを
改めて実感していた連休。

エッセイを書く気力、ほとんど生まれませんでした。
でも、視覚的なことって、周りがバタバタしていても平気。
なので、写真をPCに取り込んでは、トリミングなどして、
さらさらに載せておりました。

そんなことを続けていると、
ますます、文章は浮かんでこなくなり、
今後もこの状況を打破できるかは・・・ちょっと怪しい。

写真は、楽しいです。

いつもの日々に戻る明日から、
エッセイもいつものペースに戻れるだろうか・・・・?

投稿者 sako : 20:54 Write:20:54

2006年04月27日

黄金週間

今日の授業を終えて、
ちょっとニッコリ・・・ 一応、私にも黄金週間。

明日から、5月3日(水)まで連休です。

と言っても、お遊びの予定は皆無。
溜まり溜まった家事を片付けることが一大課題。
衣類の入れ替え、
(でも、今年は未だに肌寒くて、これじゃ入れ替えできない?)
冬の布団をしまったり、家族のボアシーツや毛布を洗ったり、
押入れの整理整頓、嫁いだ娘の残していった荷物の片付け、
本やCDの整理、部屋の模様替え、エプロン作り・・etc・・・・

それから、庭の手入れに丸二日はかかりそう。

そして、頼まれているホームページ作りをしなくてはならないし、
教室のテキスト関連の整理も怠ったまま・・・

せめて1日くらいは、さくらをどこかに連れて行ってあげたいし。
ほんとうは、映画も観に行きたい。
友達と、1回くらいは飲みたいし、
どこか美味しいものを食べにも行けたらいいな、とか。

たった6日で、これだけ全部? 出来るわけ無い!
半分も出来ないで終わるな~ と、独り言ブツブツ。

それでも、嬉しい連休の始まりです。わ~い!

投稿者 sako : 21:13 Write:21:13

2006年04月22日

お墓の話

お墓、どこに入りたい?

生徒さんと、そんな話をしました。
自分が逝ってしまってからのことだけれど、
決して、いい加減には考えられない「お墓」の話。

そういえば、2、3日前の新聞の身の上相談でも、
まだ結婚して2年ほどなのに、夫の実家のお墓に入るのがイヤで、
考えると憂鬱になる、という話が載っていた。

現代では、夫の実家のお墓に入ることは少なくて、
夫婦は、自分たちのお墓を作ることが一般的なのかな?

我が家では、まだお墓が無い。
だから、今死んだら、私は夫の実家のお墓に入ることになるの?

それは・・・  やっぱり・・・ 
できれば・・・  私の両親の眠るお墓に入りたい・・・

両親のお墓に、もう一度、子どもとなって、入りたい。
幼かった日、両親に守られて育ったように、
お墓の中でも、そんな両親の子供になって、眠りたい。

と、そ~んなことも考えたりします。

きっと、母親や妻の仕事をしっかりがんばってる毎日に、
ちょっと疲れが溜まっているのですね。
たまには、甘えたい?  ふ~

「お墓」 あなたには入るお墓がありますか?

投稿者 sako : 21:11 Write:21:11

2006年04月01日

違い

さてさて、この違いは何でしょう・・・

文庫本、スティーヴン・キング著「ランゴリアーズ」を読み始めたら、
前書きのところにこんなことが書いてあった。(多少抜粋・・・)

------
ストーリーというものは、思いがけぬ時や思いがけぬ場所で頭に浮かぶものだ
車のなか、シャワーを浴びているとき、散歩中に、方々のパーティで・・・
だが、アイディアが浮かぶとすぐに書き始めることは滅多にない。
アイディアはいくらでも浮かぶが、よいものはほんの数パーセント、
そこでそれらを、頭のファイルに押し込んでおく。
よくないアイディアはそこで自然消滅する。
よいアイディアはそうはならない。ときおり、ファイルの引き出しを開けて、
何か残っているものはないかと覗いてみると、この僅か一握りのアイディアたちが
私を見上げる、それぞれに主題となるイメージを明るく輝かせて。
------

スティーヴン・キングは、思いがけぬ場所で浮かんだアイディアを、
頭の中のファイルに押し込んでおき、
そのファイルの中から、後に、良いアイディアをしっかり引っ張り出せる。

私は?
思いがけぬ場所で浮かんだテーマを、すぐには書けないから、
頭のファイルに押し込んでおく、けれど、
引っ張り出そうとすると、ファイルはいつも、空っぽになってる・・・

夕べ、小さなエッセイを書いたあと、
ベッドの中で読み始めた「ランゴリアーズ」の前書きで、
偉大な作家と、市井の小さきホームページ作者との違いを、
ひしと実感したのでした。

いえ、そんな大げさなことじゃなく、
ただ、私が忘れっぽいだけなんだけど・・・

投稿者 sako : 21:08 Write:21:08

2006年03月31日

これも老化かなあ?

第5週のため、3連休となって、あれこれあれこれの3日間。
もう、終わってしまったけど、満足の今宵・・・

でも、忙しかったので、小さなエッセイに書くべきこと、
頭の隅に入れてあったのに、奥に入りすぎてしまったらしくて、
出てこない・・・

う~ん、最近、こんなばっかり。

書きたいテーマを思いつくのは、
たいてい、お風呂に入っているときとか、
お布団の中で、もうすぐ睡眠に突入する直前とか、
車を運転しているときとか、
スーパーで買い物をしているときとか・・・

メモすることも出来ないので、
一応は、頭の中に、しっかりと書きとめているつもりなのだけど。
ほんとに、忘れる・・・  出てこない・・・  消える・・・

首から、メモ用紙と小さな鉛筆、いつもぶらさげておく?

携帯電話にメモったら?と言われたことがあったけど、
携帯にボタンを打ちながら文章書くのは好きじゃなくて、
それをしているうちに、きっと、面倒になるだろうと自覚してるし。

と、言うことで、
本日も、書くべきテーマを思い出せませんでした。

エッセイの更新は出来なかったけど、
(って、しっかり更新してる... ちょっとズルで)
さらさらsarasaには、ここのところ連日、写真を載せています。
代わりと言ってはなんですが・・・

それにしても、今夜も冷えてます。
夜桜のお花見で宴会している人たちは、寒くないのだろうか・・・?

投稿者 sako : 22:26 Write:22:26

2006年03月10日

淋しく感じる世代

朝、FMから、ジョン・カビラさんの話しが流れていて、
それとなく耳に届いてきたことがあった。
前後は、ちゃんと聞いていないので、詳細は不明です。

【もっとも淋しいと感じている年齢は、40代
もっとも淋しくないと感じている年代は、10代と50代以上】

そうなんだ、なんだか納得・・・

40代がもっとも淋しく感じる年代というのは、なにから来るのだろう?
男性のことは全く分からないけれど、
そして、シングルの女性のことも、良く分からないけれど、
既婚、子持ち、の女性の40代が、淋しいと感じるのは、
何となく分かるような気もする。

子育てに、かなりの一段落。
気がつけば、結婚してから、自分を呼ばれるとき、
○○さんの奥さん、○○ちゃんのお母さん・・・ばかり。
いつも、自分は、どこかの付属者でしかなかった。

私は私。誰のでもなく、○○という名前の私。一人の個。
なのに、そんな自分を見つけられなくて、淋しく感じるのかもしれない。

そんな思いが、ふと湧き出るのが40代?
そして、そんな思いに目覚めた「私」は、
姓ではなく、自分という個の名で過ごす時間が、
その頃から、少しずつ増えて(増やして)いく。

やがて、50代に突入すると、もうすっかり自分と言う個の時間は確保できて、
尚且つ、家族、友人、仕事、それぞれも皆、
自分と言う個のままで過ごせるようになって、
いつの間にか、淋しさなどから、遠く隔たって生きているのかな?

さて、私はどうだったかな?
自分で色々と気がつく前に、次々と心や頭を悩ますことが続いて、
真剣に、「個」や「淋しさ」などに向き合う時はなかったみたい。

かくして、淋しさとは無縁の50代を、
堂々と過ごしているのでありました・・・ 多分・・・・

投稿者 sako : 20:40 Write:20:40

2006年03月08日

テープが消える日

テープの時代は、とっくに終わりが来ていて、
かろうじて残っているのは、VHSなどのビデオテープくらい?
それも、もう刻々と最期のときを迎えつつある。

テレビ番組の録画は、DVDやHDに取って代わり、
音楽カセットテープが消えて行ったように、
本当に、この世の中から、テープというものが消えてしまうのだ。
あと、少しで・・・

と、そんなことを思ったのも、
先日の娘の結婚式のとき、、
会場を撮影したビデオを、DVDに保存するという話しから、
そういえば、子ども達が小さい頃に撮影した動画は、
実に、8ミリフィルムだったなあ~、と思い起こしたことからだった。

テープやフィルムというものを、
まったく触ったことが無い世代、
見たことも無い世代が、もう生まれているのね。

時代の流れは、日常的に使っていたモノを、
後(うしろ)へ後(うしろ)へ、懐古の品へ、思い出の品へ、と
それらの居場所を移動させていく。

その居場所を、自分でさえ、忘れてしまうほどに、
時代の流れの、なんと速いこと・・・ 

投稿者 sako : 21:53 Write:21:53

2006年02月27日

空っぽになりそうだけれど

毎日、テレビをつけていたトリノオリンピック。
終わってしまって、ちょっとポッカリ・・・

我が家の大きなイベントも終わって、
オリンピックも終わって、
2006年の2月が終わってゆく。

弥生3月、のこのこと土の中から虫たちが出てくるように、
しばらく、家の中ばかりにもぐりこんでいた私も、
太陽をいっぱい浴びながら、あちこち出かけていかなくちゃ。

淋しい・・・な~んて言ってられないですー

投稿者 sako : 21:08 Write:21:08

2006年02月26日

雨の日曜日

glass2-200.jpg

少し淋しい私の気持ちに、合わせてくれているような今日の雨・・・

昨日のセレモニーの、それぞれのシーンを思い出しながら、
今日は静かな静かな一日を過ごしていた。

親の思うことは、ただひとつ、たったこれだけ。
幸せになるんだよ・・・・

投稿者 sako : 17:41 Write:17:41

2006年01月12日

縁は不思議

以前にも(大分前?)、“縁”の不思議を書いたことがあるけれど、
(これだけ続けてきていると、同じこと、何度も書いてしまうな~)
今、それをまた、シミジミと感じているところ。

教室の生徒さんがその仲立ち役。

学生時代の後半から、そして卒業してしばらくまで、
とても仲良くしていた男友達がいた。
友人たちの仲間とグループで、スキーに行ったり、海へ行ったり、
車を足に、あちこち出かけて、そう、大阪万博も行ったっけ。

恋人同士ではなかったけれど、友達以上恋人未満?
一緒に居ると楽しかったので、ほんとうに良く遊んだっけ。
楽しい仲間がいたので、いつもワイワイと賑やかだったな~

その男友達は、卒業するとやがて、日本を離れてフリーカメラマンに。
そして、他の国で結婚。
私も、学生時代の先輩と、恋愛、そして結婚。
それぞれの道を歩む二人・・・

そんな別々の人生を歩んでいる二人が、不思議な共通点を。
今、私は、パソコン教室の先生。
そしてその友達は、カメラ教室の先生。
二人とも、「先生」と呼ばれる仕事に就いているのだ。
学生のころは、考えも及ばないことだった。

そして、私の教室の生徒さんが、この二人の接点にいる。
カメラ教室の生徒さんであって、パソコン教室の生徒さんでもあるから。
まったく、接点であることすら知らないままで。

いつか、その生徒さんと、
山梨にいる友達のところまで、一緒に行きましょう!と話している。
素晴らしい富士山をバックに、絵のような時間が流れそう。

“縁”って、ほんとうに不思議です。

投稿者 sako : 22:59 Write:22:59

2006年01月11日

父心と母心

このエッセイを見てくださるのは、
ほとんど、私の知人ばかりなので、
ちょっと我が家の内情吐露編を・・・・

2月末に長女が結婚式を挙げます。
(しかし、式場が決まってから後の、なんと長かったこと!)
場所は都内のとあるゲストハウスです。

そこで、男親と女親の意識の違いをひしと感じることとなりました。

九州の郷里から、自分の弟家族も参列のために来てくれる夫。
せっかくだからと、自分も一緒にホテルに泊まって、
夜はみんなで飲もう・・・という計画が弟たちと着々。
夫は「あなたも泊まるでしょ?」と、私を誘う・・・けど。

とんでもない! と、私は思う。

身を痛めて産み、愛しく育んだわが娘が、
今、自分の手の中から飛び立っていくという日。
その日の夜は、自分の家で、幼かった娘の写真でも見ながら、
静かに過ごしたい。
どうか、幸せな家庭を作って・・・と祈りながら、
誰もいなくなった彼女の部屋の、淋しそうな灯りを落としたい。

そ~んな気持ちで居るのに、ホテルなんて泊まらないです~
父親って、そんなに軽いのかなあ?
自分のお腹を痛めなかったから?

いいもん。私はひとり、長女の成長を振り返りながら、静かな夜を過ごすので、
お父さんは、都内のホテルで、お酒飲んで騒いでくださいな~

でも? それは、もしかしたら、
父親の淋しさを紛らすためのお酒になるのかも・・・?
慰めてあげないから!

投稿者 sako : 22:08 Write:22:08

2006年01月06日

美容院うんちく

今年初の美容院へ。

どうも、ひとつの美容室に長続きしない私。
でも、それぞれに原因は、あるんです。

ここのところ、長続きしなかった一番の原因。
「それは、違うんじゃないかなあ?」と思ったことがあって・・・

さて、美容院の話をよくここに書くけど、
お洒落することにそんなに入れ込んでいるわけじゃありません。
ただ・・・
美しい人は、どんなヘアスタイルでも美しい。
たとえ、雨に濡れて雫のたれるようなヘアスタイルでも、
暴風に吹き飛ばされそうだった、ぐしゃぐしゃのヘアスタイルでも、
寝起きのボサボサ頭だって、
ショートだってロングだって・・・  そう、美人は美人!

ところが、美しくない人は、どんなにがんばっても、「美しくない」から抜けられない。
これがもし、チリチリにかかりすぎたパーマだったら?
伸びすぎてボサボサになってしまっていたら?
もう、目も当てられないのです。

美しくない人は、せめて、ヘアスタイルには心をかけなくちゃ、と。
思うのですが、美しくないと、どんなヘアスタイルをしても、イマイチに・・・
よって、美容院選びは結構真剣です。

先ほどの「ちがうんじゃないかなあ?」は、
何が違うのかと言えば、このことです。

前回の美容院。担当の美容師さんは、とっても優しくて感じの良い人でした。
だけど、その美容院のセット手順は・・・
行くと、一番に通されるのがシャンプー台。
まず、シャンプーでビショビショになって、その濡れたままの髪で、
担当の美容師さんの前に座り、初めて「どうしましょうか?」と尋ねられる。

でもでも・・・  ビショビショのヘアでは、
「ここが、ピンとはねてしまうので・・・」って説明しても、分かってもらえない。
「ここを、もう少し膨らませて・・・」と説明しても、分かってもらえない。

さて、今回の美容院は。
まず、小さなコーナーに通される。そこへ担当の美容師さんがやってくる。
丸い小さなテーブルに向かい合って、美容師さんに悩みを説明。
美容師さんは、私の髪をなでながら、かき上げながら、ふむふむと納得。
「では、ここはこんな風にボリュームをつけるカットをしましょう」
などと説明して、ヘアスタイルが決まってゆく。

それから、シャンプー台へ通されて、髪はしっかり濡らされる。

そう、これでなくちゃ!
ということで、今の美容院の方針に、ちょっと満足しているのです。
いつまでここに落ち着いているのかは・・・・・???

投稿者 sako : 23:29 Write:23:29

2006年01月05日

暖房

今日もほんとうに寒かった。
日本中が冷凍庫の中みたい。雪の降り方もただごとではない。
今夜からも、「大雪」という天気予報で、今380センチのところは、
明日には4メートルを超えてしまうのでは? 
さすがの豪雪地方でも、そこに住んでいられる方はどんなにか大変なことだろう。

暖房器具の売れ行きが例年に無いほどだ、とニュースで言っていた。
今は、石油やガスが主だろうか?

ふと、自分が幼かった頃の暖房設備を思い起こしてみた。

畳の部屋に、掘りゴタツ。
コタツの布団をあげると、中では炭が赤く燃えていたっけ。
部屋には、火鉢が置いてあって、灰の中ではやはり炭が燃えている
そして、その上に乗せてある鉄瓶が、
いつもチンチンとお湯を沸かしていた。

暖房って、たったそれだけ・・・じゃなかったかな?
部屋のしきりは、障子。障子の向こうは廊下。
廊下は外側にガラス戸が閉められ、庭と隔てられている。
夜になれば、ガラス戸の外側に雨戸が閉められる。

障子は雪見障子になっていて、廊下越しに庭が見渡せる。
雪が降れば、まさに雪見障子。
あまり広くない庭だったけれど、手入れされた植木と、
石灯篭の上に、白く積もる雪が眺められた。

そんな景色は、冬の間に何回か見られて、
コタツに足を突っ込みながら、みかんを食べて、
「後で、としこちゃんと雪だるまを作ろうかなあ」
なんて思ったのじゃなかったっけ。

東京の真ん中、四谷という場所に住んでいた幼い頃。
今じゃ考えられないくらいの、ローカルな風景が浮かんでくる。

それだけの暖房設備で寒くなかったのかな?
だけど、なんと、温かみのある部屋だろう?
石油でもガスでも電気でもない、あのときの暖房設備。
今とは比べようも無いけれど、
ちょっとタイムスリップしてきたいような、そんな気持ちになりました。

それにしても、今夜は寒いなあ~

投稿者 sako : 20:09 Write:20:09

2006年01月01日

2006年元旦

oseti.jpg

さんぽ道を訪ねてくださるみなさま、
新年あけましておめでとうございます。

今年もぼそぼそと、胸の内に溜まった言葉を、
この小さなエッセイに綴っていこうと思っています。
他愛の無い日記ですが、お付き合いしていただけたらとても嬉しいです。

今年はどんな1年になるのでしょう?
去年とそんなに違うとは思えませんが、
でも、年の初めには、期待したい・・・
良いことの続く1年であることを。

みなさまにとっても、
穏やかで、心温まる年となりますように、心からお祈り申し上げます。

で....
年の初めから、晩餐のワインがきいて、頭がちょっとイタイ.... とってもネムイ...

投稿者 sako : 23:00 Write:23:00

2005年12月28日

一年の終わりが近づいて

年の暮れが近づくと、誰も皆、
今年はどんない一年だったかなあ?と、思いをめぐらすのでは・・・

社会的には、ほとんどが「良くないこと」ばかり。
「信じることが出来ない社会」へと、加速されて行った気がする。

ほんとうに、今の世の中は、何も信じられない。
いつから、こんな哀しい世の中になってしまったのだろう?

せめて、信じることの出来る「人」と触れ合いたい。
自分でさえ、ときどき、信じられなくなることがあるんだもの・・・

そんな世の中でも、個々の一年は、みな夫々の一年。
100人が100通りの一年を過ごして、もうすぐ一緒に年の終わりを迎える。
良かった人も悪かった人も、オールクリアするときが迫っている。

私も、ほんとうに色々なことがあって、
ダウンしては起き上がり、起き上がってはダウンして、
それでも、自分のペースでがんばってきたけれど、
年の終わりが見える頃に、少しばかりヘビーなショックが続いて、
今は、新しい年に期待を預けて、夢を膨らませているところ。

新しい年は、そうやって夢を運んでくれるから、新年を迎えるのは、
ちょっと新鮮で嬉しいものです。

投稿者 sako : 22:47 Write:22:47

2005年12月04日

届いたメールに

 「書き続ける」ことに意味を持つものから
 「続ける」ことを止めたら 何が残る?
 きつい現実を前にして 「言葉が出ない」なんて言うのは
 自分を甘やかしてるだけ
 そんな甘えの塊のエッセイなら 止めた方がいいと思う

 何でもいい 「書き続ける」ことでこそ
 自分への答えが見えてくるのじゃないかな

----
手厳しいけれど、温かいメールを受け取った。

ほんとうにそうの通りだ。
文字通りの「小さな」エッセイ。内容などさほどの価値もなく、
ただ、ずっと書き続けることで、存在理由があったというのに。

少しばかり、うろたえる様な出来事が続いて、
「言葉が出ない」とは、あまりにも偉そうに・・・

そんなときだからこそ、
ちゃんと「書き続ける」ことが、何より価値のあることだったのに。

と、言うことで、目が覚めました。

また、そろりそろりと、続けていきます。

がんばる!

投稿者 sako : 08:21 Write:08:21

2005年11月05日

泡のような

先日、「ラブレター」というタイトルの
(もうちょっと長いタイトルだったかも・・・?)
ブログにぶつかり、ちょっと立ち止まって読んでいた。

男性が女性へ向けて、愛の告白を続けるブログ。
本当の告白なのか、
告白の形を取って、エッセイを綴っているのか、
ちょっと分からなかったけれど。
でも、その日その日の出来事を、
片思いの彼女へ、話しかけているような、
なかなか面白いブログだなあと思いながら読んだのだった。
(リンクするのも忘れて、二度とたどり着けないけれど)

また、末期癌の父を、自分の目でみつめ、
見守り、見送った日々を綴ったブログもあった。
今このとき、この世界のどこかで、
死を目前にする一人の父と、その父を見守っている青年がいるのかと、
それは、モニターの向こうとこちら側との距離を、
感じさせないくらいに、現実的で、緊迫した生々しいブログだった。
命について、改めて考えさせられるような・・・

そしてまた、
ブログが、やはり、
ひとつの犯罪を、完遂させるための、
哀しくて愚かな道具になってしまっていて・・・

こういった犯罪に関わるブログは、これからも、
増えてゆくことだろうと思う。

良いことも、悪いことも、何もかもを飲み込んで、
まだまだ、ブログは肥大してゆく。

だけど・・・
webの中のことは、やはりどこか、泡沫を感じてならない。
文字だけしか見えない世界は、
地に着いていない足先・・・・のように感じてしまうのです。
自分自身の作り出す世界も含めて・・・

投稿者 sako : 22:02 Write:22:02

2005年10月30日

撤退 その2

数日前、「ご案内」という封書が届いていた。
差出人は、「サカタのタネ ガーデンセンター湘南」

このエッセイに少し前、丸井藤沢店が撤退すると書いたけれど、
この封書も、撤退をお知らせする手紙だった。

『7年間、ご来店いただきご愛顧頂きましたことを、心より感謝申し上げます』

7年間の間、サカタのタネ ガーデンセンターで、どれだけの苗を買っただろう。
私の庭を、どれだけ賑やかにしてくれただろう。

確かに、他の園芸店よりも値段が高かったけれど、
苗はとてもしっかりしていて、花つきも良く丈夫だったから、
安心して植えることが出来たのに。
ときどきお店を訪ねるのが、とても楽しみだったのに・・・

お休みの日こそ賑やかだったけれど、平日は客足は少なかったかな?
スペースは広く、人件費もかかる。
営業的に無理だったのだろうか?
横浜店までは、とても買いにはいけない。
撤退するなんて、ほんとうに残念。

そして、ガーデンセンターの跡地は、何になるのだろう? と、また気になる私。
そのスペースはJR所有の土地のはず。
いっそ、藤沢にはまだひとつもない、ドッグランでも作ってくれませんか?
署名運動、したいくらい。

投稿者 sako : 22:11 Write:22:11

2005年10月29日

あの頃の...

風邪気味で冴えない一日を過ごして、
(お天気も冴えなかったし・・・)
(ほんとに久しぶりに、昼間から布団にもぐって寝てしまった・・・)
午後遅く、やっとモソモソと動き始めた土曜日。

それでも、何もする気が起きなくて、
今夜も、データのバックアップ作業の続きをしていた。
何も考えなくて済むから。

ついでに、IEのお気に入りも整理しようかと、
アクセスできなくなったアドレスを削除していたら、
こんなURLを見つけた。

古い古い私のサイト・・・

2002.1.13アップデイトしたと書いてあるから、4年近く昔のこと。

半分くらいのページは、残っていないみたいだし、背景に使った画像が無かったり、
あちこち×が表示されてしまっているけれど、
懐かしい思い出がいっぱいの私のサイト・・・

今の自分と比べると、ああやっぱり数年分若いなあ~と感じてしまう。
サイト作りが楽しくて、まだまだ一生懸命だったし。
今読むと、かなり恥ずかしいことも沢山書いているけれど、
でも、ため息の出るほどの懐かしさが、そんな気持ちを消してしまう。

----

夕べ、ベッドに入って、輾転反側・・・
(お昼寝したから眠れない?)
気になったのは、引き出しから引っ張り出してきた古いサイトのこと。
とても恥ずかしくなって、リンク消さなくちゃ・・・と。

それで、そのデーターベースへのリンクは取り外しました。
勝手して、ごめんなさい。

以前にもこのエッセイで紹介したけれど、
ご自分のサイトのURLを、次のページのアドレス欄に書き込むと、
バックアップされている古いページが出てきます。
是非、ご自分のサイトを探してみてくださいね。懐かしいですよ。

Internet Archive Waybach Machine

投稿者 sako : 21:15 Write:21:15

2005年10月22日

友情? 恋愛?

少し前、ときどき訪ねるブログに、
男と女の間に「友情」 「親友」 という言葉は成り立つか?
という疑問が載せられていた。

そう、私の世代まで生きれば、
その疑問は、もう何度も何度も、
誰かと討論、自問自答、本やエッセイ、雑誌の特集で、
繰り返し問いかけあってきたっけ。

そのエントリーにコメントを入れようと思ったけれど、止めることにした。
そこは、若い若い管理人のブログ。
これから、沢山の想いを抱えていく若者に、
半ば人生を悟ったような、でも、未だ迷いの人生を歩んでいるような、
そんな私がコメントしても、返って、新鮮味を落としてしまうばかりだもの。

若さはいいな~
そんな問答に、真剣に討論し合える。

男と女がわかってしまったようなしたり顔で、偉そうなことを言う大人じゃなくて、
悩み傷つき、苦しみながら、
異性である友人と、「これは友情だろうか? それとも恋愛感情だろうか?」と悩み、
問いかけ、答えを求めて、苦しみ続ける。

ああ、自分は何年昔に、そんな疑問に捕われたっけ?
遥か、遠い昔だなあ~

投稿者 sako : 22:16 Write:22:16

2005年10月18日

雨の一日でした

自分の中の、熱い思いを、溢れる気持ちを
ただひたすら綴りたい一心で、
昨夜、ライブの感想を長々と書きました。

それが、どこかのどなたかの心に触り、
腹立たしい気持ちにさせる結果になったようでした。

自慢をしたわけではありませんが、
そう見えてしまえば、
私の日記は、
他人にとって煩わしい内容でしかないのかもしれません。

熱い思いは、ここに書き出したことで、
自分の中では昇華し燃焼しつくせました。

それが誰かの気持ちをささくれさせてしまうなら、
もう、ここに置いておくわけにはいきません。

6年以上続けてきた小さなエッセイ(忘れな草の原っぱから続く)では、
書き上げたものを削除したことは一度もありませんでしたが、
今回は、昨日の日記を削除させていただくことに決めました。

不快な思いをされた方には、
心からお詫びを申し上げます。

投稿者 sako : 19:56 Write:19:56

2005年10月05日

誰のせい?

ときどき訪ねるブログは、若い若い青年が書いている写真日記。

青春のほろ苦い味が、いっぱいに広がって、
訪ねるたびに、自分自身のの懐かしい想いが蘇ってくる。
こんな風に誰かを想い、あんな風に傷ついたっけ・・・って。

でも、先日はちょっとひっかかったこんなセンテンスがあった。

----
「生まれてよかった」と思う瞬間は? という問いに、なんて答えよう。
おそらくそう想うであろう瞬間は、毎回誰かに壊され・・・・・・・・・
----

読んだとたん、
「違う、それは誰かが壊したのではなく、自分が築けなかっただけなのに!」
と、胸の奥から、大きな叫び声が出てしまった。

思うようにならなかった「結果」や、辛い想いしか残らなかった「結果」、に至ったのは、
相手のせいじゃない。
誰かのせいじゃない。

それは、ただひたすら、自分のせい・・・

青年どころか、よい大人になっても、いつでも「結果」を相手のせいにする人がいる。
誰かのせいで、自分が良い思いが出来なかったと、腹を立てる人がいる。
いつも自分は正しく、いつも悪いのは相手だと、決め付ける人がいる。

「生まれてよかった」という瞬間を壊すのは、いつも誰かのせいだ・・・と
メッセージを残す青年、に、
そんな大人にならないで欲しいと、
つい、おせっかいのコメントを書いてきてしまった。

それは自分のせいなのに・・・と。

翌日、
「そうやって、言ってくれる人がいるから俺は生きていける」と
彼のレスに、ホッとしているおせっかいおばさんでありました。

投稿者 sako : 08:21 Write:08:21

2005年09月30日

休息

azurea.jpg

何ヶ月ぶりかで訪ねたサイト。
トップページには、
「サイトをお休みします・・・」というメッセージが残され、
しんと静まり返っていた。

そこはほんとうに賑やかなサイトだった。
いつ行っても、掲示板は大賑わい。
たまに書き込みして、そのレスを見ようと立ち戻っても、
もうどこにあるか分からなくなるくらい、新規のメッセージの多いこと。

管理人はユニークで、とてもユーモアのあるステキな女性なので、
そんな人気も当然のこと。
サイトもセンスがあって、その雰囲気はとても好きだったのに・・・

どうしたのかな?
残されたメッセージには、「少し疲れたから・・・」と書いてあったけれど。

サイトを続けていくと、何度も「疲れ」に襲われる。
「もう止めようかな?」と、幾度思うことだろう。

自分を鏡のように映す個人のサイト。
疲れていると、サイトの色さえ、なんとなく冴えなくなる。

たかが、自分の自己満足サイトなど、
疲れるまで続けることに、何の価値があるのだろう?
な~んて、偉そうに思ったことなど、少しも無いけど、
疲れたら休む・・・ 元気が出たら、また歩き始めればいい。

人生も、疲れたら休もう。元気が出るまで、ゆっくり休もう。
(私、休みっぱなしの気がするけれど)

○○さん、またいつか会えるといいなあ~

投稿者 sako : 21:48 Write:21:48

2005年09月17日

明日は十五夜

tuki917.jpg

突然に、秋の気配が濃くなって、
空気の中に、夏の匂いが消えてしまった。
そのときを待っていたのに、ちょっとだけ淋しいような・・・

空を見上げれば、なんてまんまるのお月様。
明日は十五夜だったもの。

季節が変わり、心もつられて、模様替え。

「先生やさしいから大好き!」って、
若い生徒さんが、教室を出る前に、笑顔と一緒に・・・
なんだか、嬉しいなあ~ そんなこと言われたの初めて。

さあ、この秋は、何をしよう。
そんなこと考えながら、まんまるお月様を見上げていました。

投稿者 sako : 21:25 Write:21:25

2005年09月16日

診断

昨日、携帯電話の変換候補を書き出したら、
それを読んだ友人から、こんな「診断」が送られて(^^)
-------
【診断】

疲れ系、ゆっくり系の単語が多いので、生活にストレスがたまっているようです。
キーワードは“ロマンスカー”

何処かに出かけたい願望がそこここに見られます
-------

うん、そう! 当たってる!

出かけたいなあ~
家事と仕事と家族から離れて・・・ひとり(心惹かれる友となら尚良し)で、
の~んびりとローカルな電車を乗り継いで・・・
秋の田園風景を車窓に見ながら、名も知らぬ山里へと・・・

携帯電話のお遊びから、思わぬ自分の本音に気がついたのでした。

投稿者 sako : 21:38 Write:21:38

2005年09月05日

食欲

セブンイレブンのテレビコマーシャルでは、
もう、おでん!

夜、明日提出する生協の注文書を記入していたら、
やっぱり、もう、おでん種がいろいろ!

テレビコマーシャルを見たとき、夫は言いました。
「ああ、おでんもいいな~」

昨日、あの蒸し暑い日の夕方、
「今日は暑くて食欲ないなあ。何も食べる気にならない」
と言ってた夫なのに...

9月、もう秋です。
食欲の準備、出来ましたか?

投稿者 sako : 23:39 Write:23:39

2005年08月29日

夢だったような...

IMG_6125-250.jpg

夢のような数日を過ごして、
今はまた、いつもの現実の日常の中...

長女の嫁ぐ日が決まり、
夫から、至上命令が下りていた。
「今しかないかもしれないから、家族5人で旅行をするぞ!」

子ども達が小さかったころは、
ファミリースキーや、夏休みのドライブ旅行や、
そして夫の郷里への帰省など、
家族揃って出かけたことも多かったけれど、
それもいつしか姿を消し、
もう何年、家族旅行というものをしていなかっただろう。

それでも、夫の至上命令に最後まで抵抗していた私。
さくらを置いてはいけないからと。
夫と口論の挙句に決まったギリギリの決断。
3泊5日の家族旅行。

きっと最初で最後の豪華なその旅は、
私には初めての外国旅行。
と、言っても、何から何まで日本語の通じる、
どこもかしこも日本人だらけのハワイだけれど。

夫も子ども達も、どうしてこの旅行をすることになったかなど、
とっくに忘れて、青い海と青い空を堪能してた。
でも、私は...

皆で食事をしているとき、
夜の街を買い物へとぞろぞろ歩いていくとき、
朝日が、ダイアモンドヘッドを赤く染めてゆくのを眺めているとき...

嫁いでゆく娘を思い、
また、やがて嫁ぐだろう下の娘や、
すっかり大人になった末の息子を思い、
人生の長さと短さを、重ねるように、同時に感じていた。

それにしても、海の碧さ、空の碧さ! 
良かった! 夫との口論に負けて。

だけど... 飛行機事故が起きたら、
みなし児になってしまうさくらのことが心配で心配で。
無事に帰れて、ほんとにホッとしています。

投稿者 sako : 21:15 Write:21:15

2005年08月12日

20年

今夜は珍しく、
7時前から11時まで、ベッタリとテレビの前に座ってしまった。

日航機事故の特別番組を、ドラマ仕立てで放映していたから。
それも、TBSとフジで。

もう20年、いえ、まだ20年・・・
はるか遠いような、ついこの間のような。
そんなことを感じられるのは、遺族でも当事者でもなく、
市井の人間だから。

遺族の方たちは、この20年、
1年1年を、胸に深く刻みながら歩いてこられたのだろう。

機長を主人公にしたドラマと、9歳で亡くなった健君の家族を元にしたドラマ。
忘れそうになっていたあの恐ろしい32分を思い出させ、
未だに、確実になっていない事故原因のことを再認識し、
あらためて、飛行機事故の無残さを思い知らされるのだった。

二度と事故の無いように・・・とは、
誰もが心から口にする言葉。
だのに、今日もどこかから機体の不備の話が届く。

飛行機事故の無くなる日は、来るのだろうか...

亡くなった方たちへ・・合掌....

投稿者 sako : 23:09 Write:23:09

2005年08月08日

リストラ?

息子のバイト先は、もうずっと同じ保育所。
隣駅から歩いてすぐのビルの中に有る、小さな保育所です。
オーナーは30代後半か40歳そこそこくらいの女性で(息子の話)
他にも、大きなショッピングモールの中に、保育所を開いている。

夏休みなどは、日曜日を除いて、ずっとバイトに通っていた。
そして、ビックリするほど稼がせてもらっていた。

それが、この夏休みは、バイトのシフトが入らないと嘆く息子。
保育所に子供が居ない(入室していない)ので、人員が足りているのだ。
要するに、息子はリストラされたわけ。

子供の数はどんどん減っている。
でも、駅の近くには、いくつかの保育所が出来ていて、
藤沢でも最近、新しい保育所が出来たと、折り込み広告が入っていた。

保育所や保育園、そして幼稚園。
子供を相手の現場は、たいへんだろうな~
将来は、どうなっていくのだろう? 弱肉強食で、
小さなところは、どんどんとつぶれてしまうのかもしれない。

息子は、そんな現場へと乗り出すのだ。大丈夫かなあ?
心配になる母心...

しかし!
夏休みの毎日。大きな図体が家の中で、モサモサしてるって、
なんて、ジャマなんでしょう! ただでも暑いのに...

投稿者 sako : 15:13 Write:15:13

2005年08月07日

電話

高校生のとき、私はとても大人しい女学生だった。
(今もです・・・?)

特に、その私立女子高の女の子たちの、特有な明るい雰囲気に、
最後まで馴染めず高校時代を終えた私。
でも、決してつまらなかったわけではなく、
私なりに、めいっぱい充実した毎日を過ごしていたあの頃。

だから高校時代の友人はとっても少ない。
その高校時代の友人の一人から、久しぶりの電話がかかった。

彼女のお母さんは、とても元気な方だった。
大きな声で、よく笑い、遊びに行った私たちを大歓迎してくれたっけ。

「もう呆れるのよ。今日はカラオケ、今日は踊り、今日はサークル、
って、1週間びっちりの予定で、毎日出歩いてるわ。
私の方が、母より体力無いくらいよ。」

彼女に会うと、いつも笑いながらそういっていたのに・・・

今年の初め、リンパ腺のガンが見つかり、闘病生活を送っているそうだ。
大柄だった方なのに、骨と皮ですっかり小さくなり、
今は病院の集中治療室に入院されているという。
この7月いっぱいは無理だろうと言われていたけれど、
まだ気持ちも頭もしっかりしていて、がんばっている・・・と。

元気すぎるくらいだったから、あまりに突然の罹病に、
信じられない日々を送ったという彼女。
毎日病院へ通う日が続いているという。

回復されることは無いのだと思うけれど、
せめて、最期の時を安らかに迎えられますように・・・

遠く過ぎ去った高校時代の、懐かしい日々とともに、
友人のお母さんの、元気な笑顔が重なって、少し辛い・・・

投稿者 sako : 22:56 Write:22:56

検索で見つけたページは・・・

ネットで古い曲を検索して見つけたページには、
カビの生えそうな曲のMIDIがずらりと並んでいた。

その中に「あ!」と思う曲を見つけて、すぐにクリック。
懐かしい曲がPCのスピーカーから流れてくる。

いったい何年前のことだろう・・・?
新宿の高層ビルの上。ちょっとハイグレードなカラオケルーム。
背景は、都会の黒い夜、どこまでも続くの人口的な光の海・・・

ずっとずっと若い頃、ひたすら静かに憧れていた素敵な友が、
マイクを持って歌ったこの曲。
とても上手で、心にジンと響いてしまった。
背中に広がる窓からの夜景に、あまりにもきれいに溶け込んで・・・

それまで、あまりじっくり聴いた覚えも無かった曲だったけれど、
以来、すっかり好きになって、私の胸の中のライブラリーに。

そんな、古いお話を思い出してしまった、日曜の朝です。


ぎゃ! たいへん!
暑くて汗いっぱいかきながら朝の一仕事を終えたばかり。
シャワー浴びて、出かけなくちゃ!
こんなことしれられないのに・・・

http://www.fk.urban.ne.jp/home/kazuaki3/utagoe55.htm

投稿者 sako : 09:56 Write:09:56

2005年07月23日

昔の自分に出会って

地震騒ぎの後、教室準備室で片付け物をしていた。
ついでに、その部屋に置いてある、私の古い愛機、Macをちょっと触って、
何気なく起動して、何気なく昔のファイルをひっくり返して見ていた。

もう、みんな削除してしまえばいいものを、
やはり、なんだか消すことが出来ずに置いてある昔のファイル。
HTMLページの保存して有るフォルダを開くと、
さんぽ道を作った最初の時からのファイルが残っていた。

今の「小さなエッセイ」になる前、初期の頃は、
自分の日記を「忘れな草の原っぱ」というタイトルで作っていて、
そのときに綴った日記のHTMLファイルも沢山残っていた、
それらを古い順に開いてみる。

読み始めると、止められなくて次々と・・・

どの文章も、だいたいは、書いたことを覚えているけれど、
でも、こんなこと書いた? と、まるで覚えていない日記も有る。

それにしても、まるで違うのは、文体と、日記から滲むイメージ。
今よりも、ずっと真面目で真摯な姿勢。
丁寧な言葉使いと、細やかな心配り。

う~ん、同じ人間(sako)とは思えない。
私、今は、随分と手抜きでいい加減なメッセージを書いてるなあ~

1999年の頃の、いくつか、面白いものをここで紹介したい、と思うけれど、
Macの中のファイルなので、取り出すには手間がいるのです。
(基本的には、HTMLのファイルに書いてあるものだから、
Windowsに持ってこれるけれど)
今度時間が有るときに、やってみます。

投稿者 sako : 21:49 Write:21:49

2005年07月22日

頭が固くなってる

今夜も、色々作業をしていたら、
頭の中と、目の奥が、「もうダウンしよー」と言ってるみたい。

ここのところ、少し作業が溜まっていて、
エッセイに向かって、心を整理する時間が取れない...

というより、書けないのは
(書く事は、実際は時間なんて関係ないのだもの)
頭が固まってる証拠。

週末、ほんとうに久しぶりに予定の無い日曜日。
頭をやわらかくするために使おう。
どうやって、やわらかくすればいいのかな?

きっと、何もしないことなのかも...

投稿者 sako : 22:58 Write:22:58

2005年07月18日

あの日のワンシーン

♪ひさしぶりねって、髪をおさえ、耳元にささやく
季節外れ 日に焼けたあの頃のあなただった

静かな人影 立ち並ぶ本棚 あの日のワンシーン
懐かしさの待ち合わせ あの頃に馴染めないね

いくつもの季節が それぞれに流れ過ぎた
帰らざる季節が ふたりを引き寄せあった
ただ あの日の懐かしさ 話してみたかった

肩を抱きながら あの日に黄昏 語り歩いた
輝きを予感した あの頃に戻れないね

いくつもの季節が それぞれに流れ過ぎた
帰らざる季節が ふたりを引き寄せあった
ただ あの日の楽しさ あなたに見たかった

いくつもの季節が それぞれに流れ過ぎた
帰らざる季節が ふたりを引き寄せあった・・・

----
PCのマイミュージックの中を整理しようとして、見つけたファイル。
名前が分からないから、何だろう?とクリックしたら...

胸がキュン!
大好きな曲!

“あの日のワンシーン” Bread&Butter

遠い昔、遥かずっと昔、この曲そのままのあの日のワンシーン。
懐かしく想い出されて...

投稿者 sako : 22:35 Write:22:35

ひさしぶりのお散歩

SA270059.jpg

夫が帰省中なので、ひさしぶりのさくらの散歩。
暑くなる前にと、朝6時に家を出る。でも既にちょっと暑い。

公園の原っぱは、シロツメクサが満開だった。
暑い朝だけど、草の上は気持ちが良い。
きっと、さくらもそう思ってたみたい。

お向かいの家のヨーキーが亡くなったと聞いた。
病院の手術ミスではないかと、飼い主のご夫妻が辛そうに話していた。

散歩で出会った人が、さくらを見て、
「何度かお会いしてましたよね。
うちの白い犬、死にました」と・・・

ペットを飼うとき、最初から覚悟をしなくてはならない、
愛するものとの別れの日。
でも、つい目を背けてしまう。
その日が来たら、考えよう...

シロツメクサの原っぱから、なかなか動こうとしなかったさくら。
早朝というのに、どんどん陽射しが強くなって、暑くなってしまいました。

今日は梅雨明けとか...

投稿者 sako : 20:26 Write:20:26

2005年07月08日

一大産業

wed1.jpg

とある事情から、銀座に有るウェディングサロンに行ってきた。

ここは、レストランウェディングをプロデュースしているところ。
説明を聞きながら、現代の結婚産業の多様性に目を見張る思い。
結婚式という一大セレモニーの上に広がっていく産業。
その華やかさの裏には、熾烈な競争が繰り返されていて、
勝ち組と負け組が生まれ、
勝ち組の中ではまた、より厳しい戦いとなっていくのだろう。

そんな世界、知ることも無かったけれど、
それはとても興味深くて、そしてとても面白い。

結婚式なんて、
ほんとうに心から祝福してくれるごく近しい人たちだけで、
「おめでと~ かんぱーい!」とグラスを合わせれば、
それだけで十分だと思うのに、
やっぱり、そうはいかないから、
これほどの一大産業が出来上がるわけなのだ。

伝統ある結婚式場の厳かなウェディング。
ホテルの式場での華やかなウェディング。
美味しい料理とお洒落な雰囲気のレストランウェディング。
家庭的な味わいの、ゲストハウスでのウェディング。

あの分厚いゼクシィという結婚情報誌。
パラパラと見ただけで、既に疲れを感じてしまう、大昔の花嫁(私)です。

投稿者 sako : 20:55 Write:20:55

2005年06月16日

縁という糸

教室の生徒さんが、私をまじまじと見つめて言われた。
「お会いしたことありますよね。子どもの学校でご一緒でした?」

そうだった。
私も、どこか記憶に残っているな~という気がしていたら、
息子と中学が同級だった娘さんのお母さんだった。

教室をやっていると、そんな縁のある生徒さんが来られることもある。

人と人との繋がりは、自分の気がつかないうちに、
糸が増えて、横にも縦にも重ね織りされていく。

途中で切れてしまう糸も多いけれど、
忘れた頃に、隠れていた糸が飛び出てきたり、
しっかり織ってあったはずの糸が、擦り切れほころんでしまったり、
新しく綺麗な糸が、また紡がれていったりと・・・

そんな糸が織り合わさって、自分という布が出来てゆくのかな?

強い糸や、弱い糸、細い糸や、太い糸。
色鮮やかな糸、渋い糸、輝く糸もあるかもしれない。
色々な人のことを思い浮かべながら、あの人はどんな糸だろう?と、
想いが膨らんでゆく。

そして、私も誰かを紡ぎあげる布の中の、
目立たぬ一本の糸になっているのかもしれない。
・・・と、そんなことをイメージしたら、ちょっと楽しくなってしまった。

投稿者 sako : 21:55 Write:21:55

2005年05月25日

淋しい夜

今日は、あの列車事故からちょうど1ヶ月。
JR西日本の体質にうんざりしていたので、
1ヶ月目に、書きたいことはいっぱいあった。

また、今朝、石津謙介が亡くなったというニュースを聞いた。
ほんの数日前、いつも見に行く友人のサイトのエッセイに、
「みゆき族」のことや「VAN」のことが書いてあって、
あ~ 懐かしい~ と思ったばかり。
それで、懐かしい話など書いてみるつもりだった。

でも、もう頭の中から、みな抜けてしまった...

今日、さくらが動物病院で手術を。

ほんとうに突然のことだった。
元気が無かったのは、夫や私が旅行に出た寂しさからではなくて、
子宮蓄膿症のためだったなんて。
もっと早く気がついてあげられなくて、ほんとうに可愛そうだった。
きっと、どんなにか辛かっただろうと思うのに。

と、そんなわけで、さくらのことしか頭に無くて。

年を取ってから飼うペットは、まさに孫みたい。
いつも、夜こうしてPCに向かっていると、遊ぼう遊ぼうと
私の肘を鼻で突っつくさくらが居なくて、なんと淋しい夜なのだろう...

投稿者 sako : 21:39 Write:21:39

2005年05月23日

カウンター

リニューアル作業をしながら、
今度のさんぽ道には、もうカウンターは付けないと決めていた。

初めてサイトを公開したころは、
カウンターの数字はとても気になるものだった。
伸びていく数字は、励みになり、自己満足感をくれるものだった。
でも、同じようなコンテンツを持ったサイトが、
もっともっとアクセス数を伸ばしていると、
「さんぽ道」とどこが違うのだろうかと気になって、焦りを生むこともあったっけ。

アクセス数を増やすため、広報活動に出歩くこともあった。
そして、そんなことをしていると、
多くの時間が過ぎて、どこかに空しい気持ちが積み重なっていった。

2度目のリニューアルをしたころ、
そんな気持ちから、フッと開放されたときがあった。
多分、自分の中で、ひとつの形を作ることが出来たという満足感。
他のサイトとは違う、自分の色が塗れたかも?という、そんな気持ち。
そのときから、カウンターの数字の伸びは全く気にならなくなった。

だから、3度めのリニューアルでは「0」からの再スタート。
「誰かが見てくれている」と、
僅かずつ増える数字を見て、ただ感謝の気持ち、それだけで・・・

それももう、必要性すら感じられなくて、
今度のサイトには使わないつもりでいたけれど、
やっぱり、トップページに付けたのは・・・

一度止まった時計が、また動き出す・・という、
それはまるで、ドラマのワンシーンみたい、
と思ったからだった。

カウンターのCGIには、閉じたときの最後の数字のデーターが残っていた。
時計は、その数字を指したまま、まるで事故にでもあったように、
シン!と止まっていたのだった。

そのまま眠らせてしまうのは、
なんだか、自分のサイトの命を、そこで止めてしまうようだと、
そんな気持ちがしてしまったのだ。

そこで、カウンターのCGIを新しいサーバーに設置してみる。

カチカチと、また時計が動き出すように、
カウンターも新しい数字を刻み出した。まるで、命が蘇ったみたいに。
意味の無いことなのかもしれないけれど、そのとき私はちょっと感動。

そして、新しいさんぽ道にも、以前と同じカウンターが置かれ、
今日もかすかに、アクセス数を刻み続けている。

いつか、自分の踏むアクセス数しか刻まなくなったら、
そのときは、静かにサイトを閉じることにしよう...

投稿者 sako : 21:11 Write:21:11

2005年05月18日

爪...

教室には、お洒落な方が沢山いらっしゃる。
その中でも、ひときわ目立つ素敵な女性は、
それもそのはず、ブランドショップでお仕事されていて、
いつも個性的なドレスで、私や他の方の目を惹きつけている。
お年は私よりも、ちょっとだけ上。

その女性の爪は、とても長くて、いつもエナメルがきれいにぬられている。
キラキラ光っていて、ネイルアートがとっても素敵。
多分、それは付け爪では無いかな?と思うのだけど、
「付け爪ですか?」とは尋ねられなくて、想像でしかないのだけれど。

持込のノートPCのキーを、その長い爪で器用に打たれている。
毎週、その方の、きれいな爪を眺めては、こっそり憧れている私。
自分の指は、すっかり年季が染み込み、
人一倍耐久力の無い弱い爪は、
いつも短く切りそろえてあって、とても不恰好・・・
(キーを打つから、仕方ないと自らを慰めているけれど)

先日、ドラッグストアのメイクコーナーで、その付け爪が目に留まって、
プラスティックの箱をひとつひとつ手にとって眺めてみた私。
そう、まさにあの生徒さんの爪と同じだった。

プラスティックの箱のまま、自分の指の上にそっと置いてみる。
あ! なんだか急に、バリバリのお洒落になったみたい!
ふ~ん、ただこれを糊でつければ、
すぐに折れてしまって延ばすことのできない私の爪でも、
ネイルアートの似合う爪になるんだ・・・・ と!

思ったけれど、もちろん買いませんでしたよ。
短い爪と、年季の入った逞しい指が、私の手そのものだもの。

投稿者 sako : 22:36 Write:22:36

2005年05月12日

さよなら...

今日、ツードットネットはサービスを停止したらしい。
今朝、アクセスが出来なくなった。
小さなショック...

あらためて、アクセスできなくなると、少しため息。
ちょうど3年。そんなに長い年月ではないけれど、
ほとんど毎日、触れてきた場所だから。

消えてしまう前に、せめて、新しいさんぽ道のURLを残しておきたかったな。
トップ画面からは表示させていないカウンターが、
毎日、ほんの少しずつ動いていた。
誰かが、気にして覗いてくれている・・・と思うと、
嬉しい気持ちと、その方(方たち?)に、
新しいURLをお知らせしたかったという心残りが胸の中に。

雑事に追われて、
サイト作成作業はなかなか進まない。
ゆっくりやろう、と思う心のどこかに、
早く作業を終わらせて、スカっとした気持ちになりたいな、
という気持ちもついて来る。

今日は肌寒かった。
明日は雨だって....

さよなら、長いことありがとう...

投稿者 sako : 22:42 Write:22:42

2005年05月10日

急がない...

ツードットネット(以前のさんぽ道を置いているサーバースペース)が、
倒産でサービス停止という予定の日をとっくに過ぎているのに、
未だに、サーバーは動いているみたい。
きっと、山のようなクレーム対応に追われ、
閉鎖の時期を延ばしているのだと思う。

さっさと閉じてしまった我がさんぽ道は、ちょっと宙ぶらりん。
トップページにアクセスできるなら、
少しでも早く、新しいサイトを完成させて、
以前のトップページに、新しいさんぽ道のURLを紹介しておきたい。
どなたか一人でも、そこから、新しい場所へと訪ねて頂けるかもしれないから、
と・・・・考えて。

だから、つい、ちょっと焦ってしまったな~ サイト作り。
おおまかな、形だけは出来てきたけれど、
細かいところは修正が残っているし、
何より、リンク集は、古いものをそのまま使ってしまおう、という手抜き。

ちょっと外的要因もあったりして、その手抜きを指摘されてしまった感じです。
だから、焦らず、
リンク集もしっかりリニューアルして、
みんなちゃんと出来上がってから公開しよう。

さんぽ道を「まだかな?」と思って下さる方(僅か二人か三人くらいかなあ?)
あとちょっと待っていてくださいね・・・と、心の中で呟いて。

投稿者 sako : 22:19 Write:22:19

2005年05月09日

助走中...

「倒産」の二文字に押されるように、あたふたとサイトのリニューアル。
こんなことでもなかったら、まだ当分はあのまま続けていたと思うのに。

今まで使っていたサーバーが消えてしまうというので、
新しい場所を探し始める。
そして、見つけた場所への引越し作業。
どうせなら、丸ごと引越しじゃなくて、
リニューアルして、新しいサイトを作ろうかな・・・と思うのは良かったけど、
アイディアがまるで浮かばない。

いつくかの、テストページを作っては消し、作っては消し・・・

そんな中で、やっと見えてきたかな?
新しいさんぽ道。
小さなエッセイも、なんとか動いてくれそうだし、
また、歩き始めることになりそうです。

投稿者 sako : 13:18 Write:13:18